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第二章 12 本日三つ目

 そりに揺られながら、わたし達は次なる目的地「氷穴」に向かっていた。今度は交代だとかでリンが操縦を担当してくれている。

 わたしに操縦できるほどの十分な魔力量があるのかどうかわからないから、「わたしがやるよ」と言えないのが情けない。でもここでしゃしゃり出てぶっ倒れたら余計に迷惑をかけるし……ということで、わたしは今、隣で不機嫌そうに顔を背けているナオの機嫌取りをしている。


「ナオさーん? いかが致しましたかー?」

「別に」

「お姉ちゃん、次の氷穴ってしばらくはこのまままっすぐでいいんだよね?」

「うん、いいはずよ。また教えるわ」

「シカトはわたしオンリーなのか……!」


 セイには普通の態度のナオに、わたしは頭を抱えて考える。

 わたしはどうやら、気がつかないうちにナオの機嫌を損ねてしまったらしい。思い出せ、思い出せ吉田彩! 何か心当たりがあるはずだ!

 

「あ」


 そこで思い当たり、わたしはそっぽを向いているナオに声をかける。


「あの、ナオさん。幻惑だったり一隻眼だったりと、覚えたての能力の実験台みたいにしてすいませんでした。本当に反省しています。これからはちゃんと自分でやりますので……」


 言っておきながら自分ではできないだろとセルフツッコミ。しかし今はナオの機嫌を直してもらうことが最優先なので黙っておく。ダジャレじゃないよ。


 しかし、ナオはこっちをちらりとも見ないまま「違う」と答えた。その時のわたしの衝撃たるや如何に、だ。

 最大にして唯一の心当たりがそれだったのに、違うだと……!? わたしはまたも記憶を探って探って別の理由を掴もうとする。


「あ、お母さんって言ったこと。口うるさいとか言ってすいませんでした!」

「違う」

「……じゃあ、なんかトラブルを引き寄せる体質でごめんなさい!」

「それは仕方ないでしょ……違う」

「違う!? ……ナオを勧誘したときに、妖精図書館の料理人になってほしいって言ってごめんなさい!」

「そこに関してはまったく怒ってないわよ!」


 だんだんナオの口数が増えてくるも、それに気づかずわたしは今度こそ頭を抱える。もうこれでわたしの心当たりは全部言った。何も出てこない、どうしてナオは機嫌を損ねてるんだ……? 乙女心は難しいって言うけど難しすぎだろ! わたしも乙女だよ!


「彩先輩、ちょっと」


 そんなわたしに助け舟を出したのはセイだった。セイは前の席からわたしを振り返り、ちょいちょいと小さく手招きしている。


「ん?」

「先輩ったら本当に気づいてないんですか? どうしてお姉ちゃんの機嫌が悪いのか」

「まったくもって心当たりがない」

「もー、仕方のないひとですねえ。あたしがヒントをあげましょう」

 

 ドヤ顔をして、セイはわたしの耳にこそっと囁いた。


「お姉ちゃんは、自分が彩先輩に頼りにされてないって思ってるんですよ」

「……は?」

「ちょっとセイ!」


 言っていることの意味がわからずきょとんとするわたしに、焦った様子のナオ。セイはそんな姉の様子を見て楽しそうに笑いながら、続けた。


「自分の能力をコピーしてもらえなくて拗ねてるんです。お姉ちゃんは素直じゃないので――むぐっ」

「勝手な事言わないでよ!」


 やれやれと楽し気なセイの口をナオが慌てて塞ぐも、時すでに遅し。セイの話で、わたしはどうしてナオが不機嫌なのかという理由を知ってしまった。

 

 いつもはナオにいじめられてるからね、今日くらいいじっても許されるでしょう。思わずにやりと笑い、ナオに詰め寄る。


「えー、ナオさんってば、そんな理由で拗ねちゃってたのー? かわいいところあるじゃないですかー」

「うるさい。別に、この能力なんてコピーしなくていいから」


 ナオは耳を赤くしながらそっぽを向いて答える。


「私の能力は怪我をしない限り使えないんだから、そんな危ない能力……」

「よし、じゃあ使い方教えてもらえるかな」

「本当にコピーするの?」


 即答するわたしに、ナオが不安げな顔をする。ナオにはそういう理由があったのか。でも、別にそんなことはわたしにとってどうでもいい。


「わたしもナオの能力は、いつかコピーさせてもらわないとなって思ってたんだよ。ナオを頼りにしてないなんてそんなことはないから」

「……そう。じゃあ、わかった」

「お姉ちゃん嬉しそー」


 ニヤつくセイの顔を無理矢理前に向けると、ナオはコホンと咳払い。


「彩は私の能力のことってどこまで知ってる?」

「前に話してくれたよね……えっと、痛みを衝撃に変換するんだったっけ? 反撃用の能力だって言ってたような」

「そこまで覚えてたら他に言うことはないわね。あとは、対象を定めづらいから気をつけて。例えば……」


 ナオはわたしのリュックを指さす。


「じゃあ、彩のリュックを私の能力で破壊するとしましょう」

「怖っ!? たとえが穏やかじゃないよナオさん!」


 これ、結構使い勝手がいいから破壊されたくないんだけど!

