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第二章 6 エドワルドの館へ

「――ここベルラーナで、魔法使いの魔力が奪われる事件が多発しているのよ」


 わたしの質問に、女の人は眉を下げて答える。

 魔力……って、確か魔法を使うのに欠かせないものだったような。となると、魔力を奪われると魔法が使えなくなるってことなのかな。


「しかも優れている魔法使いばかり狙われてね。魔法都市って言うだけあって実力者揃いだもの、そりゃ自分は大丈夫だって皆思ってたのよ。でも、犯人は難なく魔力を盗んでいく。それでとうとう、この前ベルラーナ一の魔法の使い手まで魔力を奪われてしまって、ここは大変なことになってるのよ」


 そう話して肩をすくめる女の人。でも、その様子はそこまで困っているようには見えないし、街は賑やかだし、なんかちぐはぐだ。


「そんなことが起きているのに皆さん割と動じてなさそうですね」


 すると、セイがそれを難なく言ってのけた。それ言う? と困惑するわたしとナオ。あまりにも口調が軽くて何のためらいもなくてびっくりした。


「そう見えるわよねー? でも、こうやって賑わってるのも、みんな買い出しに来てるからなのよ」

「買い出し?」

「そう。家に閉じ篭るための準備。まあ、私達一般人は特に突出して魔法が使えるわけでもなし、そこまで焦る必要もないしね」


 なるほど。確かに実力者ばかりを狙っていることが分かっていれば、ここに居る人たちはそれなりに安心できる……か? いや、あんまりできないと思う。そんな実力者たちがやられるようなトンデモナイ奴がうろちょろしてるかもしれない状況だよ?


「でも、あなたたちは魔法使いとして活躍したくてここに来たんでしょ? 魔法都市のここに興味があるって言ってたものね」

「そう、ですね」

「それなら早く帰った方がいいわよ。こんな数日かの観光で人生棒に振りたくないでしょ?」


 わたし達を気遣うように見てから、「でも」と手を叩く。


「私が働いてる店、軽い食事が出来るから帰る前に来てね。そこまで値段が高いわけじゃないし」

「あ、はい……」

「さて、私もおしゃべりはここまでにして仕事に戻らなくちゃ。稼ぎ時稼ぎ時ー」


 大きく腕を突き上げながら去っていく女の人を見送りながら、なんだか温度差を感じていた。

 今の話だと結構危なそうなのに、町行く人はそこまで危機感を抱いていないように思える。それは今の女の人も同じだけど……こんな時に稼ぎ時って、強く生きてるなあ。


「君たち圧倒されてるみたいだけど」


 ぽけーっとしているわたし達に、顔を出したリンが苦笑する。


「魔法使いは獣人に比べて楽観的らしいからね。何て言うかな、国民性みたいなものだよ。君たちのその危機感はまあ普通なんじゃないかな」

「楽観的かあ。そう考えると、セイは魔法使いの血濃いかもね」

「その理由ってなんですかー。あたし、これでも確かお母さん似なんですってば」


 わたしがテキトーにセイに流すと、セイは頬を膨らませた。なんか本当にマスコットキャラみたいだ。すごく感情表現がわかりやすい。ナオとか何考えてるのか全っ然わかんないのに。


「それで、リン。私達はどこへ行けばいいの?」


 話をすればなんとやらだ。少し向こうの方を見てきたらしいナオが、こっちに歩いてきながらリンに聞いた。


「ああ、ボクの記憶が確かなら、この町に大きな館があったはずなんだよ。そこでは魔法の資質がある子供たちに魔法を教えることもあるんだ。その館に住んでいるのがかなりの魔法使いなのもあってね。君たちもまだ子供だし、教われるんじゃないかなって」


 確かに実際にプロに教わるっていうのはいいだろう。リンも魔法は使えるけど魔法使いなわけじゃないし。

 わたしは大きく頷く。


「よし、じゃあその館とやらに行こう! そんなに有名な場所ならすぐにわかるはずだよね!」

 

 そうして意気揚々と館へ出発した。けれども……。



「なるほど、こういうオチか」


 館の立派な門の前で、わたしはそう呟いた。

 

 やっぱりここ、エドワルドの館は有名な場所だった。街の人は全員知っているレベルだ。そして、今のエドワルドさんの事情もみんな知っていた。


 さっきの女の人が話していた、魔力を奪われたベルラーナ(いち)の魔法の使い手がこのエドワルドさんだったのだ。

 魔力を奪われ魔法が使えなくなったエドワルドさんはすっかり落ち込み、部屋に引きこもり、家族ともほとんど話さなくなってしまったらしい。魔法を教えることもなくなってしまった。

 それがこの館に来るまでに街の人から聞いた、エドワルドさんにまつわる話だ。奥さんもエドワルドさんを元気づけるために、他の魔法使い達に声をかけたりして色々と頑張ってはいるものの、魔力を取り返す方法は何も見つからないのだとか。

 

 ほとんどの人がこれと同じような話をしていた。ここに行くと言ったら「大丈夫なの?」とか「まあ頑張れや」とか声をかけられたのもそのせいだろうか。


 なんとなくここまで来てはしまったものの、やっぱりわたし達に出来ることはないのでここで立ち尽くしている。

 と、


「ここでずっと突っ立ってるわけにもいかないでしょ。どうするの?」


 どん、とナオに背中を押された。わたしはよろめきながら答える。


「あとは他の強い魔法使いに当たってみるしかないかなあ。リンは他にいいところ知らないの?」

「ボクもそんなに長居したわけじゃないから……」

「そうですよね。じゃあ他の人のところに行きましょう! きっと次は大丈夫ですよ!」


 セイの明るい笑顔を信じることにして、わたし達はまた他の人たちを当たることにした。これだけエドワルド邸が有名なんだし、他の人もそれなりに知れ渡っているだろう。だから――


*********************


 バタン!


