第二章 7 魔力泥棒を見つけ出せ
硬直するわたし達に、奥さんはハッと我に返ったようだった。
「いけない、私ったら。つい浮かれてしまったわね。さあ中に入って。もう他の方たちも集まっているから」
ドアを開け、わたし達に入るように促す。他の方って……やっぱり今も子供たちに色々と教えてるのかな。それなら来てよかったけど。
肩越しにちらりと姉妹の様子を窺うと、向こうも困惑したような表情を浮かべていた。まあそうなるよね。二人のリアクションを確認したところで、わたしは頭を下げて中にお邪魔した。
「ありがとうございます。失礼します」
まず玄関には豪華なシャンデリアっぽい照明。豪華さに圧倒されながら奥さんに続いて廊下を歩いていくと、広間のような場所に案内された。
「皆さんここにもう集まっているから。本当に来てくれてありがとうね」
「あ、はあ……」
なんで突然家に押しかけたのにこんなに感謝されてるんだろう。嫌な予感が膨らんでいく。
そんな不安を抱えながら、わたしは奥さんに続いて広間に入り――。
「よく来た!」
「待っていたよ君たちのような同志を!」
「若くしてエドワルド様に命を捧げる覚悟とは……立派な志の持ち主だ!」
突然降り注いだ賞賛の嵐に足を止めた。いや、止まってしまったというべきだろうか。足を止めたわたしの背中にナオがぶつかって何か声を上げるも、それすら耳に届かないくらいわたしは広間の様子に呆然としていた。
広間に集まっていたのはわたし達より三十四十は上であろうおじさん達だった。軽装備で何やら大きな荷物を背負っている。例えるならばサラリーマンっぽい感じで、とても格闘家には見えない。
タケたちくらいの年の子たちが集まっているとばかり思っていたわたしは、なんというか度肝を抜かれていた。
完全に場違い。だというのに、この人たちはただひたすらにわたし達を歓迎している。嫌な予感が現実味を帯びて迫ってくる感覚がする。
その場で立ち尽くすわたしの後ろから、ナオが少し顔を覗かせた。勇敢にも広間に集う人たちと向かい合う。
「あの、私達はエドワルドさんの――」
「ああ、よーくわかってるよ私達は」
さっきも大声でわたし達を迎えた一人が、大きく頷く。
「エドワルド様の魔力を、希望を取り戻すためにここへ来たのだろう? 安心しなさい、私達も同じだ」
違う!
両腕を大きく広げ芝居がかったポーズをとる彼に、わたしは頭を抱えたい気分だった。後ろでセイも「あー」とちょっと引き気味の声を漏らしている。
なるほど、この人たちは「エドワルドさんの魔力を取り戻そう」という志の下ここに集っているらしい。そして、わたし達はその場に偶然紛れ込んでしまった。本当に場違いなのだ。エドワルドさんにただ魔法を教わりたいだけのただの小娘どもだ。
しかしこの人たちは、わたし達もエドワルドさんのためにここに来たんだと思い込んでしまっている。勘違いが加速しているのはそのせいだろう。
「彩、勘違いですって伝えて早く出るわよ」
ナオが耳打ちしてくる。わたしもそうは思ってる。思ってるけど!
「皆さん。主人のためにわざわざお越しくださりありがとうございます」
そうこうしているうちに、いつの間にか広間の前の演台に立っていた奥さんが演説を始めてしまった。完全にタイミングを逃した。隣でセイが「どうするんですかっ」と焦っている。正直どうしようもない。
「主人が『魔力泥棒』に魔力を奪われてからというもの、私達の計画に賛同してくれる魔法使いは減る一方でした。けれど、皆さんは危険を覚悟してここへ来てくださりました。こんなに若い子たちまで……。本当に、主人の今までは無駄ではなかったのね……」
感極まって目元にハンカチを押し当てる奥さん。周りにも貰い泣きしている人が何人かいる。
……正直、これ以上のトラブルなんて抱えたくないっていうのが本音だったけど。
偶然この集まりが開かれている時間にここに来て、勘違いでここまで来てしまった。もう後には退けない。わたしはナオとセイを振り返って大きく頷く。
「やろう、二人とも」
「え、まさか……」
「そう。乗り掛かった舟だよ。ここでノコノコ勘違いでしたーなんて言って帰れないでしょ」
今の奥さんの涙に、何の関係もないのに少し感動してしまったのだ。この人、おばあちゃんにどことなく似てるんだよなあ……。多分それも理由だろう。
ナオは不安そうな顔をしていたけど、セイは逆に乗り気なようだ。にこっと楽しそうに笑う。
「さあ、そうと決まったら早く中に入りましょう!」
「うん!」
ずっと入り口で立ち止まっていたわたし達は、三人並んでおじさま方の隣に出る。ここまで来ると、奥さんはとてもほっとしたように微笑んだ。本当におばあちゃんに似ている。
奥さんは一度深呼吸をすると、一瞬で表情を引き締めた。さっきとは違い、まるで戦士のような面持ちで自分の奥の壁に貼られた地図を指し示す。その地図には、細かく何かが書きこまれていた。
