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第二章 11 真の少年と嘘の老婆

「それで、使い方を説明すればいいのかい?」


 ルダーラさんがわたしを見下ろした。


「はい、お願いします」

「って言ってもねえ、こんなのは感覚なんだよ。ねえ?」

「確かに。俺も説明しろって言われても、上手くできる自信がないよ」


 祖母に振り向かれ、何度か頷きながら答えるアラスター。まあ、わたしも似たようなものだけど。ルダーラさんは頭をひねりつつも教えてくれる。


「幻を使うには、誰に使うのか、何を見せるのかを考えておかないと使えないよ。なかなか難しい能力なんだから、アンタみたいな小娘が使いこなせるようになるにはかなりかかるだろうね」

「はい、頑張ります!」

「婆ちゃんの嫌味は真に受けてると疲れるから適当に聞き流しなよ?」


 肩をすくめるアラスターに小さくオーケーサインを出しながら、『幻惑』の使い方を口の中で繰り返す。

 誰に使うのか、何を見せるのか。やっぱりイメージは大切らしい。これだけだと単純で簡単そうだけど、ルダーラさんが難しいって言うくらいだから相当難しいんだろう。


「お姉ちゃん、これで本当に能力が使えるようになるの?」

「さあ……。私も見るのは初めてだから」


 姉妹の会話を背中に受けながら、わたしはルダーラさんに向き直った。


「それじゃあ、次は能力使ってもらっていいですか? なんでもいいので幻を見せてもらって。あ、ただ……」

「わかってるよ。そのくらいの常識は持ち合わせているつもりさ」


 さっきのような幻はやめてほしい、と伝えようとしたところ、ルダーラさんはすぐにわかってくれた。アラスターを押しのけてこっちへ歩み寄ってくると、ふいに森の方へ視線を送る。


「この森に幻惑をかけているのはね、半端な奴を弾きだすためだよ。自分の中に棲むものをちゃーんと乗り越えられる奴にしか、ここに足を踏み入れて欲しくなかったからね」

「要するに、婆ちゃんは怖い人やヤバい人と関わるのは嫌だから人が来ないようにしたってことだよ」

「なるほど」

「余計なことを言うんじゃない!」


 アラスターの翻訳に、ルダーラさんが顔を真っ赤にして振り返る。この人顔も怖いし言動も怖いから、アラスターがいなかったらわたしもちょっと退いてたところがあるかもしれない。でも、多分内面は愉快な人なんだろう。多分。


 ルダーラさんは咳ばらいを一つしてから、「いくよ」とわたしを見た。


「はいっ」


 直後、わたしの目の前に現れたのは長い顎鬚をたくわえたおじいさんだった。……? 正直誰なのかわかんないけど、今大事なのはそこじゃない。

 わたしは幻に対して手のひらを向け、幻惑の使い方を反芻する。


「『コピー』」


 その瞬間、コピーを使ったとき特有の、焼けるような痛みが頭に走った。わたしは少し顔を歪め、ナオの方を向く。足元に落ちていた小石を拾い、ナオに突き出す。


「え、なに?」

「ちょっと実験台になって。『幻惑』!」

「いや、許可出してないんだけど……」


 嫌そうな顔をするナオに、わたしはリンゴの様子を鮮明に思い描いた。ナオにこの石をリンゴに見せるつもりで幻惑を使う。

 すると、ナオは「あ」と表情を変えた。確実に何か見えた表情だ。みんなが固唾をのんでわたしとナオを見つめている中、わたしはナオに詰め寄る。


「何か見えたんだよね!? 何が見えた?」

「見えたわよ。トマトが」

「トマトかあー」


 惜しい。非常に惜しかった。うなだれるわたしに、セイが声をかけてくる。


「何を見せようとしたんですか?」

「リンゴ。赤い食べ物ってところまではいったんだけどなあ……やっぱり難しいね」

「ヒッヒッヒ。そりゃあそんなに簡単に使えるわけがないだろう?」


 さも愉快そうに笑うルダーラさん。やっぱり使ってきた年季が違うから当然だろう。風魔や治癒は比較的初心者にやさしい能力だったけど、幻惑はこうはいかないらしい。


「ありがとうございました。頑張って使いこなせるようになります」

「出来るかねえ? アタシが言ったこと、アンタが見た幻のことを忘れるんじゃないよ。あ、さっき見せた爺はアンタたちが助けようとしてるエドワルドだよ」

「ああ、あのおじいさんが……」


 幻惑を一度使ってみた身としては、人をあんなに鮮明に見せることが出来るのが驚異的だ。劣化コピーとはいえ、元が良いから頑張ればかなり強い能力になるはず……。


 と、


「じゃあ、俺の能力もコピーしてよ」


 次はアラスターがそう言ってくれた。あまりにもトントン拍子で進むので、逆に不安になって聞き返してしまう。


「いや、すごく嬉しいしありがたいんだけどいいの? わたしにコピーさせて」

「いいよ。彩たちの事情は嘘じゃないだろうし、婆ちゃんが彩に渡したのに俺が渡さないってのもなんか悔しいんだ。それに」


 アラスターは右目を指さして笑う。


「俺は俺の眼を信じてるからね。だから彩も信じてくれていいよ。婆ちゃんの『嘘』を持ってるなら、俺の『真』も持っておかないとだろ」

「アラスター……お前カッコいいな」


 幼馴染のモテ男よりもよっぽどカッコいいよ。わたしが思わず口に出すと、アラスターはちょっと照れくさそうに頭をかいた。


「それほどでも……。で、説明しなきゃなんだよな? うーんと……今はカッコつけて真偽やなんだって言っちゃったけど、本当は少し違うんだ。会った時にも話したっけ? これはあくまで、自分に対して害があるかないかを見極める力だって」

