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第二章 18 崖での戦闘

 関所を突破して、わたし達はひたすらに崖を目指していた。崖。そう、崖である。あまり行きたくない場所だ。


「最近、その崖の周辺で怪奇現象が起こっている。それが能力のせいかどうかはわからないけど、魔獣のせいでもないだろうって話よ。その調査ね」


 ナオが資料を淡々と読み上げる。こんなにそりが揺れているのに文字を読んでも酔わないのは羨ましい。

 怪奇現象といえば幽霊だよね、とぼんやり考え、そしてハッとした。

 幽霊、崖。よからぬ気配がする……。


「ガチの幽霊が出る可能性あり? しかも相当なワケあり? こんなのあり?」

「ありありうるさいよ。でも、幽霊だとしたら魔法や能力が効かないかもしれない。警戒する必要はありそうだね」

「そんなの勝ち目ないじゃんー!」

「リン、変に彩の不安を煽らないでよ」


 ニヤニヤしながらわたしの様子を楽しむリンに、呆れたナオがストップをかけた。


「意外ですね。彩先輩ってオバケとかともタイマン張りそうな感じですけど」

「セイの中のわたしのイメージとは。別にとてつもなくダメなわけじゃないけど、ガチな幽霊に会うのは初めてだからね。少しくらい怖がらせてよ」


 何度か竜とかヤバいのも見てるけど、幽霊はまた別のヤバさだ。しかも今回は闇が深そう。さっきは奥さんに感謝の気持ちを込めて「魔力泥棒とっちめます」的なことを言っちゃったけど、これ大丈夫かなあ?


 そんな心配をしているうちに、セイが「着きましたよ」とそりを止めてしまった。顔を上げて見てみれば、わたし達がいるのは確かに崖の少し手前くらいだった。


「ナオ、怪奇現象って具体的には何が?」

「えーっと……物が消えるとかって話ね。ここで一休みしていた商人の荷物が忽然と消えてしまったのが始まりらしいわ」


 そりを降りて歩き回りながらナオの話を聞く。今朝雨が降ったらしく、辺りには水溜りもあるし地面がぬかるんでいる。崩れたりしないよな、と心配してしまうくらいだ。


 それはともかくここで一休みって、なかなか根性が据わってる人だな……。幽霊にビクともしない私の仲間も根性据わってるんだけど。


「変人ばっかりだ……」


 そうため息をついて、辺りを見回したとき、


「危ない!」

「うわっ!?」


 突然腰辺りに飛びつかれて、わたしはバランスを崩して少し離れた場所にしりもちをついた。わたしにタックルしたセイも倒れてきたのでなんとか受け止める。


「いきなり何が……」

「あれよ!」


 走って来たナオが、切羽詰まった様子でわたし達がさっきまでいた場所を指さす。そこには一匹のウサギがいた。

 頭に一本角があり、白い毛を赤く濡らして、禍々しい赤い目を光らせている。セイが飛びついてくれなかったら今頃……。そう考えると、恐怖で背筋がぞくりとした。


 と、


「――!」


 無言で、ウサギがこっちへとびかかって来た。そういえばウサギは犬や猫みたいには鳴かないって聞いたことがあるけど……って、そんな場合じゃない。

 セイを巻き込まないようにしないと。能力で……わたしの能力で!


「『風魔』っ!!」


 セイを突き飛ばして叫ぶ。セイが何か不満そうな声を上げたけど、そんなことは気にしない。

 強風が吹き荒れ、周りのものを吹き飛ばす。周りの木々がしなり、砂埃が舞う。わたしは砂が目に入らないよう目を細めた。

 ウサギは風にあおられて、地面に着地した。それで逃げてくれるほど優しくも弱くもないらしく、また飛びかかるために体を低くする。その尖った角でわたしを貫くために。


「そっちがその気なら、こっちだって何回でも叩き落してやる!」


 啖呵を切ると同時に、またウサギが飛びかかって来た。さっきよりも速い。今度は自分に向かって風魔を発動し、後ろへ飛ぶ。


 風の方向やら力やらを調整する時間はなかった。そのため微妙に失敗して地面をゴロゴロ転がる羽目になってしまい、慌てて体を起こす。体中が痛んだ。

 ウサギはまたわたしに逃げられたことに腹を立てたのか、完全にわたしのことをロックオンしていた。対して、わたしは今ようやく立ち上がったところだ。ヤバい、と呟く。啖呵切った割に大ピンチだ。下手したらここでやられる。

 

 でも、そんなことはわたしの仲間が許さない。


 次の瞬間ウサギの体に無数の切り傷が刻まれ、ウサギの意識は別の方向へ向かった。


「私のこと、忘れてる場合じゃないでしょ?」


 ナオが首を傾げて、余裕めいた笑みを見せる。その腕は血で赤く染まっている。

 ごめん。ナオ。

 内心でそう謝りながら、わたしはナオに「ありがとう」とサインを送る。幸いウサギのターゲットはナオに移り変わったようで、わたしからは完全に興味を失っていた。ウサギの視界に映りこまないよう、注意を払いながら木の陰に隠れる。


