第二章 8 リンの魔法界講座
借りたはいいものの、まさか街中をそりに乗って移動するわけにもいかない。なかなかシュールだ。ということで、わたし達はそりを手で押して街の外に出た。
「彩先輩、お姉ちゃん、早く乗りましょうよ!」
待ってましたとばかりにそりに乗り込むのはセイだ。自分の隣を叩き、早く早くと促してくる。わたしはナオと顔を見合わせてからそりに乗り込んだ。
わたしは前に一人で、ナオとセイは後ろに二人で座っている。座り心地とかも良いし、欠点と言えば振り落とされる危険性があることくらいだろう。それは気を付ければなんとかなるし……。無償で貸してくれたんだから文句は言えない。
わたしはしばらく座ったままそりのあちこちを触っていたけど、ある重大なことに気がついた。
「いや、これどうやって操作したらいいんだろう」
操作面だ。まさかハンドルがついてるわけもないし、サンタクロースが乗っているそりと違ってトナカイもいない。わたし達は今、ただのそりに座っているだけだ。
「え、彩知らないの?」
「知らないよ! わたしもついこの間人間界飛び出してきた新参者なんですけど! そんでもって魔法界とか初めてなんですけど!」
「うるさい。距離が近いんだからあんまり大声出さないでよ」
ナオが鬱陶しそうに耳を塞ぐ。セイも「ほんとですね」とそりを見て首を傾げた。
「お姉ちゃん、どうやって使うか知らない?」
「私も魔法界初めて来たから。知っているとしたらリンじゃない?」
「はい、ここでボクの出番だね」
またドヤ顔で登場したリンは、そりの周りを飛び回る。それからエヘンともったいぶった咳ばらいをした。
「まず、こういう道具は魔力を流し込まないといけなかった気がするよ」
「ちょっと偉そうだったわりにはぼんやりしてるね。どうやって魔力を流し込めばいいの?」
「それに、さっきから何回も出てる魔力って何なんですか?」
「そもそも図書館に魔法の本ってないの? あったらそれで勉強できたんじゃ……」
「わああ、ちょっと君たち落ち着いて! ボクの耳は二つしかないんだよ」
一斉に質問を浴びせられ、リンはわたわたと自分の耳を両人差し指で示す。わたし達が口をつぐんだのを見てほっと息をつき、まずわたしを見た。
「じゃあ実際に魔力を流してみるね。ボクもそのやり方はよくわからないんだけど、物は試しだよ」
そう言ってそりの縁に手をかけ、目を閉じた。その状態のまま五秒ほど経過したとき、
グンッ
「うわああ!?」
そりが急発進し、わたしは前につんのめった。直後急停止し、前傾姿勢からまた後ろにひっくり返る。
「ちょっと大丈夫なの?」
「この状況下でも冷静なナオさんマジでクールですね……」
揺さぶられたから結構頭がくらくらする。わたしは軽く頭を振ると体を起こして座りなおした。
「よし、これで要領は掴んだよ。このそりに触れて念じればいいだけだ!」
動かせたことに感動しているのか、リンはぶんぶんと手を上下に振りながらわたし達を振り返った。後ろのセイが「あたしにもやらせてください!」と立ち上がる。
「いいよ。アヤ君、ちょっとセイ君と場所を変わってあげて」
「わかった」
わたしは一旦そりを下りてセイと場所をチェンジし、ナオの隣に座る。
「こうやってどこでもいいから触れて」
「触ってー」
「目は閉じないほうがいいね。目の前が見えないから」
「目は開けてー」
「そして集中する。とにかく動けと念じる」
「動けー!」
なんだか見ているだけで微笑ましくなる光景だ。現在進行形でヤバそうな事件に足を突っ込んでいるとは思えないくらいほのぼのしている。
セイは耳まで真っ赤にして頑張っている。初めの方は全然動かなかったものの、だんだんコツを掴んできたのか少しずつそりが動くようになってきた。わたしは風魔を使って少しそりを押すように風を吹かせる。こうしたところで特に強い風が吹くわけじゃないから、そこまで変わるわけじゃないんだけどね。
「話の分かる相手だといいわね」
ずっと黙ってセイが頑張る様子をみつめていたナオが、ふいにわたしを横目で見た。
「ん、泥棒が?」
「それもそうだけど、全員が全員その犯人なわけがないでしょ。そもそも今から行く中に犯人がいるとも限らないし。私が言いたいのは、今から会うかもしれない他の能力者たちについてよ」
「そうだね。仲良く出来るといいけど」
それこそリンやナオみたいに。そういえばセイは能力を持ってるのかな。
足の上で頬杖をつき、ナオが抱えている資料に目を落とす。
「出来たら能力をコピーさせてもらいたいなあ。やっぱり使える能力を多くしたいしね」
獣人界では、研究所のせいだろうか他の能力者に会えなかった。研究所に行ったら会えるかな……。あそこまでたどり着くにはかなり大変だけど。
緩やかにそりが動き出し、セイが前を向いたまま「お姉ちゃん!」と呼んだ。
「どこに向かえばいいの?」
「ああ、そうね……。ここから一番近いのは、ウェスコイド森林、通称『惑いの森』。ここに迷い込んだ人は、心の内に潜むものと対面して惑わされる……」
そこまで読んでから、ナオはバサリと紙束を置いた。
「くだらない。セイ、しばらくはここからまっすぐでいいはずよ。そこまで離れているわけでもないみたいだから」
「わっかりました!」
ナオの冷ややかな声とは対照的に、セイの声は楽し気に弾んでいる。セイはナオから地図を受け取ると、やる気に満ちた目でルートの確認を始めた。明るいし頼りになるしいい子だなあ。ナオと血がつながっているとは思えないよ。
