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第二章 21 モノクル少年の秘密

「あの、詳しくお話を伺ってもいいですか?」


 ナオが立ち上がって聞いた。女の人はぱっと顔を輝かせる。


「協力してくれるの?」

「はい。私達で良ければなんですが」

「もちろんよ! 王都ではあまり魔力泥棒の情報が出回っていないから、本当に助かるわ」


 嬉しそうにニッコリする女の人に、わたし達も笑い返す。まあ、事件の中心になっているベルラーナでもわかっていないくらいだったから仕方ないと思う。


 兵士が邪魔そうにわたし達を見ていたので、とりあえずわたし達はここを退くことにした。なぜか馬車の方が関所を抜けて、わたし達のすぐ隣に並ぶ。


「さ、中に入って。外よりは良いはずだから」


 そう言って、女の人は馬車の中にわたし達を案内してくれた。馬車なんてものには初めて乗るけど、やっぱりこの人は金持ちだと直感した。


 広い。


 ひたすらに広い。これがノーマルの馬車の広さなのか。いや、絶対に違うだろう。人四人が入ってもまだあまりある空間。それに、なんかソファがふかふかだよ。


「すごいですね」


 セイがわたしと同じようにぽかんとしながらそう言うと、女の人は申し訳なさそうに微笑んだ。


「そうかしら? 他のところはもっと良い馬車に乗っているんだけど。それで、早速だけど魔力泥棒の話、聞かせてもらってもいい?」


 そこで、ナオが女の人に魔女のことを説明した。さっき奥さんに説明して思ったけど、わたしは説明向きじゃない。こういう頭がいることはナオやリンに任せるべきだ。

 

 最後まで聞き終えたとき、女の人は暗い顔をしていた。


「魔力を盗む能力者……。その能力を防ぐ方法はないの?」

「あ……」


 確かに、それを知らなかった。わたしがナオを見ると、ナオが即座にジェニに伝達魔法を繋いだ。幽霊だから通じるかわからなかったけど、ひとまずはつながったらしい。あとは返事が返ってくるかどうかだ。

 重い空気の中、ジェニの声を求めて沈黙していると、


『確かにそれを伝えるのを忘れていたな』


 すぐにジェニの声が返ってきた。この状況では救いの声だ。思わずガッツポーズしたくなるのを必死で堪えた。


『ジェニ、魔法も使えるのね』

『そのようだな。生前は私もそれなりの魔法使いだったし……。それで、魔女の能力を防ぐ方法だが』


 ジェニはそこで一呼吸置いて、静かに告げる。


『私達もはっきりしたことはわかっていない。ただ、『見る』ことが奴の能力の発動条件だという推測は立っている』

『見る?』

『ああ、そうだ。厳密な時間もわからないが、あまり長い間魔女を見るとそれだけで能力を使われてしまう可能性がある。目を合わせることが条件じゃない、魔女を見ること自体が条件だ』


 見ることって……また無理難題が飛び出してきた。ちらりとセイを盗み見ると、セイもなんとも言えなさそうな表情だった。


『難しいとは思うが、それを実行したら私達は奴の能力を受けることはなかった。とりあえず、魔女に出くわしたならこのことを思い出してくれ』

『わかった。ありがとう、ジェニ』


 そうナオは魔法を切り、女の人に向き直った。


「友人によると、魔女を見なければ能力を受けることはないそうです。なので――」

「なんだと!?」


 反応したのは男の声だった。はっと顔を上げると、馬車の扉から男の人が顔を出していた。その人は中に入ってきてわたしの正面の席に座る。


「それじゃあ、余計にアラスターと相性が悪いじゃないか。どうする、リザベティ?」

「そんなこと私に聞かれても……。行くしかないでしょう?」


 どうやら、女の人の旦那さんらしい。いや、それより今の名前って……。


「その前に、君たちにお礼を言わなければならないね。ありがとう、本当に助かったよ」

 

 男の人がわたし達に向き直り、にっこりと笑った。


「今から私達は息子の元に向かうので、すぐにお礼は出来ないが……。明日以降、王都の西区画のウェスコイド家に来てほしい。そこでお礼を用意して……」


 アラスター。ウェスコイド。聞きなれた名前に、わたしは堪らなくなって身を乗り出した。


「つかぬことをお伺いしますが、その……息子さんは、ウェスコイド森林にお住まいで?」


 わたしの質問を受け、二人は顔を見合わせた。それからまたわたしを見て、それからあたふたと焦り始める。


「そ、そんなわけないでしょう! だってあそこは……その、危ないんだから!」

「惑いの森と呼ばれているんだぞ。そんなところに、なあ? そんな危ないところに住んでいるはずないよな?」

「ええ!」


 誤魔化すの下手か、と心の中で思わずツッコんだ。

 よっぽどの勘違いや偶然が重なっていない限り、「この人たちがアラスターのご両親である」という仮説は間違っていないだろう。ウェスコイドさんって言ってたし、あそこは元々ウェスコイド家の領地で……いや、でもアラスターは「ばあちゃんの土地じゃない」って言ってたっけ。


