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第二章 17 二日目も大混乱

 氷穴の問題も解決したところで、わたし達に残されている調査はあと一件だった。でも、村を出たら辺りは真っ暗で。


「もう遅いし、今日は帰ろうか」


 そんなリンの一言で、わたし達は妖精図書館に帰った。

 

 図書館に着いて、いつもの風景にほっとしたのだろうか。一気に疲れが出て、わたしはソファにぐでんと横になった。


「あー、疲れたー……」


 考えてみれば今日は、初めて魔法界に行って、ベルラーナの魔法使いの家を訪ね歩いて、エドワルド邸で調査隊に入って、アラスターとルダーラさんに会って、氷穴に行って……。一日とは思えない濃度だった。そりゃ疲れるよね……。


「鍛え方が足りませんね、彩先輩! あたしなんて今からでもランニングに行けますよ!」

「そうだよアヤ君。君はまだまだ根性がないね」

「セイはともかく、ほとんどをわたしのリュックの中で過ごしてたリンには言われたくないよ……」


 寝返りを打ってうつ伏せになり、顔をソファのクッションに押し付ける。あー、このまま寝れそう。夢の世界に、おやすみなさい、だよ……。


「ちょっと、そんなところで寝ると風邪ひくわよ」

「いたい」


 そこで、頭に何か硬いものが当たった。少しだけ体勢を変えて見上げると、エプロン姿のナオがお玉を手にわたしを見下ろしていた。


「まんまお母さんだな……」

「誰がお母さんよ」

「あ、痛い。やめて、起きるからお玉を武器にするのはやめて」


 わたしは容赦なく振り下ろされるお玉から身を守るため、後頭部をガードしながら起き上がる。お玉アタックのおかげで眠気はなくなっていた。

 

 満足げにお玉を持った腕を下ろすナオに、セイがぴょこりと歩み寄った。


「お姉ちゃん、今からごはん作るの? あたしも手伝うよ」

「え、セイも料理できるの?」

「失礼な。ばっちりできますよ。これでも肉料理はセイに任せろって言われてたんですから」


 一体どんな場所で育ってきたのか。セイはふふんと胸を張り、妹が肉料理のプロフェッショナルになっていたことを知ったナオは困惑顔だ。


「そう。それならセイに手伝ってもらうわね。彩はお風呂沸かしてきて」

「なっ、わたしだって手伝いくらいできるし! 馬鹿にすんなし!」

「今まで彩に手伝ってもらってたのは、彩以外に人型がいなかっただけだから。肉料理のプロがいるなら当然そっちに任せるわよ。馬鹿にしてるんじゃなくて、確実性が高い方を選んでるの。まあ、今日肉料理じゃないんだけど」


 馬鹿にされているよりも悲しい答えを淡々と返されたので、わたしは涙を流しながらお風呂場へ向かった。

 それから食べた姉妹特製シチューは、とても美味しかった。確かに確実性は高いかもしれない。


********************


 翌日、わたし達は再び魔法界に来ていた。そりに乗り込み、ナオの手元を覗き込む。


「で、最後はどこ?」

「次はかなり遠くなりそうよ。王都の近くの崖みたい。それと、暑苦しいからちょっと離れて」

「崖? 王都? で、最後の一言がわたしの繊細な心にクリティカルヒットなんですけど!?」

「君たちちょっとうるさいよ」


 ぎゃいぎゃいしていると、リンに注意されてしまった。そこでナオがハタと顔を上げ、腰を上げる。


「そうだった、彩なんかに構ってる暇なんてなかったのよ。今日は私がそりを動かさないと」

「なんかナオ絶好調だね?」

 

 彩さんのガラスのハートは今にも砕け散りそうだよ。今日一日持つだろうか。

 ぐっと胸を押さえて痛みに耐えていると、前に座っていたセイがくるりとこっちを向いた。


「あ、お姉ちゃんはいいよ。あたしが動かすから」


 軽くそりを叩いて、リンと「ねー」と仲良く顔を見合わせる。しかしそれだけで折れるナオでもなく、「そんなわけには」と身を乗り出した。


「セイは昨日引き受けてくれたでしょ。リンもやってくれたし、順番的に私じゃない。私だけサボるなんてそんなの嫌よ」

「えー、でもあたしがやりたいだけだもん。なんかね、魔道具だっけ? こういうの使うの楽しいんだよね。向いてるのかも。だから、やらせてもらえないかな?」


 上目づかいでお願いされ、ナオはうっと言葉を詰まらせた。それから大きくため息をつき、額を押さえてから頷く。


「……頼んだわよ」

「はいっ、わかりました!」


 びしっと敬礼し、セイは意気揚々と前を向く。どさりと崩れるように腰を下ろしたナオは、なんだか深刻な顔をしていた。ただ単に仕事を果たせなかったってだけじゃなさそうだ。

 わたしは軽い口調で言う。


「いやー、本当にごめんね、みんな。わたしが魔法を使えたらこの程度一発なんだけどなあ」

「出来ない人ほど話を盛るよね」

「本当に今日はみんな厳しいな!?」


 そんなこんなでそりが走り出した。次に、わたしはナオに声をかける。


「気遣われちゃったね」

「そうね」


 ナオは前髪を払う。整った顔には、深いしわが刻まれていた。


「……やっぱりあの子、まだ私に気を遣ってる気がするのよ」


 声をひそめ、足の長さを強調するように足を組む。その隣で、低身長のわたし吉田彩は歯ぎしり中である。


「昨日、セイと一緒に夕飯作ったでしょ? その時にも感じたんだけど」

「うん」

「自分はサポートに徹するというか、そんな感じ。そんな役割を押し付けるために誘ったわけじゃないのに……」


 確かに、ナオの言うことには心当たりもあった。初めにこのそりの操縦を名乗り出たのもセイだったし、すごく頑張ってくれている。でも、どこか無理しているような気もするのだ。


