第二章 20 次の関門は
今のところ魔女に対する手掛かりはなし。ということで、とりあえずエドワルドの館に報告しに行こうということになった。犯人がわかっただけでもかなりの収穫だろうから。
崖を抜けたところで、リンが転移魔法を唱える。
「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移!』」
……………………何も起こらない。ひゅるるる、と寂しく風が吹き抜けた。
「あれ?」
わたしはナオと顔を見合わせる。どうして転移できないんだろう。今までリンの転移が失敗したことなんてなかったのに。わたしは異空間に飛んだけどさ。
すると、しばらくポカンとしていたリンが「あー」と額を押さえた。
「みんな、ボクたちはとても重大なことを忘れていたみたいだよ」
「何が?」
「わざわざ関所を通って来たのに、転移なんてできたら関所の意味がないじゃないか。それを防止するために強力な無効化魔法が使われているみたいだよ」
リンは空を指さす。つられるように空を仰いでみるけど、別に変わったところは見当たらない。でも、ちゃんとその無効化魔法とやらが使われているのだろう。
「確かにそうですね……。ってことは、ここからまた関所を通るしかないってことですか?」
「そういうことだね。はあ、向こうに着くのは夕方ごろになりそうだ」
ため息をつくリンを見ながら、わたしは別のことを考えていた。
いや、ベルラーナって防犯対策どうなってるの?
わたし達が転移できたってことは、ベルラーナには無効化魔法が使われていないってことだ。つまり無防備。魔法都市がどうしてそんな真似を……。いや、わたしが言うのもおかしいんだけどさ。
「それなら急がないと。余計にこんなところで止まってるわけにはいかないでしょ」
ナオがセイの隣に体をねじ込み、ぽんぽんとそりを叩く。
「セイ、二人がかりで全速力で走らせるわよ」
「わっかりましたー!」
楽しそうにびしっと敬礼するセイ。微笑ましい光景だ。首を傾げてその様子を眺めていると、そりが急発進した。
「うぐっ!」
体が前に引っ張られ、前の座席に思い切り頭をぶつける。両手でしっかりと背もたれを掴んで顔を上げると、ビュンビュンと音が聞こえてくるくらいに景色が飛んでいた。
「……これ、スピード違反とかないのかな?」
そして、わたしは無事にベルラーナまで辿りつけるのだろうか。
そんなことを考えながら、わたしは猛スピードのそりにしがみついていた。
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姉妹の力で、予定よりもだいぶ早くベルラーナに到着することが出来た。
ベルラーナの入り口であるアーチの前には、厳つい感じの人が何人か立っている。ここは本当に魔法都市なのか。この前ここを通った時はこんな人たちいなかったはずなんだけどな……?
そう訝しみながらも、エドワルド夫人からの調査依頼の紙を見せると、あっさり通ることが出来た。流石はエドワルド。名前から格が違うね。本当に感謝だよ。
無事にベルラーナに入ったところで、わたし達は路上で弾き語りをしていた青年に声をかけてみた。
「すいません。あの人たちって、前もいましたか?」
「いないいない。つい今朝来たばっかなんだよ」
青年はよくわからない弦楽器を下ろして手を振る。
「ほら、ここって魔法都市じゃん? だから王都みたいに無効化魔法を使うと、魔法使い達が思うように動けなくなるんだってさ。だからここは、無効化魔法なしで魔法使い達に全部任せてやってきたんだけど……まあ、こういうこともあるよな。全員ダメになっちまったから、緊急で王都から派遣してもらったんだよ。魔法じゃなくて腕っぷしが強い人をな」
なるほど。今の魔法都市は筋肉によって守られているらしい。不思議な力関係もあるものだ。
とりあえず一曲聞いてから若者から別れ、わたし達はエドワルドの館に向かった。
門のベルを鳴らして中に入り、出てきた奥さんに挨拶する。
「あら……。どうかしたの? まだ魔力泥棒は捕まっていないようだけど……」
不安そうな奥さんに、わたしは胸を張って答えた。
「はい。まだ捕まえられてはいませんが、犯人の情報を持ってきました。エドワルドさんから魔力を奪ったのは魔女です」
それを聞いた瞬間、奥さんは目を光らせて懐から紙とペンを出した。
「魔女? それは一体どんな人なの?」
そうして、わたし達はジェニから聞いた魔女の情報を一つ残らず伝えた。奥さんは目にもとまらぬスピードでそれを書き留めて眉をひそめる。
「話を聞いた様子だと、能力者のようね。それも絶世の美女……。魔獣の調査はもう必要ないと伝えなければね。ベルラーナ周辺の調査は私達で済ませますから、あなたたちは王都で情報を集めてくださる?」
また王都までとんぼ返りかあ……。
内心で顔をしかめつつも、表情には出さないように注意して「わかりました」と答えた。
「よろしくね。私も今から彼らに……まああなた、大丈夫なんですか!?」
報告のために中へ入ろうとした奥さんが大声を上げた。その声に呼応するように、おじいさんが姿を現す。
