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第二章 23 甘さと迷い

 セイがわたしをちらりと見る。頷きあって、わたし達はそれぞれ反対の方へ走り出した。


 魔女は今まで会った能力者とは違う。確実にわたし達に害を及ぼす存在で、甘い考えなんて捨てないといけない。


 わたしはそう自分に言い聞かせて唱える。


「『風魔』!」


 風が唸り、魔女へと向かっていく。しかし、


「『――』」

 

 魔女が何かを呟くと、すぐにその風はかき消されてしまった。何も聞き取れなかった。今のは魔法なのか、それとも能力なのか。それすらわからない。

 わたしは狙いを定めるために足を地面に突き立てるようにして静止し、叫ぶ。


「『氷魔』!」


 氷魔は昨日貰ったというのもあって、風魔よりは使い慣れていない。こうして止まらないと使えなかったりするのは大変だから、ちゃんと鍛えないといけない。

 

 氷の刃をイメージして氷魔を使うと、思い描いていたよりはちっぽけなものが出現した。それでも十分に刃と呼べるほどの鋭さだ。それに「『風魔』」と重ねて、スピードを乗せて魔女へと飛ばす。


「『――』」


 それもまた、魔女が唱えた何かによって、くるりと簡単に向きを変えた。わたしの方を向いた氷の刃に、わたしはひっと息をのむ。

 

 まずい。これは……。

 

「あんまり調子に乗らないことね?」


 そう魔女が笑い声をあげた瞬間、敵に変わった氷の刃がわたしに向かって飛んできた。

 逃げるしかない!

 わたしは慌てて走り出し、「『風魔』!」と唱える。

 ……も、魔女の魔法の方が強いらしく、わたしの風では太刀打ちできない。逃げ足が速いことで有名なわたしでも、だんだんと距離を詰められていく。当たり前だ。魔法に人間が勝てるはずがない。


「ちょっ、待って……!」


 口ではそう叫ぶものの、こういう場合に何も待ってくれないことはわかっているつもりだ。いっそのこと、と決心してわたしは氷の刃と向かい合う。至近距離で全力で風魔を使えば、どうにか……。


「彩先輩!」


 セイの声とともに、いくつもの光がわたしの方へ飛んできた。いや、正確には氷の刃に向かって、だ。セイが撃った魔力弾は抜群の命中率で氷の刃を打ち抜き、わたしのピンチを救ってくれた。


「大丈夫ですか!?」

「おかげさまで。助かったよ、ありがと」


 わたしはそうセイに笑顔を向けながら、今の一瞬のうちに起こったことを整理する。

 

 魔女が今使っているのは、おそらく魔法だ。能力じゃない。ジェニが言うには、魔女の能力は何かを盗む能力らしいし、今の魔女の切り返しとは別だろう。それに、能力ならああして何か言わなくても使えるはず。

 ということは、魔女が唱えているのは呪文。それも、聞き取れないくらいに速い高速詠唱だ。魔法使いが全員そんなことができるはずもないし、あの魔法の威力から考えてみてもかなり強い魔法使いだろう。能力に加えて厄介な相手だ。


「それ、能力よね?」


 魔女が、いつの間にやら発現させた箒に腰かけながら首を傾げた。その姿はどこからどう見ても魔女だ。


「雑魚なんかだったら通用するでしょうけど、ワタシくらいになるとそうはいかないわよ? そんな幼稚なレベルでよくここにいられるわね。現実見なきゃ、現実」

「……っ、そんなことわかってるよ! 『風魔』!!」


 魔女の言葉に、わたしは反射的に叫んだ。本当に、何も考えずに自分の感情に任せて、だった。風はまったく狙いを外れ、魔女の横を吹き抜けていく。


 顔を上げると、魔女は風に髪をなびかせて余裕の表情だ。次にセイの魔力弾を箒に乗ったままひょいひょいと避ける。流れ弾がわたしの方へ飛んできて、こっちがやられそうになった。


「わっ、先輩すいません!」

「いいよ。それよりセイ……っと!」


 わたしは魔女から飛んできた火の玉をなんとか身を屈めて避け、セイの隣に転がり込む。振り向きざまに「『氷魔』」と唱えて、氷塊を魔女に向かって投げつけた。

 威力は期待できないけど、一瞬の隙を作ることなら出来るだろう。わたしはセイに耳打ちする。


「少し魔女の気を逸らして。連携でいこう」

「はいっ!」


 特に具体的なこともなにも言わなかったけど、セイはわかってくれたようだ。自信満々に頷くセイに背を向けて走り出しながら、やっぱりナオに似てるなあと感じる。髪色とかは全然違うけど、やっぱりナオだ。


 案の定簡単に氷塊は砕かれ、魔女が箒に乗ったままため息をついている。その直後、セイの声が響いた。


「魔女!!」


 同時に繰り出される銃撃に、魔女は一瞬息を呑んだようだった。


「『――』『――』!」


 口の中で唱える高速呪文も、さっきより時間が長い。確実にセイが作ってくれた隙だ。

 一気に撃ちだされた魔力弾は、魔法で魔女に届く前に爆発してしまう。でも、確実に今なら――!

