第二章 25 ひとまず解決
ナオがわたしの隣に立った。わたしは魔女を睨み続ける。とりあえず今は睨んでおきたかった。魔女は口角を上げたままだ。
「まだ返してもいいって気分じゃないわねぇ。まだ満足しないわ」
「満足……」
魔女は体を起こして辺りを見回す。わたしの後ろでぴたりと視線をとめ、不気味に笑って口を開いた。血に濡れたその姿はどこまでも不気味で、嫌な予感がわたしを突き動かした。
魔法を使うつもりだ。後ろにいる、セイかリンに向かって。
「『反射』!」
反射を受けた魔女は、よろめきながら傷を押さえ、笑った。
「あら、肝が据わったじゃない……。普通だったら死んでたわよ? 相手がワタシだったのが悪かったわねぇ」
「そんなことはいいから、早く魔力を返せって」
わたしはまた魔女に向かって手のひらを突きつける。
「それ以上『反射』食らったら流石に死ぬでしょ。もうすぐ援軍も来るし、ここらでおとなしく返した方がいいと思うよ」
「……アンタ、ワタシのこと知らないの?」
「知らないの、って……」
そりゃ、魔力泥棒ってくらいしか知らないけど。こんな狂ったような奴だってわかってたら、絶対に待ち受けたりしなかったし。まだ痛む腕を押さえる。いや、わりと事前情報から狂ってるのはわかってたか。
考え込んでいると、魔女がゆっくりと体を起こした。臨戦態勢をとるわたしとナオに、「もうそんなことしないわよぉ」とひらひら手を振る。
「ワタシ、アンタのことはそこそこ気に入ったから。ワタシは今普通に質問してるのよ」
「気に入った……」
確かにバカにして痛めつけるにはうってつけだったかもしれないけど、そんなこと言われても困る。わたしが一歩後ずさると、魔女は首を傾げた。
「ここまで言ってもわからないってことは、知らないのねぇ? ワタシが不老不死だってこと」
魔女は体中血を流しているのにも関わらず余裕の態度だ。そのちぐはぐさの理由にようやく思い当たり、「ああ」とわたしは呟いた。完全に不老不死ってこと、頭から抜け落ちていた。
「つまり、不死だから攻撃は脅しにならないってこと?」
ナオがわたしの思ったことをまとめると、魔女が拍手した。
「そういうこと。賢いわねアナタ。そこの馬鹿とは大違い」
「『反――」
「ワタシは馬鹿の方が好きよ。変に頭がいいのは嫌い」
うるさいな、と心の中で呟く。本当に黙ってほしい。わたしだって好きで単純思考回路持ってるわけじゃないし。今のでフォローしたつもりなのか。
「たとえお前が不老不死だろうと知らないよ。わたし達が言ってるのは魔力を返せってことだから。とにかく返してくれればそれで……」
「アンタたちは、ワタシに数えきれないほどの傷をつけたわ」
魔女がわたしを遮ってそう言った。その口調は、さっきまでのふざけたものと違って、怒りを帯びているように感じた。ナオが心配そうにちらりとわたしを見る。
「それは、本当に、本当に許されないこと。ワタシはアンタたちを殺すまで、許すつもりはないわ。でもね」
そこで、魔女は指を鳴らした。森がざわめき、ナオがハッと顔を上げる。
「これって……」
「そうよ。魔力を返したの。今日のところは見逃してあげる。ワタシはアンタたちを許せないけど、興味も持ったのよ。これから楽しいことがたくさん起こるから、それを一つも見逃さないでね。全部終わったら、ちゃんと殺してあげるから」
何を言っているのかよくわからない。困惑しながら後ろを見ると、リンもセイも同じような顔をしていた。
魔女は言いたいことは言ったと満足げな表情でわたし達を見ていたけど、やがて「そうだわ」と呟いた。
「最後に伝えておかなきゃ。もう一人の魔女に会ったら、元気にやってるか聞いてくれない?」
残虐な笑みを浮かべて、そこで魔女は何かを唱えた。
「また会いましょう」
「待っ……!」
転移魔法で姿を眩ませた魔女に向かって手を伸ばすも、わたしの手はむなしく宙を掴んだ。わたしは腕を下ろして「くそ」と小さく呟く。
「逃がしたか……」
完全に油断していた。ため息を吐き、今魔女が言ったことを思い出す。
楽しいことがたくさん起こる、もう一人の魔女。不穏なことばかり、言うだけ言ってどこかへ消えてしまった。本当に厄介な相手だ。
もう一度深いため息をついたわたしに、耳に手を当てていたナオが声をかけてきた。
「今、ジェニから連絡が来たわ。とてつもない魔力の動きを感じるって。魔力を返還したのは本当みたいよ」
「へえ……」
信じづらいけど、ジェニが言うならそうなんだろう。わたしが頷くと、それと同時にセイが飛びついてきた。それが右腕の傷口にクリーンヒットして、わたしは思わず呻く。
「ぐ……!?」
「それよりも彩先輩です! 大丈夫なんですか? 今もすごく痛そうです! 早く治癒してもらってください!!」
「わかった、わかった、から、ぐいぐい来るのやめ……っいだだだだだ!」
「あやせんぱーい!!」
「原因はあんたよ!!」
なんとかしてセイを引き剥がした後、わたしはその場に座り込んだ。リンも呼んで一緒に治癒を使う。その様子を、セイは心配そうに見つめていた。ナオがわたしの隣にしゃがみ込む。
「大丈夫?」
「まあ、うん。治癒の力って偉大だね……一気に痛みがひいていくから人間やめた気分になる」
