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第二章 5 憧れの魔法界

 魔法界。それはその名の通り、魔法使い達が魔法を使って生活している界のことだ。幼いころから魔法が登場する本を読み漁っていたわたし吉田彩にとって、その世界は能力を手にした今も憧れなわけで。


「確かに、魔法界に行くのはありだね!」


 わたしは、自分でもわかるほどに顔を輝かせた。その様子に提案したリン本人が少し不安そうな顔をする。


「でもアヤ君、魔法界は未知の世界だから気をつけないと……」

「何を言っていらっしゃるんですか。今の獣人界よりヤバいんですか魔法界? それに、魔法界にもクロスの力が及んでるかもしれないから調査に行かないと!」

「その心配はないって考えたいところだけど」


 理由をまくしたてていると、ナオが小さく息を吐いた。


「彩、『虚空』のことは知ってたわよね?」

「軽くだけど」

「それなら、クロスがこの世界を分断したのも知ってるでしょ?」

「まあ」


 繋がってた獣人界魔法界人間界を行き来できないようにしたんだっけ。わたし達がこうして自由に動けてるのは妖精のリンのおかげで……って、そういうことか。

 わたしはナオの言いたいことを理解し、ぽんと手を打った。


「クロスは――」

「妖精じゃなくて竜だから、魔法界にまで干渉することは出来ないってことですね!」


 わたしが言おうとしたところをセイが横取りしてしまった。「褒めてください」と言わんばかりに目を輝かせて姉を見る。


「その通りよ。よくわかったわね」


 ナオは少し驚いたようにセイをみつめている。セイはえへへーと嬉しそうだ。手柄を取られたわたしは頬を膨らませてリンの隣にいった。


「くそ、天真爛漫な年下系キャラで存在感を根こそぎ奪っていきやがるアイツ……」

「その年下系きゃらとやらに一番にやられたのは君じゃないか。ね、彩先輩」


 正論が返って来た。存在感と言えば最近リンの存在感が薄れてきているのが気になるところだ。


「まあ、でも魔法界に行く価値はあるんじゃないかな」


 わたしは地図を見上げて魔法界を確認する。人間界に比べると獣人界も魔法界も随分と小さい。また今度その理由をリンに聞こうと決めつつ、わたしはビシッと獣人界を指さした。


「クロスにしてやられたばっかりだよ。まだ向こう側が何を持ってるかわからない。魔法界ももしかしたら異変が起こってるかもしれないし、それに魔法を身につけないと」


 わたしは握っていた手を広げて突き出す。


「わたしは置いといて、まずリンは確実に魔法が使えるでしょ? それにナオとセイは魔法使いの血が入ってる。これは魔法を使えって天からのお告げとしか考えられないよ」


 指を折ってカウントすると、ナオとセイが顔を見合わせた。本人たちは魔法が使えるかどうかあんまりわかってないみたいだけど、絶対使えると思うね。それでわたしの肩身が狭くなると思うね。


 リンはふむふむと頷いて風魔法を使った。手のひらからほんの少し風が吹き出し、セイがおおっと短く歓声を上げる。


「そうだね。やっぱり使える手札は増やしておいた方が良い」

「はいっ。あたし、魔法なんて使ったことないんですけど頑張ります!」

「今後の方針も決まったところで今日はもう休むわよ」


 パンパン、と手を鳴らしてナオが時計を仰ぐ。そういえばもう深夜だった。


「あ、まだセイ君の部屋を用意できてないよ。また明日でもいいかい?」

「はい。お姉ちゃんの部屋に行きますから!」


 ツインテールを揺らしてにこっと笑うセイ。それを聞いてリンはほっとしたようだった。わたし達をぐるりと見回して言う。


「じゃあ、もう夜遅いけど早く休んで英気を養ってね」

「はーい」


 今日はいろいろと大変だった。さっきまでは必死であんまり感じなかったけど、かなり疲労が溜まっている。わたしはのびをして、お風呂に向かった。




「うあー、疲れた疲れた」


 お風呂から上がり、わたしはタオルでガシガシと髪を拭きながら廊下を歩く。眠いし疲れたし、もう髪乾かさずにこのまま寝ちゃおう。そうしよう。

 あくびをしながら自分の部屋のドアノブに手をかけた時、


「あーや先輩っ」

「うわっ!?」


 いきなり横から顔を出したセイに、わたしは飛び上がった。バクバクと跳ねる心臓をおさえつけるように息を吸い、セイを見る。


「ごめんなさい、驚かせちゃいましたか?」

「そうだね……。で、どうしたの。わたしに何か聞きたいことでもあった?」

「お礼が言いたくって」


 そう言ったセイの顔に浮かんでいたのは、どこか大人びた笑みだった。この数時間でよく見せてくれたにこっとはまったくの別物だ。

 お礼を言われるようなことなんてしたっけな、と首をひねるわたしに、セイは頭を下げて。


「お姉ちゃんと一緒にいてくれてありがとうございます。あたし、彩先輩とお姉ちゃんが話しているのを見た時すごく嬉しかったんです。お姉ちゃんにもこういう人が居てくれたんだなって」

