第二章 4 行き詰まり
いきなりではありますが、新しい仲間が増えました。普段ならジュースでも注いでパーティーを開きたいところです。が、
「いつまでもほのぼのしてるわけにもいかないね」
リンが眼鏡を押し上げてため息をつく。
そう、今獣人界はクロスの能力を受けている。ここでパーティーを開いている場合じゃないのだ。
「え、何かあったんですか?」
セイがきょとんとして聞いてくるので、リンがこれまでの経緯をかいつまんで伝えた。
「そんなことが……。竜がどんなものかあんまり知らないんですけど、城下町の人に危害を加えるつもりなんですか?」
出会ってすぐにこんな状況を伝えられたというのにセイはまったく動じず、真剣な表情で顎に手を当てる。そのしぐさをするとナオにそっくりだった。
「いや、そんな風には見えなかったわよ。崇められてご満悦、みたいな感じかしら。多分クロスは、獣人界を自分のものにするつもりだから、操るだけで危害は加えないと思う」
「それならまだ少し安心できるね。でも……あそこをクロスのものには絶対にさせません。ですよね彩先輩!」
セイがぐっと両手を胸の前で握り締める。本当に順応能力が高い子だと感心しつつ、わたしは大きく頷いた。
「その通り! でも、どうすれば洗脳って解けるんだろ」
ナオの時とは規模も何もかも違うし、どうやったらこの状況を打開できるのかわからない。正直ナオの時もどうして解けたのかわかってない。
そんなわたしに、リンが「ええ!?」と目を丸くした。
「それはアヤ君しかわからないんじゃない?」
「そんなこと言われてもあの時は必死だっただけだし。ナオは何か覚えてる?」
「私の方こそ何も覚えてないわよ……」
行き詰った。獣人界に行くとナオとかリンが動けなくなるし。実質動けるのがわたし一人とかわけがわからない。
「だああ、もう何したらいいんだよ!」
頭を掻きむしって叫ぶと、肩をとんとんと叩かれた。振り返るとセイが真面目な顔で立っている。
「城下町の様子をもう一度見に行ってみませんか。あたしも何がどうなってるのかこの目で見たいんです!」
「そうしたいところだけど無理なんだよ。多分セイもダウンするだろうし」
「大丈夫ですっ。あたしの心配するより獣人界の心配しましょうよ」
なんか強く言い切られた。セイの心配をしないつもりはないけど、でもやっぱり城下町に行ってみるのは重要かもしれない。
城下町に行くなら転移が必要だ。わたしはリンを見る。
「いい?」
「もちろん。ボクも頑張るから。もし洗脳されたら殴って正気に戻してね」
「殴って正気に戻るなら話は簡単なんだけどなあ……」
それだったら獣人界の人たちみんな殴っていけばこの事態は解決できる。試してみる価値はあるかもしれない。
「とにかく行ってみるわよ。竜に気をつけて」
ナオがフードを被りなおしながら言う。セイにもフード付きの上着を渡し、わたし達はリンの魔法で転移した。
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人目につかない路地裏に転移して、わたし達は何気ない風に町に出る。気づけば、もう時刻は十二時を回っていた。
「う……っ」
頭を押さえて顔を歪めるセイに、わたしは「大丈夫?」と声をかけた。
「無理しなくていいからね。倒れないでよ?」
「はい、大丈夫です!」
セイはぶんぶんと頭を大きく振って笑顔を浮かべる。
「彩先輩と喋ってると落ち着きましたから! あたしが言い出しっぺですし頑張りますよ」
なんかホントにかわいいやつだなと思う。よしよしと頭を撫でてからわたしはナオを振り返った。
「で、二人は大丈夫なの?」
「ボクも耐えるよ……。アヤ君のフードの中だと結構楽だから……」
「私は無理よ。彩から癒しなんて感じられない」
「ナオは元気そうだね。よし出発だ」
通常運転のナオに背を向け、わたしは大通りへと顔を出す。
「暗いしまた出直した方がいいかな。城下町の様子を窺いに来たのに人がいないよ」
「こうなってみれば、城に顔を出すのも一つの手かもね……」
「なるほどなあ……って、それこそ出直さないといけないよ」
深夜に城を訪れるだけで即刻地下牢にぶち込まれる気がする。普通に常識がないよね。
やっぱり頭痛がひどいのか、三人はあまり喋らず歩く速度も遅い。この頭痛は洗脳の力を受けているからだと思ってるけど、それがなんでわたしにだけ効かないのかわからない。人間だからとか、そういうのも関係あるのだろうか。
ゆっくりと歩きながらそんなことを考えていると、誰かの足音が聞こえてきた。雨で濡れた地面だから、歩くと時々水が跳ねる音がするのだ。この感じだと一人じゃない、かな。
これは声をかけてみるしかない。フードを目深にかぶり、曲がり角から姿を見せた人に向かって軽く手を上げる。
「こんばん――」
そこで息を呑んだ。曲がり角から姿を見せたのは、いつぞやの虎の獣人だったからだ。その後ろからキツネの獣人も姿を見せる。
「お前……!」
虎の獣人は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに腰に提げていた剣を引き抜く。キンと高く澄んだ音が警報のように聞こえた。
突然の遭遇に不意を突かれて棒立ちになる。しかし、後ろのセイが小さく悲鳴を上げたのが聞こえ、わたしは強く歯を食いしばった。後ろの三人は満足に動ける状況じゃない。わたしが、ここから退いたらいけない……!
