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第二章 1 クロスの能力

 わたし達は、すぐに城下町を離れて村に来ていた。タケたちが住んでいる村だ。もう夜も遅いけど、そんなことは構わずにタケ家のドアをノックする。

 ドンドンドンと勢いよく拳を叩きつけていると、「はーい」とウメさんの声が返って来た。足音が近づいてきてドアが開けられる。


「なんだいこんな時間に……って、彩ちゃんたち。そんな怖い顔してどうしたの」

「こんばんは、いきなりですいません。ちょっと確かめたいことがあって」


 短い挨拶で済ませ、わたしは不思議そうな顔のウメさんを見上げる。


「竜のこと、クロスのこと、どう思ってますか」


 ウメさんは目を丸くした。口をぱくぱくさせ、それでも言葉が出てくるわけでもない。そんな状態でしばらく沈黙が続き、家の方からドタバタとまた足音が聞こえてきた。


「おー、やっぱり彩じゃねーか。元気だったか?」


 沈黙を打ち破ったのは、ドアの隙間から顔を出したタケだった。いつもだったら何か軽口でも叩くところだけど、この状況でそれが出来るほど余裕はない。すぐにタケにも尋ねる。


「タケ、クロスについてどう思う?」

「どう思うって……」


 タケはウメさんと顔を見合わせ、なんでもないように頷いた。それからヒーローもののようなポーズを取り、


「めちゃくちゃカッコいいヒーローだろ! オレ、ルイスにも憧れてるけどクロスにも憧れてるんだよ。竜とかサイコーにカッコいいよな!」


 輝く笑顔でそう言った。


「……そ、っか」


 予想していた展開ではあるけど、やっぱりこうして実際に言われてみると殴られたような衝撃だ。わたしは動揺を噛み殺して笑う。


 ――この現象は、当然ながらクロスが引き起こしている。

 ナオを操っていたその力で、獣人界にも影響を及ぼしているということだろう。自分を崇拝するように操っている。洗脳と言った方が正しいだろうか。

 それが、わたし達がここに来るまでに考えた仮説だ。


 それなら確かめておきたいことがある。


「そういえば、この前タケって連れ去られたじゃん。あれって誰にやられたんだっけ」

 

 本来は竜に連れ去られていた。洗脳された結果、どう書き変わっているのか。

 今度はウメさんが「はあ」と首を傾げる。


「でっかい鳥に食われかけたんだよ。そんなことも覚えてないのかい?」

「でかい鳥、ですか」


 確かにまあ、竜の存在を取っ払うならそうなるだろう。こっちの世界には獣人以外にも動物がいることだし。鳥なら辻褄も合うな。

 怪訝そうなタヌキ親子にわたしは「いやあ」と頬を掻く真似をする。


「なんかちょっとボケっとしてましてですね……。当たり前のこと聞いちゃってすいません」

「疲れてるんじゃないの? 今日はもう帰って早く休むんだよ」

「はーい……って、どうした」


 ウメさんと話している途中に服の裾を引っ張られ、わたしはその犯人であろうナオを振り返る。と、


「彩、帰りましょ……」


 ナオは顔色が悪く、額を押さえていた。その肩ではリンも似たような状態だ。


「すいません、ちょっと帰ります。おやすみなさい」


 わたしは即座にウメさんとタケに頭を下げると、「リン」と呼んだ。リンが転移魔法を唱え、妖精図書館に到着する。


「二人とも何があった!?」


 誰かに見られている心配もない。わたしは焦って二人を振り返る。

 と、


「あ、治った」

「治ったね。良かった、クロスの力もここには及ばないみたいだ」


 さっきの具合の悪そうな様子から一転、二人はケロッとした顔でそこに立っていた。もちろんわたしも拍子抜けで「は」と声を出す。


「多分今のはクロスのせいでしょうね。強い洗脳の力が加わったからああなったんだと思うけど……」


 ナオが息をつきながら呆然としているわたしを見た。


「彩はなんともなかったの? 私なんかすごい頭痛で立つのもやっとだったんだけど」

「全然なんともなかった。個人差があるのかな」


 って、そんなことを話している場合じゃない。自然と話を逸らしている自分に喝を入れ、今得た情報を整理する。


「タケやウメさんの反応から、洗脳説が正しいって考えてもいいよね。思いっきり書き換わってたから、何かしらの異常が起きてるのは確かってことで」

「城下町はもちろんだけど、かなり離れた村まで影響が出ていたからね。これは獣人界全体がクロスの影響を受けていると考えても……」

「待って」


 わたしとリンの考察に、ナオが待ったをかける。


「ウメさんのあの時の反応覚えてる? 彩がクロスのことについて聞いた時、ウメさんはしばらく何も言えなかった」

「ああ、確かに」


 言われてみれば、あの時は奇妙な間があった。わたしが変な質問をしたからだと思っていたけど、よくよく考えてみればあのウメさんが言うのを躊躇うなんて考えづらい。あの人なら迷わずに「頭どうしちゃったの」くらいは言ってくれるだろう。

 となれば、あの時すぐに答えられなかったのは別の何かが干渉している。


「頭痛が始まったのがちょうどそれくらいなのよ。あの時に、クロスの洗脳の力が強まったと考えれば辻褄が合うの。どうして今回、洗脳されずに踏みとどまれたのかはわからないけど」