 ウサギがナオに向かって飛びかかった。ナオはそれを躱してもう一撃食らわせる。その様子を見ながらじっとタイミングを窺っていると、隣にリンが現れた。


「速いけど動きは単純。一直線にしか進めないみたいだね」

「冷静な分析ありがとう。これで実行できる!」


 わたしはリンに離れるよう伝えてから、辺りを見回す。わたしとウサギの間に水溜りがあった。ちょうどいい。そこに狙いを定めて唱える。


「『幻惑』」


 ウサギに、あの水溜りの前に立っているわたしの幻を見せる。そして、


「『風魔』」


 ここから攻撃を仕掛けた。隠れているから、わたしの姿は向こうからは見えていないだろう。こっちからも見えないんだけどね。でも、わたしには頼りになる仲間がいますから。


『彩、今ウサギが行った!』

 

 ナオの声が頭の中に響いた。続けて水が跳ねる音。恐らくは、わたしの幻に引っかかったウサギがその場に着地して水溜りに落ちた音だ。わたしは木陰から飛び出して叫んだ。


「『氷魔』!」


 今回は簡単。そもそも水があるから、それを凍らせればいい話だ。一瞬で水溜りは凍り、そこにいたウサギも身動きが取れなくなった。


 それを確認して、わたしは大きく息を吐き出す。


「はあ、疲れた……」

「お疲れさまですっ。先輩もお姉ちゃんもよく頑張りました!」 


 なんか褒められた。とりあえず「ありがと」と返してリンを見る。


「それで、このウサギは?」

「魔獣だろうね」


 即答だった。わたしもそうじゃないかって思ったくらいだから、リンは見た瞬間からわかっていたことだろう。

 氷に囚われている魔獣を見ながら、リンが眼鏡の奥の目を細める。


「まだ小動物の魔獣で良かったよ。これでクマやオオカミが出ていたら、きっとボクたちの命はなかっただろうから」


 さらりと恐ろしいことを言ってのける妖精だ。わたしは両腕を抱えて身震いする。ウサギですら手こずったのに、そんな大型の魔獣になったらどうなるんだろう。想像するのも恐ろしいよ。


「じゃあ、ここの怪奇現象はこのウサギの魔獣の仕業ってこと? 少し違うような気がするけど」


 顎に手を当ててナオがそう呟く。確かにナオが言ったような、物を消したりするような力は使ってこなかった。ただ馬鹿正直に突進してくるだけだ。こいつはウサギじゃなくてイノシシに生まれ変わるべきだったと思う。


「なっ、あれ見てください!」


 思考タイムに入っていたわたし達を引きずり出したのは、セイの悲鳴のような叫びだった。セイは奥の方を指さしている。その先に見えたのは、猛ダッシュしてくるウサギの姿。しかも五匹くらいのチームで隊列を組んでいる。


「まだいたの!?」


 わたしも思わず悲痛に叫んでしまった、その時。


 先頭を突っ走っていたウサギが、突然コテンと倒れた。続けて周りのウサギも倒れ、チームはわたし達の元へ辿りつく前に全滅した。

 あまりの突然さに、わたし達は全員言葉を失う。


「……誰か、何かした?」

「してないわよ」

「していないよ」

「してないです。彩先輩じゃないんですか?」

「わたしも何もしてない……。え、唐突なスタミナ切れ?」


 そんなバカな話あるかと鼻で笑い飛ばしてもいいレベルだけど、それすら否定できないほどに、今起きた現象の理由が思いつかない。

 もう一つあるとすれば、窮地に颯爽と現れた旅人が助けてくれたってくらいだけど……。


「ああ、間に合って良かった」


 正解だと言わんばかりのタイミングで、上から声が降って来た。揃って顔を上げると、わたし達のすぐ傍の木の枝に一人の少女が座っている。


「最近は奴らがここを住処にしていて困っていてな。そうそう、あの魔獣もあと十分程経てばまた意識を取り戻してしまうから気をつけるように。あとは……うん、こんな危険な場所には来ないことをお勧めする」


 一人でそう話してから、少女は困ったように微笑んだ。

 でも、正直言ってその言葉はわたしの頭に入ってこなかった。その少女の姿に意識を全部持っていかれたからだ。

 青色の瞳に、ウェーブのかかった金髪をショートカットにして、軽装備をしている。まあ、問題はそこじゃない。無視してはいけないのは、この少女の体が半透明だということだ。


「あの、あなたは?」


 果敢にもセイが少女に尋ねた。少女は「私か」と自分を指さすと、腕を組んで考え込んだ。


「実は、私にもよくわかっていないんだ。『残留思念』のようなものだとは思うが」

「ザンリューシネン?」

「ああ。簡単に言えば幽霊のようなものだろうな」


 さらりと顔色一つ変えずにそう言いかえた少女に、わたしは幽霊に対する恐怖も忘れて唖然としていた。


 この人が怪奇現象の犯人だ。

 

 何も証拠はないけど、直感が間違いないとわたしに訴えかけていた。


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