「いや、わたしは何も……」


 こういう時に何を言ったらいいのかわからなくなるのが本当にダメなところだと自覚している。そんなわたしにセイは少しだけ恥ずかしそうに笑って、


「それが伝えたかっただけなんです。じゃあ先輩、おやすみなさいっ」

「あ、ああ……おやすみ」


 すぐに隣の部屋に引っ込んでしまったセイを、わたしは首を傾げながら見送った。

 本当に、あの姉妹には何があったのかな。


*********************


「よし、みんな準備は出来たかい?」

「うん」

「出来たわよ」

「はい、出来ました!」


 わたしはリュックを背負い直して答える。隣で元気よく返事をするセイもリュックを背負っていた。セイは初めから自分の服やらをリュックに詰めて持ってきていたので、着替えや生活用品はバッチリだ。


「それじゃあ、覚悟はいいかい?」

「もちろん!」

 

 今度はセイに負けず劣らずの声で答えた。

 こんな状況でもやっぱり魔法が憧れなのには変わりないし、魔法使いの見た目は人間とほとんど変わらないっていうからフードを被る必要もない。テンションも上がるってものだ。


 リンも満足のいくリアクションが返ってきたからか、得意げに頷く。


「ボクが魔法界で行ったことがあるのは、魔法都市ベルラーナだよ。王都に比べると少し小さいけど、活気がある良い街だ。それに魔法都市と呼ばれるだけあって魔法が盛んで、ボクたちが行くにはもってこいの場所だよ。一度訪れていて良かった」


 魔法都市ベルラーナ。うおお、ファンタジー感がビシバシ伝わってくる。


「よし、行こうリン!」

「ちょっと気合入りすぎじゃない?」

「それくらいでいいんだよ!」


 ほらほら早く早く、とリンをせかす。リンは短く息を吸うと、


「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』!」


 そして、目の前が真っ白に眩んだ。



 ボリュームを上げるように周りの音が聞こえてきて、わたしはゆっくりと目を開けた。

 

「おお……っ」


 獣人界は本当に色々な技術が発達してこそのあの街って感じで圧巻だったけど、魔法界はまた別だ。少し町並みは古く見えるけどそんなことを感じさせない活気。

 

 呆気にとられるわたしに、リンが街灯の一つを指さした。


「魔法界は生活の至るところに魔法を使っていてね。例えばあの街灯なんかも火の魔法を利用していたりするんだよ」

「なるほど……」


 これなら魔法の勉強も十分にできそうだ。わたしはごくりと喉を鳴らしてナオとセイを振り返る。


「さて、お二人はどうかな?」

「だいぶ獣人界と雰囲気が違うのね」


 ナオは興味深そうにあちこちを見回しながら呟く。


「ここが父さんが育った場所……。来れて良かったわ。リン、ありがと」

「あたしからも感謝です!」

「どういたしまして」


 ほのぼのするやり取りを聞きながら、わたしは改めて街を見た。

 ここから見る分には何かおかしなことが起こってるようには思えないけど、獣人界の様子を見てからだとなんとも断言しづらい。やっぱり実際に話を聞いてみたりするのが一番かあ……。あんまり得意じゃないんだけど。


「それじゃ、あとは君たちに任せたよ。ボクはアヤ君のリュックの中に隠れて見てるからね」

「はーい。ありがと」


 チャックを開けて小さなポケットの中に潜り込むリンを見て、一番大変なのはリンだよなあと改めて思う。妖精だから獣人界でも魔法界でも堂々と歩けないし。確か、妖精って幻の存在ってされてるんだっけ?


「リンに託されたことだし行くか! って言ってもここはどこで何をすれば……」

「こんにちは。あなたたちここは初めてかしら?」


 いきなり挫折しそうになったところで、女の人に声をかけられた。目立つ服を着ているから、案内の人だろうか。


「はい。初めてなんです。魔法都市って一度来てみたくて」


 ナオが即座にそれっぽく答える。女の人は「あら」と大袈裟に頬に手を当て、


「そう? それならガンガンにベルラーナを楽しんでいってね……って言いたいところなんだけど」


 そこで突然に表情を曇らせた。さっきまでの輝かんばかりの営業スマイルはどこへやらだ。


「きっとあなたたちって魔法使いでしょう? それなら早く帰った方がいいわよ。これからのあなたたちのために」


 ……本当に、こっちに来てから行く先々でトラブルが起きている気がする。

 真剣な女の人の表情に、わたしは浮かれていた気分を引き締めた。

 

「何が、起きているんですか?」


 

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