 わたしはさっきよりも鋭い氷の刃をイメージし、叫ぶ。


「『氷魔』!!」


 いくつも生み出した鋭い氷の刃が、魔女に突き刺さ、って……。


 思い描いたのは、氷が深々と胸に突き刺さった魔女の姿だった。口の端から血が零れ、体はずるりと箒から滑り落ちる。

 

 声が震えた。今まで見て見ぬフリをしてきた『人を傷つける』ことへの抵抗が、恐怖が、今更わたしの体を縛りつけたようだった。


 小さな氷の欠片が、わたしの足元に落ちた。セイが小さな声で「彩先輩……?」と呟く。何が起こったのか分からないような声だった。わたしはまだ動けずにいる。


「ふふ、あはははは!」


 魔女が堪えきれなくなったと言わんばかりに、大声で笑いだす。目に涙を浮かべて笑いながら、魔女はわたしを見たようだった。わたしは魔女から目を背けている。それは魔女に対する危機感からではなくて、ただ単純に前を向けなかったからだ。


「そこの二つ結びの女の子。アナタは賢いわね。ワタシをちゃんと敵だと見なして攻撃を躊躇わない。今の銃の連射も良かった。ワタシを確実に仕留めるならあれの十倍は撃たないといけないけどね」

「何を……っ!」

「そう。そうやってすぐに向かってくるのもいいところよ。でも、今は少しおとなしくしていて頂戴?」


 銃口を向けたセイに、魔女はまた何かを唱えた。おもちゃのような銃が回転しながら宙に舞い上がり、地面に落ちる。セイの手が切り裂かれ、血が流れだしていた。


「セイ……!?」


 わたしは駆け出す。早く治癒しないといけない。早く血を止めないと。早く、早く――。


 しかし、あと少しでセイに届く距離で、わたしは目に見えない壁に阻まれているかのように、その先へ進めなくなってしまった。


「問題はアンタよ。さっきから迷ってばっかりね。本当にワタシを殺す気があるの? ワタシがあまり攻撃しないから、お遊びだと思って油断してた? 馬鹿ねぇ。愚かねぇ。自分の油断のせいで、大事なお友達が怪我しちゃってどう思う?」


 魔女の言葉は、痛いところを的確に突いていた。わたしは何度も壁を叩いて、風魔をぶつける。ダメだ。壊れない。セイの痛みに歪んだ顔しか見えない。治癒の発動条件は傷口に触れることだ。このままじゃセイを助けられない。


「力がない癖に情けをかけようとするんじゃないわよ。死に物狂いで誰かを殺そうとしない限り、アンタみたいな弱者に勝ち目はないんだから」


 そこで初めて、本当の魔女の声を聞いた気がした。ハッとして顔を上げたわたしの視界に、口を歪めて嗤う魔女が映りこむ。


「アンタ、風と氷が大好きだったわね? じゃあしっかり体に刻み込みなさい。本当のその力を」


 脳がその言葉の意味を理解する間もなく、わたしの体はいとも簡単に吹き飛ばされた。宙を舞った後、追い打ちをかけるように全身を地面に叩きつけられる。


「がっ、は……」


 息が詰まる。頭を強く打ち付けたせいか、周りの景色がぐるぐると回転していた。右肩が痛い。でも、起き上がらないと。じゃないと、わたし……。


 眩暈で回転する視界の真ん中に、魔女が現れた。魔女は回りながら言う。


「ワタシ、意外と馬鹿って好きなのよ。教え甲斐があるってものじゃない?」

 

 わたしは左腕に力を込めて上半身を起こす。そこで気づいた。自分が今、何と見つめ合っていたのかを。


「……あら。アンタ、すごく盗みやすいわね」


 能力耐性、という言葉を思い出した。いつだったかリンが教えてくれたことを。



『能力や魔法に対する耐性の値だ。君はそれが極端に低い』


 

 ――体が動かない。

 さっきは動けなかった。今は動かない。自分の体なのに、まるで別のものみたいに動かすことが出来ない。体の自由が奪われたようで。

 魔女の、能力?


 どこか遠くでセイの叫ぶ声が聞こえた。魔女はまた何かを唱え、わたしが何度も仕掛けたものと同じ氷の刃を生み出す。


「それじゃあ、もっと苦しみなさい」


 腕に、足に、放たれた氷の刃が突き刺さる。

 激痛に染まる頭で、思い出したのはここにいないナオとリンの姿だった。


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