「そんなこと言わないでくれよ。妖精の里に代々続く伝統的な力なんだから」
妖精の秘術なら、確かにこれだけ効きがいいのも納得か……痛い。顔を歪めながら自分でも治癒を続けていると、ナオが「言いづらいんだけど」と口を開いた。
「実は今、王都とベルラーナに竜が来てる。ベルラーナの方は、奥さんによると特に目立った被害もなくて、襲ってくる気配もないそうだけど」
「……いくしかないな」
わたしは足に力を入れて立ち上がる。リンが「ちょっと」と声を上げた。
「まだ怪我治ってないよ。被害が出ていないなら、もう少し治癒に専念しよう」
「そうですよっ。両腕両足刺されたんですから、もっと安静に!」
「両腕両足……」
魔女、アイツ絶対わたしで遊ぶつもりだっただろ。あそこで即死させないのは本当に趣味が悪い。それに助けられたんだけど、ね。
わたしは仲間たちを見回して言う。
「今は何も起きてないけど、これから何か起きるかもしれない。何か起きてからじゃ遅いんだよ」
わたしに何が出来るんだって話だけど、でもいないよりはマシだろう。これでも何回か竜とは戦ったことがある。何もできないまま、放っておきたくはない。
「ってことで、行こう。竜なんて魔女に比べたら大したことないよ」
そう笑うと、リンがやれやれとでも言いたげに首を振った。
「無理はしないでね。君、治癒の重ね掛けで結構体力も消耗してるだろうし」
「はいはい」
「あたしもお供します!」
「私も。それで、彩。もう一つ伝えないといけないことがあったんだけど」
ナオが申し訳なさそうにわたしを見ている。ナオがそんな表情をすることはめったにない。良くないことなのはわかったから、わたしも恐る恐る尋ねてみた。
「なんでしょう」
「その竜の対処に追われてるから、ラスティンさんも他の人たちも助けに来れなかったのよ。だから……正直、魔女に逃げられて助かったかも」
「マジか!!」
確かにそんな危機的状況に陥ってたら、こんなさびれた森にまで人が回せるわけもないな。
ナオの衝撃の告白に、わたしとセイはサッと青ざめたのだった。
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ベルラーナに着くと、もう竜はいなくなっていた。空を見上げても竜の影はない。エドワルドの館まで行くと、そこには十数人かの人たちが集まっていた。
奥さんはわたし達を見つけ、「ああ!」と顔を輝かせる。
「あなたたち、無事だった……って、その血は」
「大丈夫です。もう治ったので」
奥さんがわたしの服に付いた血を見つけてしまったので、慌てて顔の前で手を振って誤魔化す。いや、誤魔化せてはいないと思うけど、とりあえず元気だってことは伝えないといけない。
奥さんは心配そうに「ええ……」と呟いた後、思い出したかのように手を合わせた。
「そう、主人の魔力が戻りましたの。他の方もそう。ほら、あそこの中心にいるのが主人ですのよ。魔力が戻ったとわかった途端、竜の対処のために出てきてくれて……。そうしたら、すぐに竜が退いていったの。被害も出ていないし、何よりあの顔」
奥さんは、グループの中にいるエドワルドさんに目を向けた。中心にいるエドワルドさんは、この前の姿とは大違いだった。表情は生き生きとし、胸を張って堂々と魔法使い達をまとめ上げている。これが本来のエドワルドさんの姿なんだろう。エドワルドさんを見つめる奥さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「あの姿を再び見ることが出来たのは、あなたたちのおかげよ。本当にありがとう。報酬の話は……」
「その話は、また明日でもいいですか?」
わたしは頭を掻いてへらっと笑う。恐らく、今は日付が変わるか変わらないかくらいだろう。すごく眠い。こうしている間も意識を持っていかれそうだ。
奥さんは満身創痍のわたし達を見た後、「そうね」と頷いた。
「もう遅いもの。また明日、ここにいらして。本当にありがとう」
頭を下げる奥さんに曖昧に会釈しながら、わたし達はエドワルドの館を後にした。しばらく離れたところで、ナオが空を見上げて呟く。
「思っていたより撤退が早かったわね」
「こうなることは予想出来てたの?」
「別に、そんなに長居はしないだろうなってくらいよ。魔力があふれている魔法界は、獣人界とわけが違う。竜は魔法のようなものでつくられた存在だから、これだけ魔力が濃いと思うように動けないんじゃない?」
「はあ」
なんかよくわからないけど、様子見ってことだろうか。首を傾げていると、セイが「じゃあ」と手を挙げた。
「魔法界では竜に脅かされる心配はないってこと?」
「それもどうかしらね。つくり方次第でどうにでもなってしまうかも。油断は禁物よ」
「むぅ、それじゃあ――」
「はいはい」
リンが手を叩いて、わたし達の会話を遮った。リンは肩を回して疲れたアピールをする。
「ボクも疲れちゃったよ。早く図書館に帰って休もう。疲れていたら頭も回らないからね」
「さんせー」
わたしも同意する。これだけ色々あったから、今は少し休もう。明日からも、やることは、問題は山積みなんだから。
まだ少し痛む腕を押さえて、わたしはふああとあくびをした。