「並の魔法使いではこんな真似は出来ません。恐らく犯人は能力者か魔獣でしょう。そこで魔法界で報告されている異常現象や能力者・魔獣の目撃情報を集めてきました。皆さんにはそれを実際に調査してほしいのです」
そう言って奥さんはリストアップしたその調査対象とやらを読み上げ始めた。ざっくりまとめると、魔獣絡みが七件、能力者絡みが三件だった。
魔獣が何かはわからないけど、響きから良い生き物だとは思えない。それと一緒に並べられる能力者は、やっぱり魔法界でも忌み嫌われる対象なのだろう。
今はその合計十件の調査をどうやって割り振るかについて話し合っているんだけども。
「俺の班はここの山と……」
「いや、私の班がそこを回ろう。だから君たちの班は氷穴の調査を……」
「それはおかしいんじゃないのか? エイドニー班こそ惑いの森に行くべきだ」
揉めている。何で揉めているのかと言えば、魔獣の調査の取り合いだ。自分たちの班が能力者の調査に当たらないようにしているみたいだ。どれだけ能力者って嫌われてるんだろう、とその様子を遠目で見ながら思った。いや、エドワルドさんのために来たって言うなら、もうちょっと腹をくくるべきだとも思うんだけども。
ナオが「まあこんなものよ」とわたしの思っていることを感じ取ったのかそう囁いてくる。
「こんなもの、ねえ……。じゃあ、わたし達で行ってもいい?」
「それしかないんじゃない? 私は別にいいわよ」
「あたしも大丈夫です」
二人の了承も得られたところでわたしは手を挙げた。言い合いをしていたおじさんたちが一斉にわたしの方を向く。
「あの、わたし達で能力者の調査に行きたいんですけど」
その瞬間、さっきまで眉をつり上げていたおじさん達が一斉に顔を輝かせた。
「行ってくれるのか!?」
「はい、行きます……」
「それは頼もしい! 流石だ!」
バンバンと背中を強く叩かれてわたしは顔をしかめる。何が流石なんだろう、っていうか痛い! そんなに露骨に喜ばないでよ悲しいから……。
今こうして背中を叩いている相手も能力者なんだよなと思いながらおじさんを見上げていると、なんとも言い難い寂しい気持ちになる。何も知らなければ、こうやって普通に接することが出来るのに。
「決まったの? それなら、そこの女の子たちのグループは先に出発してもらってもいいかしら?」
ずっとわたし達の様子を眺めていた奥さんが、こっちへ歩いてきながらそう聞いてきた。わたしとしても早く事を片付けたい。
「はい、わかりました」
「ありがとう。これが地図で、この資料が目撃情報なんかを整理したものよ。お願いね」
「はい」
奥さんから、ナオが紙の束を受け取る。こういう細かいのはナオに任せるに限る。それから奥さんは何か考え込み、わたし達を見た。
「あなたたち、何か乗り物は持っている? かなり移動してもらうことになるから、移動手段がないと厳しいの。とても簡単なもので良かったら貸すけれど……」
「何も持っていないんです。お借りしてもいいですか?」
「ええ。本当に簡単なものだから、そこは覚えておいてね」
奥さんはそう申し訳なさそうな顔をしながら庭に出て、わたし達に門の前で待つように言った。またも長い石畳を歩いて門まで行く。行きにここを通った時は、まさかこんなことになるなんて思ってなかったなあ……。
「君たちまたすごいことに巻き込まれてるね」
門の前まで来た瞬間、待ってましたといわんばかりにリンが顔を出した。にやにやと笑うリンを睨みつける。
「すごいことってまた他人事みたいに。リンも彩班の一員なんだからね。今から『魔力泥棒』とやらの調査に行く」
「うんうん、わかってるよ。また道中で魔獣とかについては説明するから……っと、来たみたいだよ」
もう少し言い返したかったのに、リンはすぐまたカバンに潜り込んでしまった。
「待たせちゃったわね。はい、これがそのそりよ」
「すごいですっ」
奥さんが手で軽く押しながら運んできたのは、立派なそりだった。サンタクロースが乗っている奴よりもうちょっと大きい。セイがそりを見て目をキラキラと輝かせている。
奥さんはそりの使い方について手短に説明してくれた。何やら運動系の魔法を何重かにかけて利用しているみたいだけど、今それは大して重要じゃない。
「魔法がかかっているから、これである程度は移動できるはずよ。氷穴も森もここからそう遠くないから、これで行き来できるでしょう。これ、主人が若い頃に作ったものなのよ」
奥さんは懐かしむようにそりの縁を撫でる。さっき受け取った紙束からも窺える通り、この人はエドワルドさんのためにずっと頑張ってきたのだろう。引き受けるって言ったからにはそれ相応の働きをしないと。
「それじゃあ、このそりをお借りしますね。早く犯人を見つけられるよう頑張ります!」
「ええ、あまり無理はしないでね」
「はいっ」
わたし達はそりを借りて街の中へまた繰り出した。




