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第一章 29 これまでの日々のホントとウソ

 青空もそう長くは続かず、日が暮れる頃には、また雨が降り始めていた。午前中の嵐とは違って、静かに長く降り続ける雨だ。


「遅いな、ナオ」


 わたしはぽつりと呟いた。あまりにも遅すぎる。ナオもこんなに時間がかかるなら一言教えてくれているはずだ。

 雨も降っていて暗くなってきたというのに、警備は薄くなるどころか人数も多くなっている。ただ、夜の方が良からぬことを企んだりする連中も動くだろうし、それは当たり前かもしれない。わたし達もその連中に含まれそうな動きをしてるんだけど。


「そうだね。一人じゃ妖精図書館に帰れないはずだから、獣人界にいることは間違いないと思うんだけど」


 わたし達がこうしてナオを待ち続けているのは、それが理由だった。わたし達が帰ったらナオが帰れない。それなのに、ナオは一向に現れない。


「暇だし何か話でもしよっか。あ、そうだ。クロスがわたしの敵って話は伝えたっけ?」

「初耳だよ」

「そっかそっか。昨日ナオが教えてくれたんだけどね」


 わたしはフードを被りなおして続ける。


「クロスが人間を全員異空間に封じ込めたんだって。この世界を自分のものにするための第一歩として。リンの分析とほとんど同じだったよ。流石リン」

「褒められても嬉しくないね。千年前の悲劇を起こした竜がまだ生きていたなんて、聞くだけで絶望しか感じられないよ」


 リンがそうため息をついた。なんだか諦めに似たその口調はリンには珍しい気がして、わたしは目を瞬かせる。


「なんか珍しいね、リンがため息つくの」

「別にボクだってため息くらいつくよ。それくらい嫌な状況だ。竜は千年も生きられるほど長命なのかい?」

「いや、わたしに聞かれてもわかんないんだけど」


 異世界初心者のわたしがそんなこと知るはずもない。


「クロスに対抗する手段とかないの? 逆鱗みたいな……いや、それはちょっと違ったか」

「それこそナオ君に聞くべきなんじゃないのかい? ナオ君は竜のことに詳しいんだろう?」

「だってこの場にいないし」

「うーん、ボクが知っている情報は一つだけだよ。それもまったく役に立たないもの」

「じゃあそれ教えてよ」


 役に立たないと思っていたものが、意外なところで活躍する。そんな奇跡も起こったりするわけだから、聞いておいて損はないだろう。

 わたしが食いつくと、リンは眉をひそめて不満そうな顔で言った。


「竜は空の守護者の使いだ。だから、クロスの操る呪いの類も空の守護者なら退けることが出来るんじゃないかという噂。ただ、その守護者は他でもないクロスに殺されてしまったから、もう確かめようもないんだけどね」


 なるほど。これから先もしかしたら、空の守護者の生き残りに出会えるかもしれないから覚えておこう。もしかしたらの話ね。普通に考えてありえない話だけど。


「まあ、まさかそんな竜王に真っ向から立ち向かってくつもりもないけどさ。どうにかして出し抜かないと……」


 わたしは顎に手を当てて考え込む。

 わたしだってこんなところで考えているより、今すぐ王城に殴り込みに行った方が早く物事が進むことはわかっている。だけど、わたし達の場合それが必ずしもいい結果に繋がるとは限らないし、物事が早く進んで研究所行きとかになったら笑えない。慎重に行動する必要があるわけで。


「此の術は過去と未来をも結び……なんだった?」

「? それは転移魔法の呪文かい?」

「そうそう。続きなんだったかなーって」


 突然何かを唱えたわたしに、リンが小さく首を傾げた。


「ああ、『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』だよ」


 ああ、確かにそんなようなやつだった。ここ数日練習してなかったから忘れてたよ。

 何度か復唱し、なんでわざわざこんなにわかりにくい呪文にするのかと首をひねる。

 別に転移するときに、星が輝き続けなくてもいいじゃんかと思うんだ。この呪文を考えた人は相当星が好きだね。リンとかも星が好きらしいし、なんだろう、こっちだと特に星が親しまれてるんだろうか。

 そこまで考えた時、ようやくこっちを不思議そうに見ているリンに気付いた。


「ああ、ごめんごめん。転移魔法って使えたら便利だなって思ってさ。それで呪文を唱えてみた感じだよ」

「そうなのかい? それならちょっとした注意点を伝えておかないとね」


 リンはぴっと人差し指を立てて講義するように胸を張る。


「この魔法は、行先を特に考えないまま使うと知らない異空間に飛ばされる場合もあるから気をつけてね。その時は、確実に、帰ってくるときの転移を成功させないといけないから難易度が高いんだ。自分の思い入れの強い場所に転移してしまうこともあるけど、圧倒的に異空間に閉じ込められてしまう事例の方が多いからね。特にこの失敗は魔法を安定して使えない人に起こりやすいから、帰ってくるのは至難の業なんだよ」

「うわ、すっごい怖い話聞いた」


 ちゃんと転移先をしっかり考えてから練習しようと心に誓った。

 

 そんなことを話していても、まだナオは現れない。

 