白いひげはぼさぼさで、やつれ切ったおじいさんだ。すぐにエドワルドさん本人だろうと理解する。
「…………」
エドワルドさんは虚ろな目でわたし達を見回し、ぴたりと一人の前で視線をとめた。
「ふぇっ?」
セイだった。間抜けな声を出すセイに、エドワルドさんは歩み寄って何かを渡す。それはオモチャの水鉄砲のような、どこか気の抜けたフォルムのものだった。
エドワルドさんはセイにそれをしっかりと握らせると、おぼつかない足取りでまた館の中へと入っていった。
「これ、あたしにくれるんでしょうか?」
いきなり渡された水鉄砲らしきものをいじり、首を傾げるセイ。それに答えたのは、涙を流すエドワルド夫人だった。
「ええ、そうよ。主人が部屋から出てきてくれたのなんていつぶりかしら……。主人も、あなたたちの若く勇敢な心に動かされたのでしょうね。さあ、行って……」
わけはわからなかったけど、促されるままに、わたし達はエドワルドの館を後にした。
「これ、なんなんでしょうか?」
水鉄砲(仮)をいじりながら、セイが眉をひそめた。なにせ何も説明を受けないままだ。エドワルドさんはあんな感じだったし、奥さんもそれにひたすら感激してたし。
「わたしの界では、そういうフォルムで引き金を引くと水が発射するやつがあったけどね」
「水ですか。うーん、とりあえず使ってみましょうかねー?」
セイはそう言って引き金に指をかける。それから何かを念じて引き金を引き……。
直後、近くの植木が爆発した。水鉄砲(仮)を発射した方向だ。唖然としながらセイを見ると、セイは驚愕の顔で固まっていた。
「……彩、これがあんたの界では水なの?」
「そんなわけないよね! 見た目は似てるけど、その実まったくの別物だよ」
水鉄砲にこんな殺傷力はない。わたしが全力で否定すると、リンが水鉄砲をみつめながら「ふむ」と顎に手を当てた。
「これは魔道具かもしれないね。ルダーラさんも、エドワルドさんは変わった魔道具を作るのが好きだって話をしていたし」
「はああ、びっくりしました。爆発するんですもん」
セイは胸をなでおろす。わたしは「ちょっと貸して」とセイから魔道具を受け取った。
見た感じ、触った感じは本当にただの水鉄砲。プラスチックみたいな素材で軽いし、扱いやすそうではある。さっきの火力も考えると、見た目はコミカルだけど威力がベルラーナ一の魔法使いのお墨付きってことだろう。
「気をつけなさいよ。正直あんたが持つのが一番怖い」
「大丈夫だって。魔力の込め方を知らないから」
そもそも自分に魔力があるのかすらわからない。情けない自信だ。
「これはかなりの心強い味方になりそうだね。何せ引き金を引くだけで爆発するんだから」
リンが、わたしの手の中の魔道具を見てそう呟く。わたしはセイにそれを返した。もちろん慎重にだ。
「まあ、とりあえずその銃のことは移動中にでも考えたらいいじゃない。ひとまずは王都よ。また飛ばすからね」
そのナオの声掛けで、わたし達はまたそりに乗り込んだ。結局そりのスピードが速すぎて落ち着いて考えることもできなかったんだけども。
関所が見え始めた頃には、もう空には月がのぼって星が瞬いていた。猛スピードで流れていく星たちを見ながら、わたしは疲労困憊だ。乗ってるだけなのに、こんなに疲れるのは何故……。
「あれって何?」
だらだらしていたところでナオの声が聞こえて、わたしは空から前へと視線を下げた。
関所の向こう側に立派な馬車がとまっている。あの不愛想な兵士はその馬車で来たと思わしき人と何やら取り込み中だ。
「馬車すごっ。初めて馬車なんて見たけど、絶対あれって金持ちが乗る奴だよね」
「そうなの? よくわからないけど……って、気づかれたわね」
少し離れたところから見ていただけなので、当然気づかれてしまった。兵士がわたし達の方を見て、「こっちへ来い」というようなサインを送ってくる。
「うええ、行っていいんでしょうか……?」
「行くしかないよ。ほら、前進前進」
渋るセイに声をかけ、わたし達は関所の前までそりを進めた。セイの前では威勢のいいことも言ったけど、不安は不安なので何を言われるか身を固くしながら待つ。と、
「あなたたちが、魔力泥棒の調査団ね!?」
意外も意外、声をかけてきたのは兵士ではなく、兵士と話していた人だった。大人の女の人で、当然面識はないので面喰ってしまう。
「はい、そうですが……」
「やっぱり。ねえ、良ければ依頼を受けてくれないかしら。情報提供だけでいいの。本当にそれだけでいいいから。ね?」
いや、そんなことを言われてもわたし達も魔女を捜すという依頼を既に受けておりまして……。急がないといけないわけでして、その依頼を受けることは少し……。
そんな断りの言葉を考えていると、女の人は必死の形相でこっちへ身を乗り出してきた。
「お願い。私の息子が、ターゲットにされているかもしれないの!」
懇願するような女の人の目に、わたしは今まで考えていた断りの言葉が頭から吹き飛んだのを感じた。
息つく間もなく進むストーリーに、わたしはついていけるだろうか。
最後に頭の中に残ったのは、そんなどこかずれた疑問だけだった。