 とにかく、とナオは人差し指を立てて講義するように続ける。


「まだ獣人界全体が洗脳されているわけじゃないかもしれない。きっとすぐに広まってしまうだろうけど、動けるうちに動いて情報は集めておかないと」

「でも、タケたちの村ってかなり北の方だよね? 城下町の状況から見て、あそこから影響が広がってると考えると他の東西南の村とか町を当たらないと……」

「ううん、一か所心当たりがある」


 わたしの考えをバッサリと断ち切り、ナオが言った。一瞬躊躇うように髪を耳にかけてからリンを見る。


「『奈落の谷』って知ってる?」


 そう尋ねた表情はどこか暗い。しかも奈落の谷とは穏やかじゃない響きだ。

 リンは奈落の谷、と小さく呟いてから答える。


「聞いたことはあるけど、それは本当にある場所なのかい?」

「あるわよ。昔からずっと変わらない、ゴミ捨て場のような場所」


 ゴミ捨て場。奈落。谷。これでもかというほどに並べられるマイナスな言葉に眉をひそめる。ナオはきっと意識的に感情を殺した瞳でわたし達を見る。


「初めて会った北山覚えてる? その山の奥の方に奈落の谷があるの。今からそこに行きたいんだけど、あそこは寒いから上着を着てきて。準備が出来たらまたここに集合で」


 強い口調でそう指示され、わたしは黙って頷く。反論する理由もない。わたしは部屋に戻ってこの前買ったコートを掴み、また図書館に戻った。



 夜の山は思っていた以上に寒かった。わたしはコートの襟を合わせて凍えながら山道を歩く。連日の雨で地面はぬかるみ、歩きづらい。雨がやんでいるのがせめてもの救いか。


「やっぱりここだと頭痛がしないね。これだと奈落の谷は洗脳の力が及んでいないかもしれない」


 頭痛を恐れていたのか、その心配がないと知ったリンがほっとしたように先に進み出る。

 雨は止んだけれど相変わらず空は雲に覆われているため、リンがこの前話してくれた満天の星空は見れない。ため息をつくと同時にふと思い出した。


「そういえば、ここで暴れまわってたのもわたし達を釣るためだったの?」

「……まあ」


 気楽に聞いたつもりだったけど、やっぱりナオはまだ引きずっているらしい。申し訳なさそうな響きで肯定する。まだあのナイフ事件から二時間くらいしか経ってないから、当然と言えば当然かもしれない。


「ちょうど、本当に偶然なんだけど、この山の辺りを飛んでいた竜がいたの。その竜の視界を通してクロスが彩たちの姿を見て、それでああやって」

「わたしが助けない可能性とかもあったけどなー」


 あの時動いたのは本当にたまたまで、元はそんな正義感に満ち溢れているわけじゃない。今でこそこんなことしてるけども。

 そんなことを考えていると、先を進んでいたリンがちらりとこっちを振り返った。


「今、なかなか興味深いことを零したね。クロスは竜の視界と通じることが出来るのかい?」

「出来るわよ。そもそもあの竜たちはクロスが能力によって生み出したものだから。私達があの山の竜を倒せたのも、あの竜がそんなに強くつくられていなかったからね」

「情報量が多くて追いつけないんだけど、とりあえず一つ」


 今のナオの話を聞いていて引っかかったことがある。わたしはずいと二本指を立てて突き出した。


「今の話し方だと、クロスは能力を二つ持ってるってことにならない? 洗脳はそういう能力だと思ってたんだけど、何かの魔法なのかな。それとも、本当にその生み出す能力と洗脳の能力、二つ持ってるのか」

「そんな操る魔法、見たことも聞いたこともないなあ……。閉じ篭った場所にいるボクだから、本当にそういう魔法があるのかもしれないけど」

「でも、能力ってなんでもありなんだよね。ってなると能力二つ持ちの可能性も否めない……それってずるくない?」

「それをあんたが言うの?」


 いや普通に、最強レベルの能力二つ持ちと劣化コピーだったら前者の方が強いだろう。その上空間魔法も操るとなると……本格的にクロスが太刀打ちできる相手じゃないように感じてきた。


「――もしかして、あそこかい?」


 しばらく歩き続けたところで、リンが声を上げた。変化もない山、平坦な道でつまらなく感じていたところだ。わたしは走ってリンの隣まで行く。すると、


「うわあ……」


 谷。本当に谷だ。

 もう少し進んでいくと着くだろう。谷のギリギリの場所にボロボロの家とも呼べないような建物が並び、一本だけつり橋がかかっている。それも今にも崩れてしまいそうな橋だ。わたしの視力じゃあまり見えないけど、住民もぱらぱらといる。

 少しでも踏み外せば谷底へ真っ逆さまだろう。生活している中で落ちてしまわないのかと不安になるわたしの隣にナオが並ぶ。


「そう。ここが奈落の谷。異形の者たちが住まう場所よ」


 ナオは谷を見下ろしながら淡々と説明する。そして、髪を耳にかけ。


「私も昔、ここで暮らしてたの」


 ナオの耳は、普通のものとは違って尖っていた。

 

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