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第二章 24 侵攻と醒覚

 私とリンは、彩たちと別れてすぐにエドワルドの館に駆け込んでいた。門のベルを鳴らし、「夜分遅くにすみません!」と叫ぶ。

 重々しい音を立てて開く門がやけに遅く感じて、私は隙間に身を滑らせて中に入った。アプローチを駆け抜けて、私は玄関の前へ辿りついた。


「すみません! あの、」

「まあ、一体何があったの?」


 ちょうどそこで、奥さんが扉を開けた。ネグリジェのようなものを着ていて、もう休むところだったのだとわかる。私はもう一度謝ると、本題に入った。


「惑いの森に魔女が来ます。私達だけではとても太刀打ちできそうにありません。他の方にも惑いの森に来ていただきたいんです」

「惑いの森に……?」

「はい」


 奥さんの表情は険しい。しばらく考え込んだ後、「それに証拠はあるのかしら」と尋ねてきた。


「ごめんなさい、あなたたちのことは信じたいのよ。でも、場所が場所だから……。確実な証拠があると嬉しいんだけどねえ」

「……証拠、ですか」


 考えてみれば、今回の件はアラスターのご両親の推測。本当に魔女が来るかどうかはわからないし、証拠なんてものもあるはずはない。「惑いの森」という場所が、足を引っ張っていることは間違いなかった。

 土地を貸しているラスティンさんのお兄さんは、自分の領地が曰く付きになっているのをどう思っているのか。

 私は出かかったため息を呑んで言った。


「貴族のウェスコイド様、ご存知ですか? そのご子息が、調査でたまたまこちらにいらしているそうで……」

「あら、そうなの? 確かにあそこの森はウェスコイド森林だったわね」


 奥さんは頬に手を当て、小さく頷く。お兄さんの方を思い浮かべているのかもしれないけど、「ウェスコイド」の名前は効果があったらしい。適当に話はでっち上げた。


「今から話をしてみるわ。少し待っていてもらえる?」

「はい。お願いします」


 奥さんが扉の向こうに姿を消すのを見届けて、私は今度こそ大きくため息を吐いた。伝達魔法で彩とセイに大丈夫かと聞こうとして、やめる。どうせ二人は魔法が使えないから、一方通行では意味がない。

 二人とも、大丈夫かしら……。


「心配そうだね?」


 リュックから顔を出したリンが、少し微笑みながら私を見ている。何か得意げな表情だ。その頭をポケットに押し込みながら答えた。


「当たり前でしょ。魔女の詳しいことは全然わかっていないんだから。笑う余裕なんてないはずだけど」

「いや、ボクも心配だよ? でもそれ以上に嬉しいのもある。ナオ君がこの数日でかなり馴染んでくれたことに」

「…………」


 私はリンを軽く睨んだ。眼鏡越しの瞳はまるで何もかもお見通しのようで気に食わない。ふいっと顔を背ける。


「彩もリンも私の恩人で、セイはたった一人の妹だから。早くここの用事は済ませて二人のところに行くわよ」

「うん、わかってるよ」


 そうして、奥さんが戻ってくるのを待つも、なかなか戻ってこない。こうしている間にも魔女が惑いの森に来ているかもしれないのに。焦っているのは自覚している。何度目かもわからないため息を吐いた時、


 ギイ、と扉が開く音がした。リンを隠して振り向くと、そこには顔面蒼白の奥さんが立っていた。そのただならぬ様子に、私は尋ねる。


「何かあったんですか?」

「ええ……。あのね、王都にわけのわからない生物がいるみたいなの。今まで見たこともない魔獣で……。きっと魔獣よ。そうに決まってるわ。鳥の魔獣よ」

「落ち着いてください」


 私はまくしたてる奥さんの傍に寄り、ゆっくりとした口調でそう言った。奥さんが落ち着くのを待ちながら、今の言葉からわかったことを頭の中で繰り返す。


 わけのわからない生物。鳥の魔獣。鳥、ということは恐らく空を飛んでいる。……まさか。


「竜?」


 そう呟いた私に、奥さんが顔を上げた。目を見開いて、今まで見たこともないような、鬼のような形相だった。


「そんなわけないでしょう! 竜なんて、竜なんて存在するはずがないわ!!」


 私もそう信じたい。クロスの拠点は獣人界にある。下っ端の竜を生み出すのはクロスだし、クロスが獣人界にいる限りは竜も獣人界でしか行動できないはずだ。もし、今王都にいるのが竜だったなら、クロスは魔法界までも手にかけようとしていることになる。

 そうだ。そもそも、クロスは人間界を滅ぼしたんだから、界を越える手段は持っている……?