 辺りを見ると、もうすっかり暗くなっていた。完全な夜の訪れだ。もうそろそろ覚悟を決めないといけない。わたしは短く息を吸う。


「リン、ナオが昼に言ったこと覚えてる?」

「用事があるから遅れる、先に行ってて、みたいなことだったような」

「そのあとだよ」


 その後、わたし達は頷いてナオと別れた。その時の言葉が、不穏な響きで記憶に残っていた。


「じゃあね、って言ったら、さよならって返してきたんだよ。それがこわくてさ。さよならってそんなに頻繁に言うことじゃないじゃん。それで、今来ないし……。ナオは最初から、もうわたし達に会うつもりはなかったんじゃないかな」


 どうしてそんなことを考えたのか。わたしは難しい顔をするリンに向かって、小さく首を傾げた。


「今からわたしの推測の話するから、聞いてくれるかな。あ、別に何も言わなくていいよ。ただ聞いてくれればいい。頭の整理するために話すだけだから」


 無言でリンが頷く。わたしは壁にもたれかかった。


「ナオは、スパイなんじゃないかって思うんだよ」

「…………」

「根拠って言えるほどのものじゃないけど、あまりにも竜とかについて詳しすぎるからさ。大体、クロスの思惑まで知ってるのはおかしいし」


 タケを助けに行った時もそうだ。あんな抜け道、それこそ竜の眷属じゃないと知っているはずがない。


「城下町に出入りしてたはずなのに詳しくなかったりとか、これまでで疑問に思ったこととかまだまだあるんだけど、それは割愛して。とにかくその可能性が高いってのがわたしの推測。ガバガバだよ。でも、本当なんじゃないかって気がするんだ」


 この結論に辿りつくためのヒントをたくさんナオから貰った。まるで「自分はスパイですよ」って気づいてもらいたがっているようで。

 いや、本当にそうだったのかもしれない。


「たぶん、ナオが調べてたのはわたしのことだろうね。それで、ある程度調べ終えたからさよならだったのか、はたまた他の理由があるのかは知らないけど。でもとにかく、そういう理由で、もうわたし達に会うつもりはないんじゃないかって思うんだよ」


 そこまで話して、ふっと肩の力を抜く。すると、ずっと口をつぐんでいたリンが顔を上げた。


「そうだったとして、アヤ君はどうするつもりなんだい?」


 リンのエメラルドの瞳に見つめられ、わたしは少し笑った。


「もう一回会いたいなって感じだよ。ナオがスパイだったとしても、一緒に遊んだり騒いだり、励ましてもらったりしたのは事実だからさ。ナオの本心を聞きたい」


 今までに見せてくれたナオの笑顔が、言葉が、全部偽物だったなんて信じたくない。ナオがわたし達にずっと嘘を吐き続けていたなんて思えない。わたしが知っているナオが、全部こっちを油断させるための作り物だったなんてありえない。

 昨日の夜、躊躇うように、でも優しく頭を撫でてくれたあの手を思い出す。


「それで、もしナオが嘘じゃなかったよって言うんなら……わたしは絶対にナオをこっちに連れ戻す。それで、美味しいご飯を作ってもらう。誰が何と言おうと、わたしがそうしたいからそうする」


 そんなに上手くいくはずないって思われるだろう。でも、こんな時はただただご都合主義な展開を信じるのが最適解なんだと確信している。


「そういうのが主人公だもんね、リン!」


 わたしが知っている主人公は、それを信じて疑わない。

 それならわたしも。わたしもリンが記す物語の主人公だから。主人公の吉田彩は、そんなご都合主義を信じて突き進むしかないのです。


 真剣な表情だったリンが、わたしの言葉を聞いて笑った。心底おかしそうに、嬉しそうに。


「うん。その通りだよアヤ君」


 わたしも笑い返して体を起こした。


「そうと決まったからにはここでぼんやりしてるわけにはいかないよね。とりあえず歩いてみよう」

「ナオ君を見つけるために?」

「そして話をするために」


 路地裏を抜けて、城下町の出口へと進んでいく。きっと午前中が嵐だったからだろう。昼過ぎから出かける人も少なく、今日の城下町は閑散としていた。あちこちにできた水溜りを避けていると、こんなことをしなくていい妖精がうらやましくなる。


 城下町の中心、お洒落な店が立ち並んでいつも人が集まっている場所でさえ、今日はあまり人がいない。


「んー、どこに行けばいいんだろうな……」


 そう呟いたその時。


「彩」


 突然に、待ち望んでいたその声がわたしの名前を呼んだ。咄嗟に声がした方を振り返る。


「ナオ?」

「ええ、そうよ」


 街灯の真下でナオが笑って立っている。小さく手を振るナオは、フードで顔を隠すこともせず、堂々とそこにいた。今までだったら絶対にしなかったであろうことだ。

 ……ナオ?

 もう一度心の中で問いかける。明かりに照らされるナオが別人のように見えたからだ。違和感がもやもやと纏わりつく中、わたしは息を吸って一歩歩み寄った。


「まさかナオの方から姿を見せてくれるとは思ってなかったよ。ちょっと話したいことがあってさ。付き合って――」

「私の方からもお願いがあるの」


 ナオが微笑み、ゆっくりとこっちへと歩み寄ってくる。一歩、また一歩。ナオが近づくたびに増していく違和感に混乱する。

 違う、違う。何かが確実に……。


「彩、クロス様のために死んで」


 ナオの姿をしたナオではない何かは、ナイフをちらつかせて猟奇的に微笑んだ。


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