第二章 22 森に伸びる影
ベルラーナに着き、わたし達は馬車から降りることになった。夜のベルラーナは、あんな事件があったからかひっそりと静まり返っている。街を見回すわたしのすぐ前で、アラスターのお父さん―ラスティンさんが、御者と話している。
「ここまでありがとう。帰りは転移で帰るから心配いらないよ」
会話も早く切り上げ、ラスティンさんはわたし達の方を振り返った。
「さて、すぐにでも出るよ。ここでは転移が使えるから」
「はい」
さて、いよいよだ。そう意気込んで頷いたとき、ナオが控えめに手を挙げた。
「あの、今から援軍を頼んできてもいいですか?」
「援軍? お願いしたいけど……出来るの?」
リザベティさんが小さく首を傾げる。ナオは「間に合うかどうかはわかりませんが」と前置きしてから続けた。
「同じく魔女を捜している人たちがいます。その人たちに来てもらえればかなりの大人数になるはずです」
なるほど、あのおじさんたちだ。あの人たちも魔女を捜索中ってことだもんね。あの人数が来たら相当楽になるだろう。
「なるほど、エドワルド隊か……。うん、そうしてもらおう。私達の目的はただ一つ、魔女を退ける、または捕まえることだからね」
「はい」
ナオはラスティンさんの言葉に頷き、わたしを見た。目が合うなり手を突き出してくる。
「え、なに?」
「リュック。貸して。転移に必要でしょ?」
転移に必要……? ああ、そういうことか。
リュックの中身を思い出し、わたしはにやりとした。この中には、転移魔法が使える有能な妖精が入っている。わたしはリュックをナオに渡しながら言う。
「何かあったら伝達魔法。すぐ使ってよ」
「わかってる。それでは行ってきます」
そうとだけ言い残して、ナオはリュックを背負って走っていった。その後ろ姿を見送って、ラスティンさんがわたし達を見た。
「それじゃあ、今度こそ出発するよ。『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移!』」
視界が白く染まり、すぐに森の草木の匂いがした。目を開けると、わたし達の前にはアラスターたちが住んでいる小屋がある。親御さん同伴だったから、あの幻も見ずに済んだ。直通ルートだ。ほっと息を吐き出すと、セイがこっちをじっと見上げていた。
「ん、なに?」
「いえ……なんでもないです」
セイはツインテールを揺らして首を振る。いや、なんでもないわけはないと思うけど……まあいいか。
「アラスター!」
リザベティさんは焦ってバランスを崩しそうになりながら、ドアにすがりついた。ドアを叩き、もう一度呼びかける。
「アラスター、いるの?」
少しの沈黙。その後、
「もちろんいるさ。アンタたちの言う通り、この小屋でまったり過ごしてるよ。そんなに心配しなくてもいいだろうに」
ルダーラさんが面倒くさそうにドアを開けた。その隙間からは、奥で本を読んでいるアラスターが見える。
アラスターはふと顔を上げ、両親の訪問に笑顔を浮かべた。
「父さん、母さん! 来てくれたんだ。そんなに心配しなくてもいいのに」
「心配するに決まってるわ!」
「魔力が奪われたら、魔法使いとして生きられなくなってしまうんだからな」
「だからって、別に俺が狙われるって言われたわけじゃないんだろ? もう、母さんも父さんも過保護すぎ」
そうは言いつつも嬉しそうなアラスターだ。二人が小屋の中に入ったのを見て、わたしはそっとドアを閉めようとする。わたし達の任務はアラスターを守ることだ。外で見張りをしていないといけない。
しかし、
「入らないのかい?」
ルダーラさんには見つかってしまった。わたしはセイと顔を見合わせ、首を振る。
「いいんです。早速約束破っちゃいましたし、今日は別の目的で来たので」
それに、わたし達が来たことを知ったらアラスターが遠慮してしまいそうな気がする。幸運にも両親の歓迎でわたし達には気づいていなかったみたいだし、このままそっとしておこう。
そんなわたしの考えを感じ取ったのかはわからないけど、ルダーラさんはフンと鼻を鳴らした。
「そうかい。アンタたちもお人よしが過ぎるね」
「あはは……」
「それじゃあ閉めるよ。何かあったらすぐに呼びな」
「はあい」
わたし達の返事を聞いてから、ルダーラさんは静かに、ゆっくりとドアを閉めた。ドアにもたれかかって空を仰ぐ。残念ながら空は雲に覆われていて、星や月は見えない。それでも、まだ辺りは少しだけ明るかった。セイと黙って夜空を見上げる。
