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第二章 15 孤独の中での足掻き

「君は本当に変わっているね」


 次に青年が浮かべた笑みは、狂気的なものへと変わっていた。さっきまでの自然な笑みとは程遠い、冷たい作り物のような笑みだ。


「いや、狂っていると言った方がいいのかもしれない。さっき、君は僕を狂人を見るような目で見たけれど、君の方が間違いなく狂ってるよ。何せ人が凍っているのを自分から見に行こうとするんだからね」


 青年は赤い目をわたしに向ける。わたしはそっと目を閉じた。


「あなたは、自分がまともだと思ってるんですか?」

「ああ、そう思っているよ。僕はまともだ。正常に、純粋な、何かを美しいと思う心を持っている。そうだと思わないかい?」


 セイの辛辣な質問にもさらりと答える。目を閉じると、ナオの声がよりはっきりと聞こえる気がした。


『彩、よく聞いてね――』


 ナオが、村で入手したらしい情報を教えてくれる。わたしはそれに耳を傾ける。


「美しいものを守りたいと思うのは正常だ。美しくありたいと思うのは正常だ。それとも、君たちはそれがおかしいと思うかい?」

「――いえ」


 わたしは静かに青年の問いを否定した。青年は思わぬところで遮られたからだろう、少し仮面の剥がれた顔をしている。

 正常、正常、正常。何度もそう繰り返すなんて、胡散臭さが増す。まるで「狂っている」と言わせたいんじゃないかとも思えてくるほどに。

 だからわたしは否定する。


「正常です。まともです。村の人たちに裏切られたのなら、こうなるのが普通です」


 こんな寒い氷穴の中に引きこもって美を追求するのは、まあ普通の生活とはかけ離れているかもしれない。でも、この人の場合はそれしかなかったんだと思う。今もナオの報告は続いている。


 青年の表情が変わった。さっき彼が「醜い」と評した感情を露わにしてわたしを見る。


「わかったような口を」

「わかります。わたしも能力者ですから」


 本当はわかるはずもない。記憶を盗み見て、人から話を聞いただけでわかりますなんて言うべきじゃないとはわかっているけど、今はそう答えるしかない。


「わたしは人の能力を借りる力を持ってるんです。今もそのために魔法界をぐるぐるしてるんですけど……この能力も貸してもらえませんか?」


 セイがこのタイミングですかと言わんばかりにぎょっとした顔でわたしを見た。その通りだ。わたしもタイミングを間違えたって後悔してる。もともと話をうまく進める力はない。


 青年は鼻で笑うと肩をすくめた。


「そのためにここに来たって言うのかい。残念ながら僕は君にこの能力を渡すつもりはないね。お帰り願おう」


 まあそうなりますよね、とセイが小さく呟いた。覚悟の上だったからすぐに次の話に入る。もうほとんど、この人の能力をコピーすることは諦めている。


「わたし達がここに来た目的は全部で三つです。今から最後の目的についてお話しますね。デリックさん」


 知らないはずの名前を呼ばれたことで、青年は驚いたようだった。それからさらに警戒心をむき出しにしてわたし達を睨む。


「わたしの仲間が、村の人から話を聞いたんです。あなたは昔、村で一緒に暮らしていたと。友達もたくさんいたんですよね。それで、ここで遊んでいた。あなたのその能力で遊ぶのは楽しかったと皆さん言っていましたよ」


 というのはナオから聞いた話だ。

 ナオはあの女の人から伝達魔法を教わった後、別の若い男女にすぐに一軒の家に案内されたらしい。そこにはこのデリックさんと同年代くらいの人が十人ほど集まっていて、聞き込みをするまでもなく事情を説明された。


「……皆が」

「そうです。わたし達はまったく別件でここに来たんですけど、村であなたのご友人に囲まれまして。わたし達があなたに危害を及ぼすつもりなんじゃないかって危惧していたみたいです。話を聞いたら、すごく楽しそうに答えてくれました」


 みんなで昔を懐かしむように話してくれたらしい。

 小さく呟く青年に、わたしは頷いた。


「その能力で氷の彫刻を作ったりして遊んだんですよね。氷で囲まれた秘密基地も作って。デリックさんは、いつもみんなの中心にいたって言ってました。……どうしてこうなってしまったのかも聞きました」


 デリックさんは何も答えなかった。


 ナオの報告によれば、デリックさんは八年ほど前までは村で暮らしていたらしい。さっき言ったように友達もたくさんいたけど、問題は大人だった。大人は、自分の子供が能力者と関わることを良く思っていなかった。

 八年前のある日、村の子供たちのほとんどが熱を出して寝込んでしまった。その時は寒い日が続いていて、その中で氷で遊んでいたものだから体が冷えて体調が悪くなってしまっただけのこと。氷を扱う能力者なだけあって、デリックさんは寒さに強かった。だからみんなと同じように熱を出すことはなかったけど、それが悪かった。


