第二章 26 本来の目的
強くなれ、吉田彩。
もっともっと、みんなを守れるくらいに強く。もう誰かを泣かせないように。
そんな主人公になれるように、強くなるんだ。
わたしは目を覚ました。やけにすっきりとした目覚めだ。ベッドから降りてストレッチをして、体に異常がないことを確認する。よし、オッケー。やっぱり治癒の力はすごい。
時計を見るとまだ明け方で、みんなも眠っているであろう時間だった。でも、せっかく早起き出来たし。こういう時は図書館に行って本を読もう。そうしよう。
そう決めて、わたしは髪を結んだ。リボンをきゅっと結んでいつもの髪型にする。髪はハネてるけどまあいいでしょう。部屋を出て、音を立てないようにそっとドアを閉めた。
みんなを起こさないように静かに歩きながら、考えてみる。
魔女が魔力を集めていた理由は、ジェニによるとあの美貌を維持するため。それはわかった。でも、どうして竜は攻めてこなかったんだろう。魔力が戻ったタイミングで竜は退いていった。それに、妖精以外は界の行き来が出来ないんじゃなかったっけ……?
でもよく考えてみたら人間界はクロスにやられたわけだから、干渉はされている。ということは、クロスは界を行き来する力を持っている? それとも、わたし達みたいに妖精側に協力者がいる?
そんなことを考えている間に、わたしは図書館に繋がる扉の前に来ていた。考えていても仕方ない。本でも読んで心を落ち着かせよう。
扉を開き、図書館の中に入る。こっちに来てから何かと忙しくて、あまり本も読めていなかった。この機会に少し読んでみよう。こっちの世界の物語とか、価値観がかなり違うから内容も変わってくるのかな。
「ん?」
そこで、わたしは二階に見慣れた小さなシルエットを見つけた。窓辺に佇んで本を読んでいる。ぐるっと囲むように出来ているベランダみたいな形の二階は、なんだかお洒落だ。
リン、早起きだな。
ここからだと良く見えないけど、多分本に熱中してわたしには気づいていないだろう。これはリンを驚かせるチャンス。ってことで、わたしは二階に昇ることにした。
「でも、あんま図書館の構造とかわかってないんだよなあ……」
本を持ってきてもらうのはいつもリンに任せてたから、階段がどこにあるのかすらもわからない。今まで二階に行けることすら知らなかったよ。
しばらく迷いに迷って、ようやくそれらしきものを見つけた。多分本棚を動かすと開く感じの空間に、梯子がかかっている。隠されているから今まで見つけられなかったのも当然だ。リン、この仕掛けを起動させたまま閉じるのを忘れてたのかな。
「いやー、仕掛けとかめっちゃワクワクするんだけど。すごいテンション上がる」
気掛かりと言えば梯子を上り切る腕力がわたしにあるかどうかだけども。わたしは胸を高鳴らせながら、梯子に足をかけた。
どうにかこうにか上り切り、わたしは忍び足でリンの背後に回り込む。そして……。
「おはよう!」
「うわっ!?」
大声でそう叫ぶと、リンは声を上げて飛び上がった。比喩とかじゃなくて、本当に体が浮いたみたいな感じだ。思っていた以上のリアクションだよ、満足。
うんうんと頷くわたしに、リンは読んでいた本を閉じて振り返った。少しずり落ちた眼鏡の位置を直し、目を丸くして聞いてくる。
「アヤ君、どうしてここがわかったの。それに、今はまだ眠っていてもいい時間だよ?」
「こういう時に限って早く目が覚めてしまうのですよ。それで図書館に来たらリンが見えたからさ、ここまでこっそり……ドッキリ大成功だね!」
わたしは満面の笑みでピースサインを突き出す。それでもリンの焦ったような表情は消えることはなく、読んでいた本の表紙を押さえながらリンはもう一度口を開いた。
「それで、どうやって二階に?」
「仕掛けが作動したままだったよ。梯子が普通に見えてたから、そこ上って来た」
「なるほど……」
リンは小さくため息をついてから、「しまったな」と呟く。さっきからなんだか焦ってるけど、そんなにわたしに来られたことが嫌だったんだろうか。ドッキリのためにここまで来たんだけど、思っていたリアクションと違って困惑してしまう。
「えっと……来ない方がよかった?」
わたしがそう聞いてみると、リンは少し微笑んだ。
「違うよ。ビックリしただけ。アヤ君って本当に運がいいんだか悪いんだか」
元々運はあんまり良くないけど。そう思ってから考え直す。いや、そういえばこっちに来てから、確かに不運なことは起こるけど幸運にも命の危機にまでなったことはないな。
と、リンがそっとわたしの腕を握った。ちょうど昨日怪我した部分だ。
「痛くない?」
「ああ、全然痛くないよ。そんな心配しなくても」
わたしが答えると、リンは頷いて本の表紙に手を置いた。本というよりかは手帳のようで、相当古いものなのか表紙もボロボロだ。
リンは優しくその表紙を撫で、そして呟いた。