「やっぱりお母さんっていいものですよね」
「そうだね」
ぽつりぽつりとそんな会話をしていると、ラスティンさんとリザベティさんが出てきた。わたし達は計画の確認をする。
「わたし達、ナオがいないと転移が出来ないので、引きつけ役に回ります」
そう言うと、二人は驚いたような顔をした。
「引きつけ役って……魔女は危ないのよ?」
「はい。でも、わたし達は純粋な魔法使いではないので、盗まれる魔力もないんです。考えた結果、その方が被害も少なくなるのではないかと」
あんまり能力使ってるところも見られたくないしね。わたしの言葉に二人は難しそうな顔をしていたけど、やがて頷いた。
「ありがとう。君たちを信じるよ。私達の家まで送り届けた後、すぐに転移で戻ってくるから」
「そのことなんですが、転移ってどういう風になっているんですか?」
どうせ魔女が来るまでは暇だ。ここぞとばかりにセイが食いつく。
「王都は無効化魔法がかけられているから転移が出来ないんですよね。でも、ここから王都へは転移できるんですか?」
「そうだよ。貴族の特権なんだが、自分の家に転移することが出来るんだ。色々手続きが面倒だから、他の方は余裕があるからあまり使わないんだけどね……」
貴族の特権……なるほど、流石だ。わたしも欲しい。
そう思いながら夜空を見上げる。夜の冷えた風が森を吹き抜けた。ぞくりとするような冷たさ。背筋を凍らせるようなその風に、わたしが嫌な予感を覚えたそのとき、
「あらあら、惑いの森にお客さんなんて珍しいじゃない」
女の声が聞こえてきた。わたしは反射的に視線を下げた。月明かりはあまりないはずなのに、黒い影が伸びてくるのが見えた。
「しかも魔力の波動が大きい……。うふふ、これは思っていた以上の収穫になりそうねぇ?」
「『氷魔』!」
女の愉快そうな笑い声に、わたしは咄嗟に叫んだ。わたし達の前に氷の壁が立ちふさがり、わたし達と女を遮る。顔を上げてラスティンさんとリザベティさんを見ると、二人は大きく頷いて小屋のドアを開け、中に飛び込んでいった。
先手必勝、と心の中で呟く。やっぱりこういう時は後手に回ったら負ける。特に、わたしみたいに力がない人間だと。
とにかく、これでアラスターを逃がすことは出来た。あとは――
ジュワッ、と音がして、氷の壁が一瞬にして溶けた。壁の向こうで「もう」と女が口をとがらせている。火の魔法でも使ったのか。それにしてもあれだけの壁を一瞬で無力化されたことに言葉を失ってしまう。
「やられちゃったわね。一気に魔力の波動が感じられなくなっちゃった。油断してたわぁ」
一瞬でもよくわかるほど、その女は美しかった。慌てて視線を逸らし、魔女を直視しないようにする。ギリギリ視界に入るくらいをキープだ。いや……ジェニの言い分もわかる。本当に美人だけど、でも、禍々しいオーラも纏っている。
「仕方ないわ。ターゲットにも逃げられちゃったことだし、また出直しましょうか」
そう言って女がため息をつく。わたし達には目もくれずだ。本来その方がありがたいんだけど、エドワルドさんのためにここを退くわけにはいかない。
「覚悟しろ、魔女!」
セイが魔力銃を抜き、女に向かって撃った。撃ちだされた魔力弾は女の顔の横すれすれを通り、浅く頬を切る。その流れを目で追っていたことに気付き、慌てて目を逸らした。
「あたしたちはお前の悪事をすべて知っている。おとなしく魔力を返しなさい」
「…………………」
氷の壁が溶けてできた水溜りに、女が映りこんでいる。女は黙り込み、傷口を指でなぞった。自分の白い指先が赤く染まったのを見て、女は口元を歪める。
「痛い。痛い。痛い。痛い。ワタシに傷をつけたわね?」
「……っ」
セイが気圧されたように息を呑む。わたしは一歩進み出て、セイをかばうように手を広げた。大丈夫。大丈夫。油断さえしなければ、直視しなければ大丈夫……。水溜りに映る女を睨み続ける。
「許さない許さない許さない許さない」
「…………」
「それに、魔女って言ったかしら。その呼び名をどこで聞いたの? 今の魔女はワタシじゃないのに。ふふっ、あなたたち」
水面の魔女が動く。赤い指先を突きつけて嗤った。
「生かしてはおけないわねぇ……?」
その声に、体が拒絶するように震えた。それでも手を強く握りしめて、能力を使うために頭を切り替える。
リンもナオも、ラスティンさんも、早く戻ってきてくれ……!
心の中でそう叫びながら。