「私に気を遣ってるのよね。本当に、気にしなくていいのに。セイは悪くないのに」


 寂し気に、ナオはぽつりと呟いた。



 それからしばらく経ったとき、セイの肩に座っていたリンが「あ」と声を上げた。眼鏡を押し上げて食い入るように前方をみつめる。


「向こうに関所があるよ。あそこからは王都に近くなるから、警備も厳重なんだよね」

「関所?」


 思わず聞き返してしまったけど、よくよく考えてみれば関所があることは至極当然だろう。今までがなさ過ぎたってだけで……あ、あれ?


「ちょっと待て、わたし達って普通に密入国してない?」

「? してるよ?」

「そんな当たり前だよって顔で言われても!」


 きょとんと首を傾げるリンに、わたしは渾身の叫び声を上げた。


「まあ、静かにしなさいよ。ここまで来た以上どうしようもないんだし」

「意外だな。ナオって優等生的なイメージだから、こういう悪事は許せないかと思ってた」

「今更何を……。私はそもそもクロスの配下だったからね? 忘れてたでしょ」

「完全に記憶の彼方だった」


 そういえば一昨日まで普通に悪役やってたね。本当に忘れてた。別に真面目なわけじゃなかった。

 納得するわたしに、そりを走らせたままセイが振り返った。


「それで、関所を通過する許可証みたいなのはあるんですか? なかったら大変だと思うんですけど」


 皆黙った。事態の深刻さに今更気づきました、みたいな感じだ。しばらく沈黙してから、ナオがゆっくりとわたしを見た。


「大変ってレベルじゃないわね。ちょっと彩、何か聞いてない?」

「聞いてないね。リンは何か知らない?」

「ボクの第二の住処は君のリュックの中だからね。家に帰るとするよ」

「逃げるな妖精! わりとガチでリンしか頼れる人がいない! わたし達、魔法界二日目の初心者だから!」

「そんなこと言われても、以前ボクがベルラーナに行けたのはあそこの警備が大丈夫かってくらい薄かったからで……。王都はあの関所で断念したんだよ」


 小さい体を掴んで引き留めると、リンはごにょごにょとそう答えた。つまり、とわたしは頭をフル回転させる。

 あそこの関所は、リンの小さい体でも抜けられそうにないほど厳重。そんなところにわたし達が突っ込んで言ったらどうなる? 最悪殺されるかもしれない。子供だからそんなことはない、と思いたい。


「ちょ、セイストップ! なんでこんな状況下でもそりを止めないのかなあ!?」

「すいません! つい楽しかったもので……」

「楽しさにわたし達の命賭けないで!? あー、今日叫び通しで疲れる!!」


 今日は全員マイペースを貫くので、わたしがツッコミに回らないといけない。喉を労わるわたし。そりがだんだん速度を緩めていくも、もう関所は目と鼻の先だ。


 エドワルドさんの奥さんの依頼で来ましたって言えば通れるかな? でも何も証拠がないし……。あー、どうすればいい!? もっと配慮してほしかったよ奥さーん!


 わたしがそう頭を抱えた時、


「セイ、迷わず前進して」


 ナオがやけにきっぱりとした口調でそう指示した。許可を出されたことが嬉しいのか、セイは「了解です!」と元気よく返事する。対してわたしとリンは大焦りだ。


「ナオ君、一体何を言い出すんだい!?」

「そうだよ! 血迷うにしてもわたし達を道連れにしないでよ!」

「別に血迷ってないわよ。これを見つけただけ」


 ナオはピラッと一枚の紙をわたし達に突きつけた。受け取ってみてみると、エドワルド夫人のサインが書かれていた。


「もしや、これで……」

「お前たち、止まれ」


 そこでわたし達は関所の兵士らしき人に止められた。厳つい顔と体格をしたその人は、見下ろすだけで迫力が満点だ。


「何のために来た? ここはお前らのような子供が入れる場所じゃないんだ」

「私達はこういう用件で」


 その圧力にも全く臆することなく、ナオはその人に紙を突き出す。兵士は荒っぽくナオの手から紙を奪い取った。


「調査依頼、エドワルド……エドワルド!?」


 紙に目を通していた兵士は途中で大声をあげ、信じられないと言った風にわたし達をみつめた。


「まさかこんな子供が……。でも、このサインは本物だしな……」


 困惑顔の兵士を見て、セイが声を殺してくすくすと笑っている。さっきの高圧的な態度がひっくり返って面白いみたいだ。わたしもバレないようににやりと笑った。


「……まあいいだろう。早く通れ」

「はい、ありがとうございます!」


 まだ疑わし気な兵士に、セイは元気よく返事してそりを進めた。


「奥さんのおかげで、通行料も取られなかったわね。本当に感謝しなきゃ」


 ナオの一言に、わたしはベルラーナの館で待っているであろう奥さんを拝んだ。


 本当にありがとうございました。配慮が足りないとか言って本当に申し訳ございませんでした。必ず魔力泥棒をとっちめてまいります。


 ベルラーナの方角に頭を下げながら、わたしは王都エリアへの関所を通過したのだった。 


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