 村の人たちは、自分の子供が病魔に侵されているのはデリックさんだと決めつけた。ただの風邪。それでも、もともとデリックを追い払いたかった大人たちにとってはちょうどいい理由だったんじゃないか、というのは村の青年の話だ。

 村を追い出されたデリック少年は、遊び場所にしていたこの氷穴で、ずっと暮らしているそうだ。


 一緒に遊んでいた人たちは、デリックさんが悪いわけがないと主張した。何度も何度も氷穴に行こうとした。そのほとんどは大人たちに阻止され、やっとのことで氷穴まで辿りついても中が複雑に入り組んでいてデリックさんには会えなかったそうだ。わたしはリンについていったらここまで来れたから、やっぱり妖精は不思議な力でも持っているのだろう。


「こんなところで突っ立ってても進みませんよ、彩先輩」


 ナオの話を思い出していたところで、服の裾を引っ張ってきたのはセイだ。


「大変だとは思いますけど、ここはちゃんとしないと。あたしも出来る限りフォローはしますから」

「そうだね……。うん、頑張るよ」


 後輩に励まされる先輩とはなんとも情けない。

 わたしは頬を叩いて気合を入れると、セイに「今だよ!」と命じた。


「はいっ!」


 デリックさんが、一体次は何を始めたのかとぎょっとした顔をする。セイは持ち前のすばしっこさでその横をびゅんと通り過ぎると、目的のドアへと距離を縮めていく。ドアとはもちろん、氷漬けにされた人間や動物がいるであろう部屋のドア。散らばっている額縁にまったく躓かないのもすごいところだ。


 わたしもセイの後を追い、デリックさんも血相を変えてセイを止めようと駆け出した。


「待て、待ってくれ」


 セイは止まらない。あっという間にドアの前まで来ると、走って来た勢いをぶつけるようにドアを蹴り飛ばした。


 痛快な音を立ててドアが外れ、セイがするりとその中へと潜り込んだ。数秒遅れてデリックさんが、しばらく遅れてわたしがその中へ入る。


「何もないですね」


 がらんどうの部屋で、デリックさんは諦めたように立ち尽くしていた。何もない。もうわかっていたことだ。セイはくるりと部屋の中を見回してから、頭を下げる。


「ドア壊しちゃってごめんなさい。狂ってるって言ってごめんなさい。あなたはそんなこと、まったくしていなかったんですね。人のこと、よく知りもせずに判断するのは良くないって言われてたのに」

「ああ、いいよ。もういいんだ」


 声も表情も、すべてが諦めているように感じた。今までのものは全部頑張ってつくっていた偽物だったじゃないかと思うほど、今の表情が、悲しいほどにデリックさんに合っていた。


「村の人が、最近気になることがあると言っていました」


 わたしはデリックさんに一歩歩み寄って声をかける。


「よく村の前に、氷にされた花のつぼみが落ちている。それを見るたびに村の人たちは怯えた。今度は自分たちが氷にされる番だということを示唆しているんじゃないか、と。デリックさんがやったんですよね?」


 デリックさんは黙って頷いた。一度息を吸って、わたしはこの後に続ける内容を考える。


「わたし達に会った時も、狂人のような言動をしていました。自分が正常だと繰り返すのは、まるで『狂っている』と言われたいようにも聞こえました。そうですよね。あなたは狂ってしまったと言われたかったんです。自分は狂ってしまった。すべては村人のせいだと、そう伝えたかったんだとわたしは思っています」


 それが、この人の足掻きだったんだろう。

 幼い時からここに住み続け、誰ともかかわってこなかったから少し価値観が幼くて、少し歪んでしまった。でも、それ以外は。


「あなたは、それだけのひどいことをされても、村人に危害を加えなかった。あなたは狂ってなんかいません。狂っているのは、どちらかと言えば村人の方じゃないでしょうか」


 村人の方にも考えがあったとは思う。それでも、何もしていない子供を見捨てるなんてこと、許されていいわけがない。

 わたしは首を横に振った。


「あの時のデリックさんは、何も悪くなかった。悪くなかったんです」


 デリックさんは黙っていた。床をじっと見つめたまま動かない。


『二人とも、どう?』


 ナオの声が聞こえてきた。どう? なんて聞かれてもこっちは答えられないんだけどなあ。セイも困ったように首を傾げる。


 と、


「参ったな」


 デリックさんが顔を上げた。赤い目は、今は泣きはらしたようにも見えた。


「子供ってこんなに無茶苦茶だったかな。完全にしてやられたよ」


 きまりが悪そうに頭を掻き、ため息をつく。それからわたしとセイを交互に見て少し笑った。


「まあ、色々言いたいことはあるけど、僕のためにって考えてくれたんだろ? それなら僕はお礼を言うべきなんだろうね。ありがとう」


 今の「ありがとう」でわたしも救われたような気がした。少しだけだけど、わたし達でこの人を励ますことが出来たんだろうか。


 わたしはセイと顔を見合わせる。セイの表情に笑みが広がっていく。わたしも同じように笑っているんだろうなと思った。


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