 リュックを抱えるわたしに、ナオは微笑んで「大丈夫よ」と答えた。


「私の能力は対象を定めづらいって言ったでしょ? だから、こんなリュックだけに衝撃を集中させることはできないの。それをやろうと思ったら彩ごとはじけ飛ぶから」

「何も大丈夫じゃないよそれ!」


 笑顔で言うな! 余計怖いから!

 

 叫ぶわたしと、微笑んだままのナオ。わたし達の様子を頬杖をつきながら見ていたセイは、「仲いいですねー」と呟いた。


「じゃなくて、使い方を教えてもらえますか。こんなくだらないやり取りはいいからさ」

「そうね。何か痛みを感じる、痛みに意識を集中させてどこへ飛ばすか決めるって感じよ。そこまで難しい能力じゃないわ」


 なるほど、「いたいのいたいのとんでいけ」が実際に使えるって思っておこう。わたしはその考えでまとめた後、能力を使ってもらうためにナオに声をかける。


「それじゃあ最後に能力使ってもらっていいかな。あ、そんな大怪我しなくていいからね! ナオも痛いしわたしも痛いから」

「わかってるわよそれくらい。じゃあ」


 そう言って、ナオは自分のおでこにデコピンした。結構痛そうな音が鳴ったけど、ナオはぴくりとも表情を変えてないからそこまでなんだろう。

 ナオがわたしをじっと見たとき、


「いだっ!?」


 全身に痛みが走った。そのままおでこに跳ね返されるとばかり思っていたわたしは、予想外に大声を上げる。しかも結構痛い。この痛みに顔色一つ変えないナオがおかしい。


「ごめん! 大丈夫だった?」

「大丈夫……『コピー』」


 痛いけどこのタイミングを逃したらもう一回やりなおしになってしまうので、わたしもそこはちゃんと能力を使った。

 ナオの能力の痛みにプラスでいつもの痛みがのっかってきて、わたしは額を押さえる。でも……この痛みが来たってことはコピー出来たってことだ。


「私、人に対して使うとどれくらい痛いのかはわからなかったから、つい……」

「あー、それはいいって。それにしても」


 手のひらをグーパーさせながら、わたしは思わず呟く。


「この数時間で一気に能力を三つも得てしまった……!」


 今までのペースじゃ考えられなかった。しかも数時間。数週間何も得られなかった能力を一度に三つも! いや、うまく行きすぎて不安になるよ。


「良かったですね、彩先輩。この調子で次の氷穴もガンガン行っちゃいましょう!」


 そんなことを考えていると、セイがわたしの顔を覗き込んで笑った。いつもの満開の笑顔だ。


「そうだね! ガンガンいこうぜ!」


 一瞬落ち込みかけた気分を引きあげるように、わたしはセイと一緒に腕を上に突き出した。


********************


 それからしばらくそりに乗っていると、村が見えてきた。ここが氷穴に一番近い目印のような場所。この村から少し北東に進めば氷穴があるそうだ。

 

 わたし達が村の前でそりをとめると、すぐに誰かがこっちへ走って来た。


「ああ、あなたたちが氷穴の調査に?」

「はい、そうですけど……」


 満面の笑みでこっちへ来たのは、まだ若い女の人だった。二十代くらいだろうか。見覚えがないし、どうしてそれを知っているのかわからないけど。


「あの、どうしてそれを?」


 ナオがそう尋ねると、女の人は小さく首を傾げた。


「どうしてって、伝達魔法が来たからです。この数日かの間に、氷穴の調査のために女の子たちが来るだろうから、と」

「伝達魔法……」


 テレパシーみたいなものなのだろうか。そんな便利な魔法があったら最高だね。今すぐにでも教わりたいところだけど、この人の口ぶりからして常識的な魔法らしいから聞けないなあ。

 

 伝達魔法への興味を必死で飲み込んでいると、セイが女の人に質問していた。


「ここから氷穴までって遠いですか?」

「いえ、徒歩でもそこまでかかりません」


 そう答える女の人は心底嫌そうな顔だ。氷穴に対しては、嫌悪半分恐怖半分ってところか。


「それじゃあ、このそりをここに置いて行ってもいいですか? 盗まれちゃったら嫌なので……」

「いいですよ。私が責任をもってお預かりしますから」

「ありがとうございます」


 三人そろって頭を下げる、女の人は「いえいえ」と首を振った。


「ありがとうと言わなければならないのは私達の方です。氷穴の主には私達も怯えていて……あなたたちが氷穴のことを調べてくれたら、私達の不安も和らぐと思うんです。自分勝手な理由ですが、どうかよろしくお願いします」


 年上の人に、しかも苦しいほど真剣な表情で頭を下げられたわたしは、複雑な気持ちになりながらも「はい」と答える。


「わかりました。少しでも早く、安心できるような情報を持って帰れるように頑張りますね」


 やっぱり、能力者は恐れられる立場だ。さっきのアラスターとルダーラさんが珍しかったのだろう。隔離されているからこそのあの余裕だ。今度はそうはいかない。


 その氷穴の主が魔力泥棒なのか、それともまったく関係ないのか。


 どちらにせよ、わたしは同じ能力者として、その人と少しだけでいいから話してみたい。


 わたしは女の人にそりを預けると、「行こう」とナオとセイを振り返った。


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