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第一章 3 妖精図書館

 さて。

 この状況下、わたしはどう出るべきだろうか。

 ニコニコしている妖精をみつめながら、わたしはやけに冷静な頭を働かせる。たぶん、人間っていうのはある一定のラインを越えたら何かの境地に達するのだろう。わたしはその境地を切り開いてしまった。まあ、それは別として。


「……これは一体、どういうことなんでしょうか?」


 数秒間の思考の末、結局わたしはどストレートに疑問をぶつけた。

 なんで本を開いたらここに来たのか。ここはどこなのか。そして妖精とはどういうことか。その三つを含めた「どういうこと」だ。

 

 妖精は何度か頷き、「気になるよね」となぜか共感してきた。


「単純と言えば単純なんだけど、ゆっくり説明した方がいいかな。不安だとは思うけど、取って食べたりしないから安心して」

「安心……?」


 どこに安心できる要素があるのか。あ、初めて顔を合わせたのがかわいい妖精ってことくらいかな。まあ妖精が実在すること自体が突飛なんだけども。


「じゃあボクについてきてねー」


 ぱたぱたと小さな羽を動かして、妖精が飛んで行ってしまう。ここで妖精を見失ったら確実に永遠の迷子コース確定なので、慌てて後を追う。

 

 妖精についていくと、さっきまでの迷路は一転、すぐに開けた場所に着いた。

 やたらと大きなテーブルがあり、その脇にソファ。奥の壁には小さなドアがついていて、なんだか豪華なネズミの家を想像した。いや、順当に考えて妖精の部屋なんだろうけど。そして、わたしのすぐ隣には彫刻が施されたオシャレな扉がある。こっちは通常サイズで、わたしでも普通に出入りできそうだ。

 

「緊張しているみたいだね? ボクは悪い妖精じゃないから、肩の力抜いてよ。ボクのことを信用してくれないと話も始まらないしね」


 ぐるぐると肩を回しながら妖精は笑う。とても悪人には見えないその笑顔を見て、なんとなく信じてもいいような気がしてきた。なんか……笑顔の力って偉大だな。

 わたしは一度大きく深呼吸して、それから笑顔を浮かべてみる。うまく出来たかはわかんないけど、とりあえず挨拶だ。


「はい。えっと、なんか失礼な態度とっちゃって、すいませんでした」


 ぺこりと頭を下げると、妖精――いや、リンさんはその小さな手でテーブルを示した。


「いいよいいよ、気にしないで。ボクも紛らわしいことしたのは自覚してるし。君の不安をもっと取り除いて安心してもらえるように、さくっと説明してしまおう。アヤ君もその方がいいよね?」

「あ、はい……って、名前も知ってるんだ」

「知ってるんだなー」


 ……もういいや。個人情報保護法を信じられなくなったけど、ここにきてまでそんなのを持ち込むのはナンセンスだ。郷に入れば郷に従えって言うし。

 わたしは椅子を引いて座り、テーブルを挟んでリンさんと向かい合う。リンさんは妖精サイズのふわふわ浮く椅子だ。なんかファンタジー感に溢れてて最高だよね。


「それで、わたしはどうしてここに来ちゃったんでしょうか? 何かの手違い?」

 

 尋ねながら、自分でも考えてみる。

 例えば、実はわたしは大昔に世界を救った勇者の子孫で、今再び魔王の危機にさらされている世界を救うために召喚された……とか、もう厨二病は卒業したんだよ!

 ダメだ、危険じゃないって思ったら一気に気が抜けた……。これまでの十五年間で蓄積されたファンタジー脳と好奇心の歯止めがかからなくなってきたよ。


「いや、手違いじゃないよ。ボクが呼んだから」


 一人頭を抱えて蘇ろうとする厨二心と戦っていると、リンさんがきっぱりと答えた。人差し指をクルクル回してからピッとわたしに突きつける。


「リンさんが? またどうしてわたしを……」

「依頼を受けたからだよ。君の物語を書いてほしいってね」

「わたしの、物語?」


 リンさんの言っている意味がわからず、わたしはただ目を瞬かせる。


「うん。まあ、訳あってこの図書館は常にボクしかいないんだよ。そうすると暇だろう? だから、館長の仕事の合間に色々やってるんだ。今回はそっちに関する依頼だね。他に質問はあるかな?」