 目の前で勢いよく閉められたドアをみつめながら、一体この音を聞くのは何回目だろうかとぼんやり考える。


「……いや、ホントに考えが足りてなかったわね」


 隣でナオがため息をつきながら頭を振った。今わたし達がいるのはダドリオさんの家の前だ。今年ようやく王宮魔術師とやらになれたとかで、エドワルド邸に比べたらだいぶ小さい。っていうかほとんど周りの民家と変わらない。

 そして、そのダドリオさんにも断られてしまった。これでベルラーナ在住の有名な魔法使いは全員当たっただろう。


「それで、考えが足りてなかったって?」


 通りを歩きながら、わたしはナオにさっきの話の続きを促す。


「エドワルドさんがここで一番強いんでしょ? それならそのエドワルドさんがやられた時点で、他の有名な魔法使い達は自分の身を優先するわよね、それは当然よねって話」

「当然だね……」


 本当にナオの言う通りだ。

 これで全員当たったけど、誰一人わたし達に魔法を教えてくれる人はいなかった。もう魔力を奪われてしまった人もいたし、わたし達を怪しんで反応すらしてくれない人もいた。

 そりゃ自分より強い人があっけなく奪われてしまったなら、反抗する気もなくなるだろう。しくじったら自分の一番誇れるものを失うわけだから。家に引きこもってしまうのも当然なんだと思う。


「でも、当然で済ませちゃったらあたしたちが駄目なんです! 獣人界のことがありますし……」


 今度はセイがもっともな主張をする。

 そう、こっちもこっちで手ぶらで帰るわけにいかない。なぜなら獣人界がパニックだからだ。


「やっぱりこうなったら、もう一回エドワルドさんの家に行ってみるしかないな」

「行ってどうするのよ?」

「直接話を聞く。さっき聞いたのはあくまで人と人を通しての話だよ。噂ってのは一番信用しちゃいけないものだからね。やっぱり事実を確かめないと」


 おばあちゃんが言っていた。噂ほど信用してはいけないものはないよと。


「そうだね。何をしたらいいのかもわからないし、アヤ君の言う通りもう一度エドワルド邸に行こう。もしかしたらエドワルドさんも気が変わっているかもしれない」


 リンのポジティブ思考に後押しされて、わたし達はまたエドワルドの館に向かった。



 高い塀。金属製のアンティークな感じの門。その向こうに広がる青々とした芝生。そして、堂々と建つ館。

 獣人界の城も圧巻だったけど、こっちはこれを個人が所有している。吉田家はそんなに金持ちでもなかったから、こうして前に立っているだけで恐怖を覚えるよ。


「お姉ちゃん、このベルを鳴らせば館に通じるみたいだよ!」


 そんなわたしとは対照的に、セイは辺りを走り回って何か見つけたらしい。門のすぐ隣に取り付けられた小さなベルを指さし、興奮気味に姉を呼んでいた。


「へえ、これも魔法を利用してるのかしらね。もうここまでの道のりで結構時間食ってるし、迷ってる時間が惜しいわ」


 インターホンのようなものだろうか。ベルを興味深そうに眺めた後、ナオが迷わずベルをチリンと鳴らす。

 小さくベルの音が響き、その直後門がギィッと軋む音を立てた。重々しい音をさせながら、わたし達を歓迎するように開く。


「おお……」

「へえ、すごい仕組みね」

「すごいですっ。早く中に行きましょう!」


 圧倒されるわたし、感心するナオ、はしゃぐセイ。三者三様のリアクションをしながら、わたし達はエドワルド邸へと足を踏み入れた。


 芝生の真ん中を貫くような長い石畳を歩き、ようやく館の玄関へと辿りつく。こうして近くから見ると館の大きさがとてつもなかった。

 もう玄関のドアから立派だ。ごくりと喉を鳴らし、そのドアをノックしようと手を伸ばして――。


「ようこそいらっしゃいました!」

「いだっ!?」


 その瞬間勢いよく開いたドアに思いっきりおでこをぶつけた。ぶつけた箇所を押さえてよろめきながらも、ドアを開けたであろう人を見る。


 白髪の上品そうな奥様だ。きっとエドワルドさんの奥さんだろう。奥さんはわたし達を見て「まあ!」と口元を手で押さえる。


「あなたたちのような若い子まで来てくれるなんて……本当に嬉しいわ。本当に、清い心を持っている子たちもいるのね」

「え、えっと……?」


 いきなり話が見えてこない。おでこの痛みも忘れて首を傾げると、奥さんはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「あなたたち、主人を救うためにここに来てくれたのでしょう?」


 …………何か盛大な勘違いをしている。


 わたしはややこしいことになりそうな気配に、微妙に首を傾げた角度のまま硬直した。


 

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