「ありがと、セイ」
そうお礼を言うと、ちょうどそりが動き出した。ゆっくりとスピードを上げていくそりに揺られながら、わたしは周りの景色を眺める。
道は一応あるけど、その周りにはいろいろとクレーターがあったり焼け焦げていたりと穏やかな草原が広がっているわけじゃない。なんだろう、ここで魔法を撃つ人もいるのかな。
わたしは視線を前の席のリンに移し、その肩を指先でつついた。
「それでリン、質問タイムの再開だよ。全然ここのこと勉強してきてないから知らないことばっかりでさ」
今になって思うと、どうして下調べしてこなかったんだって感じだ。昨日は疲れてたからまあすぐ寝ちゃったんだけど、今朝なら出来ただろう。
リンはくるりとこっちを向くと、眼鏡を押し上げた。
「ええと、まずは魔力の話からしようか。魔力はその名の通り、魔法を使う時に必要なものさ。この魔力の存在も、魔法と能力の違いだね」
「能力は使う時に何もいらないの? わたしも今使ってるんだけど」
「うん、能力は特に何も使わないはずだよ。魔力は体内に蓄えられているものなんだけど、その蓄えの量で魔法を使う資質を持っているかを判断するんだ」
リンはトントンと軽く指でこめかみの辺りを叩く。
なるほど。呪文の有無だけじゃないのか。魔力……わたしにもあるのかなあ。ない気がする。
「ちなみに、獣人は身体能力に特化しているから魔力量は少ない。逆に魔法使いは身体能力より魔法に特化している。まあ、ボクも専門家じゃないから詳しいことはわからないよ。これより詳しいことはエドワルドさんに教わればいいんじゃないかな」
「そのためには魔力泥棒を見つけ出さないといけないんだけど……そうね。次の質問。図書館で魔法の勉強は出来なかったの?」
ナオの質問に、リンが残念そうに首を横に振った。
「ボクが使える魔法は五種類くらいしかない上に、独学だからね。ボクが教えられることも少ないし、使えそうな呪文が書いてある本には特殊な魔法がかかっていて読めないんだ。遅かれ早かれ、魔法を使うならここに来ることになっていたと思うよ」
「そう。彩って厄介事を呼び寄せる能力でも持ってるの?」
「持ってないです。持ってないと思いたいです」
最近は色々と起こってるから完全否定が出来ない。語尾をごにょごにょさせているわたしを放って、リンがぱちんと指を鳴らした。
「そうだ、君たちには魔獣の説明もしておかないといけなかったね」
「魔獣って他の人たちに任せた案件よね。響きからまずそうな奴っていうことはわかるんだけど」
「うん、ナオ君の言う通り非常にまずい奴だ」
セイの安全運転のおかげで、順調に旅は進んでいく。リンはすぐ頭上を掠めていった鳥を指さした。
「例えばあの鳥だ。基本的に魔法使い以外は魔法を使えない。そもそも魔力を持っていないんだ。そんな魔力を持っていない鳥が何かの拍子に魔力をその身に受け入れてしまったとき、その鳥は自我を失って魔獣になる。鳥の場合、正確に言えば魔鳥なんだけど、そうして魔力に侵されて狂った動物のことを、まとめて魔獣と呼ぶんだよ」
「魔獣から魔力を取り除いて元の姿に戻すことはできないの?」
わたしも動物をこよなく愛しているわけじゃないけど、魔獣になったら殺されるしかないのは悲しい。リンは「そこもボクにはわからないな」と首を傾げた。
「でも、そんな方法があったらいいよね……と、あともう一つ思い出したよ」
「もう一つ?」
「そう。血も肉もすべて魔力で出来た、恐魔獣というものもいるんだ。こいつは魔力の出入りが大きいと偶に生まれてしまう災害級の魔獣だよ。ボクたちは魔獣に関係ないから別におまけのような話なんだけどね」
いや、そんなおまけの感覚で災害級の魔獣の話されても困るんだけど。
そうしてリンの魔法界講座を受けていると、気づけば辺りに木が多く見られるようになっていた。っていうかもう森の中だ。
「え、いつの間にこんなところまで来た!?」
思わず身を乗り出して叫ぶわたしに、セイも地図を見て首を傾げる。
「おっかしいなあ。まだ惑いの森までは距離があるはずなんですけど」
セイ曰く、その森に着く前に、目印になるような大きい木があるらしい。それも奥さんが地図に書いておいてくれたメッセージだから、信じられると思う。
たぶんわたし達は道に迷ったのだろう。まあ誰もこの辺の地理に詳しくないんだから当然だ。
それは口には出さず、「一旦ここで止めてみようよ」と提案する。セイはさっきのリンの急ブレーキとは違い、少しずつ速度を落としてそりを止まらせた。
「そもそもどこからがウェスコイド森林って呼ばれてるのかさえわからないわよね。もうここがそれでいいんじゃないの?」
「でも、本当にいきなり木が増えたっていうか、迷いこんじゃったっていうか……。うぅ、もっと周りをよく見ていればよかった」
セイが頭を抱える。わたしはそりから降りると、三人を見上げた。
「とりあえずここからは歩いてみる? そり引っ張りながらさ」
「そうね。能力者に会うためにここに来てるんだし、何か気になるものがないか見て回りましょ」
「わかりました……」
全員そりから降り、三人で押してみる。そりは奥さんが一人で持ってきただけあってかなりの軽量だった。これも魔法のおかげなのかな。
そりと一緒に森を歩くわたし達は、気がつかないままだ。
――もう既に惑わされていることに。