 とにかく、そんないわくつきの場所に息子は住んでいると知られたくないご両親は、こうして必死で否定している。そして、その必死さを無邪気でぶち壊すのがうちのセイだった。


「それならお手伝いさせてくださいっ!」


 セイはこぶしを握りしめ、きっと顔を上げてウェスコイドさんたちをみつめる。その目は使命感にめらめらと燃えていた。


「あたしたち、ちょうど昨日ウェスコイド森林に行ってきたところなんです! アラスターさんともお話ししましたし、もう森の地形もばっちりですから!」


 今までの二人の必死の否定はまったく耳に入っていなかったようだ。セイはそう力説してから満開の笑みを浮かべる。

 ああ、これドストレートに言ったけど信じてもらえるかな? 森に住んでる息子と話したって、普通に聞いても信じてもらえないような気がする。


 しかし、アラスターのお母さんはハッとしてわたし達に食いついてきた。


「アラスターに!? あの子は元気だったの!?」

「はい。とても親切にしてくれました。モノクルがカッコよかったです」

「おお……。ちゃんとつけてくれているんだな、私達が贈ったモノクル……」


 嬉しそうに顔を見合わせた後、二人はわたし達にいくつかの質問をしてきた。主にアラスターのことだった。全部答えると、その時にはもう、二人は疑いの欠片さえない、純粋な笑顔をわたし達に向けてくれていた。


「それなら、もう少しついてきてもらえるかな。実は護衛を雇えなくて困っていたところなんだ。もし魔女がアラスターを狙ったら、すぐに息子を連れて逃げて欲しい。魔女の相手は私達がする」

「わかりました」

「ありがとう。報酬は頑張って弾むよ」


 馬車が動き出した。わたし達は無言のまま人生初の馬車に揺られる。リュックの中でリンがどんなことを考えているのか気になるけど、今ここで聞くことはできないから我慢だ。リン、ごめん。


 今頃リュックの中で窮屈な思いをしているであろう妖精に謝っていると、ふいにアラスター母が口を開いた。


「息子に会ったのなら、気になっているでしょう? どうして離れて暮らしているのか」


 突然の質問に驚いてしまう。まさか本人からそんなことを聞かれるとは思っていなかった。ナオもセイも答えないので、狼狽えながらも「はい」と頷く。アラスター母は寂し気に微笑んだ。


「そうよね。アラスターのお友達なら話しておいた方がいいのかも。私達、一応貴族なの」

「……えっ」


 貴族? 本当に? 

 言葉を失うわたし達に、アラスター父は穏やかに手を振った。


「いや、そんな顔をしなくてもいいよ。そんなに姿勢を正さないで。恥ずかしながら少し失敗してしまって、貧乏なんだ。そこらの商人の方が良い家に住んでいる」

「ええ。それで……あなたたち、アラスターの能力のことは知っているのよね?」

「はい」


 ナオが自分の目を指さす。


「一隻眼、ですよね」

「そう。アラスターがあの能力に目覚めたのは、ちょうど家がどん底にあるときだったわ。あの子なりに、私達を守ろうとしてくれていたのかもしれない。でも、あの能力は少し強すぎたの」


 アラスターのお母さんは、膝の上で手を強く握りしめた。貴族といえば豪華なドレスに身を包んでいるイメージだけど、この人はシンプルなワンピースだ。護衛も雇えないほど厳しいのだろうか。馬車こそ立派だったけど、これはそんな苦しい中で残ったものなのかもしれない。


「あの能力は、人を見分けることが出来る。人の心は残酷よ。昔から仲良くしていた友達が、実は自分にとって有害だと能力で知ってしまったら? 好意的にしてくれる人が、裏では自分を陥れようとしていると気づいてしまったら? そんなものばかり見ていたら、きっとあの子は狂ってしまうわ」

「それに、私達自身があの能力を悪用してしまうかもしれなかったんだ」


 お父さんは大きく息を吐き出して、お母さんの後を引き継ぐ。


「子供の人格を捻じ曲げてしまうかもしれない力だが、上手く使えばここからのし上がることも夢じゃない。そう思ってしまった。そうしたら、母さんからの平手打ちが飛んできてね。『子供は道具じゃない』と。本当にその通りだ。今でも自分が情けない。そうして話し合った結果、兄の領地のあそこの森を貸してもらって住まわせることにしたんだよ。母さんがアラスターの世話をしてくれることになった」


 話を終え、長く息をついた。それから顔を上げ、わたし達に向かって微笑む。


「これからも、アラスターと仲良くしてあげてくれるかな」


 今度は迷わなかった。わたしは頷いて答える。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 馬車は一定の速度で進み続ける。ふと外に目を向けると、夜の魔法都市が近づいてきていた。

 

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