「数時間前目撃情報が相次いだからな。こうして厳戒態勢を敷いていたのだが、まさかこんなにも早く見つかるとは思っていなかった」
「……こっちも、まさかこんなに早く遭遇するとは思ってませんでしたよ」
わたしもじりじりと後ずさりながら、それでも目は逸らさない。隣のキツネの獣人は面白そうにわたしを黙ってみていた。
普通に考えて大ピンチだけど、もうどうにでもなれだ。わたしはごくりと喉を鳴らしてから一歩踏み出す。
「どうして、能力者を認められないんですか。こうしているのはクロスの指示なんですか?」
「何を言っているのかわからないな。能力者はこの世界に必要ない。あんな能力を手にしていながら感情の赴くままに動くなんて脅威以外の何物でもないからだ。そんなことクロス様に仰ぐ必要もない。お前もそうだ」
剣先をわたしに突きつけ、虎の獣人は吐き捨てるように言う。
「俺としては今すぐにでも殺してやりたいところだが……」
「それはライオネル王の意向に歯向かうことになるからね。今から降伏すれば、痛い思いをしないで済むよ」
虎の獣人を引き継いで言ったのはキツネの獣人だ。なんだかわざとらしい笑みを浮かべてこっちを見ている。
「…………」
クロス様、と呼んだ。それならこの人たちも洗脳されているのだろう。
一体いつから? わたしが初めてここに来る前から洗脳されていた? でも、その洗脳の効果が強まったのは少なくとも最近なはず。村の様子から考えてそれは確実で……。
「早く降伏するのか決めてくれないと、こっちも強硬手段に出ることになるよ」
そんなことを考えていると、キツネの獣人が腰のホルダーのようなものから何かを出した。剣じゃない。見覚えがある。あれは、
「銃……!?」
間違いない、ドラマとかでよく見かけたあのフォルムだ。
「おー、よくわかったね」
そう笑ってキツネの獣人が銃口を向けた。剣とは違う威圧感。すくみそうな足に喝を入れてなんとか立っているけど、剣と銃を同時に向けられるってどんな状況なんだよこれ、と泣き言のようなものを内心で叫びまくってしまうほどには恐怖だ。
本当にどうしよう、と混乱しかけたとき、
「食らえ!」
セイの声がして、周りが白い煙に包まれた。何が起こったのかわからず困惑するわたし。さらに、
「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』!」
煙幕の混乱に畳みかけるようなリンの詠唱。しかし、煙で何も見えないにも関わらず剣先がわたしの方へ向かってくるのが見えた。最後の一手、逃しはしないという強い執念が伝わってくる。
「ち、『治癒』!」
思わず叫んでしまう。攻撃を受けることを前提とした行動。
しかし、転移は本当に便利だ。ギリギリのところで、わたしは妖精図書館に転移した。転移で逃げるのはわたし達の得意技になりかけてしまっている。
「みんな大丈夫ですか!?」
セイがわたわたとわたし達を見回した。誰にも怪我がないのを確認し、ほっと息をつく。
「よかったあ……。持ってた煙玉が役に立ったみたいです!」
「煙玉って。どうしてあんなもの持ってたのよ?」
「前にイタズラしようと思って作ったんだ。まさかこんな風に役に立つなんて思ってなかったよ」
ナオの呆れたような質問にセイが笑顔で答える。まあ作った動機は置いといて、いいタイミングで使ってくれたものだ。わたしは力がぬけ、テーブルにもたれかかりながら笑う。
「また出くわしたね。これじゃあもう城下町にはいけないなあ……」
「そうだね。まあ、本当にクロスに洗脳されてるのはわかったしあとは作戦を練るだけだよ」
殴ったら解けるのかはわからなかったけど、あの調子だと多分無理だろう。二人の怖い獣人のことを思い出して身震いする。
っていうか、こっちの世界にも銃ってあったのか。そりゃあれだけ技術が発達してたら銃くらいあっても不思議じゃないんだけど。
「能力だったら確実に穴はある。そこを突くために、これからいろいろと探っていかないとね。獣人界で動けないのはかなり私達にとって不利な状況だから」
ナオが疲れたように言う。洗脳が効かないわたしでも頭が痛くなってきそうなこの状況。疲れるのも無理はない。
すると、リンが「その通りだよ」と静かに賛同した。その声色がいつもとは違っているような気がしてわたしはリンに注目する。
眼鏡のレンズが光を反射し、エメラルドの瞳がわたし達を見回す。
「ナオ君の言う通り、獣人界でボクたちは満足に動くことが出来ない。それならこうするしかないんだよ」
壁に貼ってある古びた世界地図の前まで飛び、リンはその一か所を指さした。確かその場所は――魔法界、だったはず。
「魔法界で魔法について学んで、何か有効打を探す。それが今のボクたちが出来る最大限な気がするんだ」
また、未知の世界での冒険が幕を開けようとしていた。