「ああ、確かに聞いたような」

「良かった、ちゃんと話してたんだ。だから気をつけてよ? この『一隻眼』を使ったところで、その人が本物の正義の味方かどうかはわからないんだから」


 アラスターの説明に、わかったと頷く。なかなかすごい能力だと思う。確かにこの世の中、眼だけで判断できる善悪や真偽があるとは思えない。自分にとって無害だとわかったらそれで十分だろう。


「その過程で、ちょっとだけ相手の記憶が視えるんだよ。俺が妖精がいるって知ったのはその流れでだね。ほんの少しだけだからその力をメインにするのはちょっと厳しいかも」


 アラスターはそう前置きしてから、次に使い方を教えてくれた。


「使い方は至って簡単! 相手の目をじっと見つめるだけさ。目を逸らしたら能力の効果は切れるけどね。俺に言えるのはそれだけで……なんか質問ある?」

「ある。そのモノクルって、使うのに必要?」

「これ?」


 アラスターは目を丸くして自分のモノクルを指さした後、声を上げて笑い出した。


「あっはっは! 違う違う、これは父さんからもらったプレゼントで、能力には関係ないよ」

「私もそれが関係してると思ってた。違うのね」

「違うよ。確かに紛らわしかったな」


 ずーっと笑っているアラスターに、なんか純粋だなあと感じる。それだけの勘違いで普通そこまで笑えないよ。


「あはは……ごめんごめん。じゃあ今度は彩に向かって使えばいいんだっけ?」

「そう。使い方も教え方が良かったおかげでわかったしね」

「簡単だっただけだよ。それじゃ行くよ」


 アラスターは、特に能力とは関係のないモノクルをつけた右目でわたしを見る。目が合うと「『一隻眼』!」と唱えた。

 わたしは複数の能力を使う分、区別するために能力名を叫んでるけど……なかなか面倒なんだよね。でも言わなかったらうまく切り替えられないし、どうしたもんかな。

 

 ってそんなことは今関係ない。わたしは目を合わせて同じように唱えた。


「『コピー』!」


 また、頭に焼き付くような痛みが走る。わたしは続けざまに「『一隻眼』」と唱えてナオをみつめた。

 使ったからといって脳内アナウンスで「無害ですよー」って知らせてくれるわけじゃなく、直感のようなものでそう感じるだけだった。わたしが目を逸らそうとしたその時、低い声が聞こえてきた。


『俺のところに来ないか? 悪魔の子』


「あんたはまた私で能力を試して……」

「いや、ごめん。ナオは無害だけど口うるさいお母さん的な存在だってさ」

「誰が口うるさいって?」


 ナオを軽く挑発しつつ、知り合いにこの能力を使うのはやめようと心に誓った。

 今の声の主が誰なのかは知らないけど、聞くだけで背筋が凍りつくようなおぞましい声だった。ナオは……。


「彩先輩、すごいですっ」

「うわっ!?」


 考え事をしていると、いきなりがばっと抱き着かれた。セイは後ろからわたしの首に手を回している。


「二つも能力をコピーできちゃうなんて! あたし、正直先輩のことを甘く見てました!」

「ぐぐ、ギブギブ、首絞めてるから……!」


 セイがジャンプするたびに首が絞められ、わたしはセイの腕をバシバシと叩いた。「あ、ごめんなさい」と解放されて何度か深呼吸し、それから答える。


「わたしはすごくないよ。今この能力が使えるようになったのは、ルダーラさんとアラスターのおかげだから。本当にありがとうございました」


 二人に向き直ってぺこりと頭を下げると、アラスターは嬉しそうに笑い、ルダーラさんはフンと鼻を鳴らした。


「ホントはもっと外の話を聞きたいんだけど、君たちも急いでるんだよね。また今度でいいからここに来てよ。今度は落ち着いて話せるように。俺も家にお招きできるように片付けしておくからさ」

「ここに来るのは、アタシの能力が使いこなせるようになってからだよ。そうじゃないと一人前とは認めないからね。それと、もしベルラーナの魔法使いどもにアタシ達のことをチクったらただじゃおかないよ」

「そんなことしませんよ」


 ナオが少し笑って答える。もちろん、そんな脅しめいたことを言われなくてもそんなことはしない。

 

 わたしはもう一度頭を下げて笑った。


「本当にありがとうございました! アラスター、また来るよ。今度はルダーラさんに認めてもらえるくらいになって」


 二人に見送られながら、わたし達はそりを押して出発する。純粋な少年と少しひねくれたおばあさん。ちぐはぐな二人は、ああやって補い合っているんだろう。


「本当にいい人で良かったね。アヤ君」


 今までずっと黙って成り行きを見守っていたリンがそう微笑んだ。

 本当にその通りだ。今回の場合はちょっと異端だったかもしれないけど、同じ能力者に会えて良かった。アラスターとルダーラさんに会えて、話が出来て良かった。

 わたしも大きく頷き、腕を真上に突き上げる。


「よーっし、次は氷穴だ!」


 次の目的地へ向かうため、みんなでそりを押していく。


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