「ごめんね」
その言葉が、誰に向けられたものなのかわたしにはわからなかった。ただ一つわかったのは、この手帳がリンにとって大切なものだということだけだ。
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みんな支度が出来たところで、わたし達はエドワルドの館に向かった。門を叩いて中に入り、玄関までの長い道を歩く。庭の芝生も、いつもより生き生きしている気がした。そして、
「いやあ、ようこそ!」
わたし達を出迎えたのは、奥さんとエドワルドさんだった。エドワルドさんは両腕を広げ、わたし達を歓迎してくれている。
「今日はいい天気だ。こんな日を魔法使いとして迎えることが出来て、儂は本当に嬉しい。君たちのおかげだ」
「また来てくださってありがとう。もうお昼時だし、一緒にお昼でもいかがかしら。腕によりをかけて作ったのよ」
ということで、わたし達は館に招かれた。セイはずっとウキウキしていて、廊下を歩くときもスキップくらいに足取りが弾んでいた。あまりにもきょろきょろするものだから、ナオにたしなめられたくらいだ。
「いいんだよ。儂もこの家が気に入っているから、そうやって喜んで見てもらえるのは嬉しいんだ。なあ、母さん?」
「そうですねぇ。ああ、ここよ。好きな席に座って待っていてね」
「はいっ」
わたし達は扉を開けて中に入る。その部屋にはドラマとかで見るような長い食卓があり、椅子が左右に三つずつ配置されていた。セイのリアクションは言うまでもない。
「お姉ちゃん、彩先輩、すごいすごい。すごいですっ」
「さっきからはしゃぎすぎよ。落ち着きなさいってば」
ちなみにわたしはと言えば、庶民なのではしゃぐどころか恐縮でさっきからあまり喋れていない。今も誰もいないのに一礼して椅子に座ったところだ。
こんなことならテーブルマナーでも習っておけばよかった……っていうか、人間界のマナーと同じとも限らない。どうしよう、なんかやらかしたら! 首が飛ぶ!?
「ナオ……」
「ん?」
テンションMAXのセイを座らせて疲れた様子のナオを呼ぶ。
「わたしが無礼をはたらく前に、いっそのことナオの手でやってくれ」
「何言ってるの?」
シラッとした目で見られたところで、奥さんがお皿を運んできた。魔法で補助でもしているのか、五つのお皿を全部持っている。その後ろをパンがふよふよとついてきていた。
「あ、ありがとうございます。何かお手伝いすることは……」
「いえ、いいのよ。今日はあなたたちへのお礼なんだから。少し待っていてね、今パンを切り分けるわ」
そうして、エドワルドさんたちとの昼食が始まった。出てきたシチューは美味しくて、そんなにマナーとかもしっかりしていなかったから安心だった。良かった、でも今度またテーブルマナーみたいなのを習っておこう。
会話の内容はほとんどがエドワルドさんの武勇伝で、セイがずっと相槌を打っていた。五歳くらいで魔獣を倒したとか、魔獣の群れに一人で立ち向かったとか、王宮魔術師にスカウトが来たとかそれを蹴ったとか、なんか……すごいことなんだろうけどこっちのことを知らないわたしにとっては、すごさのレベルがよくわからなかった。すごいんだと思う。
「それで、あなたたちはどうしてここに来たの? ここに住んでいるわけじゃないわよね?」
その武勇伝が一通り終わったところで、奥さんがにこやかにそう聞いてくれた。ナオがここぞとばかりに口を開く。
「はい。私達は魔法を学ぶためにここに来たんです。来たら大変なことになっていたんですけど……」
「それは災難だったなあ。ちょうどこの時に来たのか」
「そうなんです。その、今のお話を聞いてお願いしたいことがあって」
ナオがわたしにちらりと視線を送って来た。わたしはナオの後を引き継いで言う。
「エドワルドさんに魔法を教えて頂けたら、と……」
沈黙が訪れた。エドワルドさんと奥さんは顔を見合わせる。え……間違えた? わたし何か失礼なこと言いました!?
慌ててセイとナオを見るも、特に二人のリアクションがないので余計に困る。ハラハラしていると、ついにエドワルドさんが口を開いた。
「もちろん! 儂も昔は子供に魔法を教えていたからな。久しぶりだから楽しみだ」
満面の笑みで返ってきたYESに、わたしは思わずほっと息を吐いた。
「ありがとうございます。嬉しいです!」
「ふふ、断られると思ったの?」
「はい。時間があったので……」
「儂がそんなこと断るはずがないだろう」
エドワルドさんはそう笑うと、おもむろに立ち上がった。
「いきなりだがこの後は空いているかな? 早速魔法の授業をしようじゃないか」
そうローブの襟を正すエドワルドさんに、わたし達は揃って答えた。
「お願いします!」
さて、待ちに待った魔法の時間だ!
わたしはワクワクしながらナオとセイと顔を見合わせ、笑った。