 私は額を押さえた。王都に行ければいいんだけど、残念ながら王都へは転移ではいけない。とにかく非常事態だ。何からすべきか、リュックの中のリンに聞こうとすると、奥さんが悲鳴を上げた。


「あれは……」


 その視線を追うようにして顔を上げる。曇った夜空に浮かぶ、いくつかの黒い影。見間違えるはずもない、竜だ。


「もう終わりよ……今のベルラーナに、戦えるような魔法使いはいないんだもの……」

「落ち着いてください!」


 私は崩れ落ちる奥さんを支え、叫んだ。


「数も少ないし、攻撃してくる気配もありません。今から、魔法使いを出来るだけ集めて対応してください」

「あなたは? あなたたちはどこへ行くの?」


 指示だけ伝えて走り出した私を、奥さんが縋るような声で呼び留めてきた。私は足を止めて振り返る。


「魔女のところへ」


 何が起きているのかは正直わからないけど、とりあえず戦力を増やさないといけない。そのために、魔女をどうにかして、その対応をしている彩たちと奪われた魔力たちをこっちに連れてくる。


「エドワルドさんの魔力を、取り返してきます」


 彩、セイ。二人とも、無事……?


**********************

 

 痛い。痛い。痛い。


 自分が今どんな状態なのかもわからないほどに、脳が痛みに侵食されている。痛い、苦しい、助けて。それしか考えられない。


 痛い。痛い。痛い。


 寒くなってきた。痛みがだんだんひいていく。それより、意識が遠のくような感じだろうか。体から引き離されていくような感覚に、わたしは取り戻した思考でぼんやりと考える。


 死ぬのかな。


 まだこっちに来てあんまり経ってないのに。人間界があんなことになって、リンに助けてもらって、ナオとセイに会って……。これじゃ、あの時に死んでても何も変わらなかったな。


『お姉ちゃんは、自分が彩先輩に頼りにされてないって思ってるんですよ』

『別に、この能力なんてコピーしなくていいから』


 弾んだ声とふてくされたような声が聞こえてくる。セイとナオのものだ。遠いようで近い、つい昨日のこと。これ、走馬燈かな。


『私の能力は怪我をしない限り使えないんだから、そんな危ない能力……』


 なんだかんだ言いつつ、ナオはわたしに『反射』をコピーさせてくれた。その時の嬉しそうな顔を思い出して――全身を電流が貫いたような衝撃が走った。


 ――ふざけるな。


 ようやく目を覚ました気分だった。最悪の目覚めだ。


 何を走馬燈なんてのんびり見ているのか。どうしてここで諦めようとしたのか。そんなこと、許されるはずがないのに。まだ何もしてないだろ。死んでもゾンビになって復活するくらいの気概を見せろよ吉田彩。


 わたしは脳裏に残る仲間を思い出し、そして少女に向かって一言呟く。


 力借りるよ、ナオ。


 目を開けば魔女がわたしを見下ろして笑っている。その目を睨んで叫んだ。


「『反射』……っ!!」


 魔女の体中から血が噴き出した。現実に引き戻され、激痛もまた戻ってくる。その痛みと同程度のものを魔女も受けているなら、これほど痛くて愉快なこともないだろうと顔を歪めながら思った。

 

 反射を受けた拍子に能力が解けたらしい。わたしは激痛に呻きながら、なんとか上半身を起こした。と、そこで肩に誰かの手が置かれる。


「アヤ君っ!!」


 リンだった。冷えた体にリンの手の温度が心地いい。リンの治癒で、痛みがひいていく。リンの後ろにナオとセイがいるのを見て、わたしは思わず笑った。


「遅かった、ね」

「ごめん。ごめんなさい。大丈夫なの?」

「彩先輩っ」


 今にも泣きそうなセイに、わたしはまた笑う。怪我が治って来たおかげで、かなり余裕が出来てきた。


「大丈夫。リン、これくらいでいいよ。じゃないと反射が使えなくなる」

「え、でも全然治って……」

「さっきよりは全然マシだから。ちょっと、魔女に授業のお礼をしないといけない」


 わたしは立ち上がった。足もやられていたらしく、歩くたびに鋭く痛む。わたしは少しよろめきながらも、地面に倒れている魔女の傍へ寄った。手足から血が流れ、見るからに痛々しい様子だ。それでも、魔女は楽しそうにわたしを見ていた。

 わたしは魔女に向かって手のひらを突き出す。


「ためになるアドバイスをありがとう。目から鱗の気分だよ。そうだね、力がないならどんな卑劣な手段を使っても勝つってつもりじゃないと」

「ええ。わかってもらえた?」

「身をもって知ったよ」


 魔女は笑顔を絶やさない。これに比べたらデリックさんの演技なんて子供だましだ。わたしが反射を使えば、死ぬかもしれないのに。そんな状況下でこんなに楽しそうなのは、本物の狂人だからだろうか。


 わたしは魔女を見下ろして言う。


「魔力、返して」


 魔女が、また笑った。


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