「気になることは多すぎるくらいあるけど、その中でも一番のを一つ。なんでこんなに良い図書館なのに人が来ないんですか」

「そっちかー。うん、そこはトップシークレットかな。良い図書館だって褒めてくれたのは嬉しいんだけど」


 なんだと。そうやって言われると気になるのが人間の心というもの。必ず暴いてやろう。


「じゃあ、わたしの物語ってどういうことですか? それに、誰がそんな依頼を……。わたしをピンポイントで指定してきたってことですよね」

 

 リンさんが求めていたであろう質問を口にすると、リンさんは小さく首を傾げた。


「ボクもそこら辺はなんとも。依頼人については守秘義務があるから、そこも何も言えないね」

「え、今のわたしの質問意味あった!?」

「ないけど、その方がアヤ君の不安も解消できるかなって」

「何も解消されてない上にわたしの守秘義務が守られていない件について」


 なんなんだこの妖精ペースが掴めないぞ。

 ただ、ずっと唖然としてリンさんを見つめているわけにもいかない。わたしは小さく咳ばらいをしてから次の質問に移った。


「っていうか、まず、わたしは本を開いてここにきたんです。それもリンさんの仕込みってことですか?」

「少し人聞きが悪いけど、まあそうだね。説明した方がいいかな?」

「是非」


 わたしが頭を下げると、リンさんは満足げに胸を張った。それから何やらぶつぶつと唱えると、わたし達の前に地図が滑り込んできた。

 ……え、今の何?


「え、あの、今のって魔法!?」


 思わず立ち上がって叫ぶと、リンさんは驚いたようにわたしを見た。


「おお、すごい食いつきだね。今のは『転移』の術。これをアヤ君が開いた本にかけておいたんだ。ボクたちの間では別の呼び名があるけど、他の界では『魔法』と呼ばれているらしい」

「魔法……っ。初めて見た!」


 この興奮よ! まさかこの目で魔法を見ることが出来るとは! いや、もう、なんかやばい。興奮で語彙力が著しく低下しちゃってるよ。


 そんなわたしに、リンさんは更に驚きの事実を言ってのける。


「それじゃあ、この世界に『能力』が存在しているのは知っているかい?」

「…………は?」

「知らないみたいだね。その説明もいる?」

「お願いします!」

「それじゃ……コホン。『能力』は、この世界全体に存在している。人間界以外にも世界はあるんだけど、そこはまあ割愛しようか」

「あの、能力のニュアンスはなんとなくわかるんです。特殊な力を持っているってことですよね?」

「そうそう。話が早くて助かるよ」


 待ちきれずに口を挟むと、リンさんはニッコリ笑った。


「それで、世界には能力を操ることができる『能力者』もいる。まあ、本当に少数なんだけどね。情報統制と、能力者が息を潜めているのもあって、人間界ではあまり知られていることじゃない。アヤ君が知らないのも当然のことさ」


 リンさんの話を聞き、わたしはある決意をしていた。

 もうリンさんが何者であろうと、誰が何を依頼していようとどうでもいい。せっかくこんな摩訶不思議な世界とつながりを持てたんだ。このチャンス、逃してなるものか……!


「あの!」


 わたしはテーブルを叩いてリンさんをまっすぐにみつめた。リンさんは「なんだい?」と目を丸くして聞いてくる。


「わたし、受けます。乗ります」

「え、何を?」

「だから、その……依頼とやらを!」


 ばしっと胸を叩き、わたしは叫ぶ。


「わたしの……吉田彩の物語、書いてください。ぜひとも書いてください!」

「っ、本当にいいのかい?」

「はい! もう煮るなり焼くなり好きにしちゃってください!」

「そんなことしないよ!?」


 ツッコミを入れたリンさんの顔には、ほっとしたような表情が浮かんでいる。


「良かった。断られたらどうしようかと思ってたよ。初めは全く信用してくれなかったからね」

「う、すいません……。これからわたしはどうしたらいいですか?」

「んー、ボクもよくわかっていないんだよね」


 リンさんはしばらく思案していたけど、やがて「よし」と小さく頷いた。


「これから、時間があるときにここに来てくれないかな。それで、一緒に話をしよう。まずはお互いのことを知るのが一番だと思うんだ。この本は渡しておくから」


 はい、と手渡された字のない本を受け取り、胸に抱きしめる。


「わかりました!」

「うんうん。もっと話したいことはあるけど、もう時間が遅いからね。それと、これからは敬語じゃなくていいよ。気楽に行こう」

「あ、はい……じゃなくて、わかった。――リン、これからよろしく!」

「よろしくね、アヤ君」


 リンが微笑み、わたしも笑い返す。それから、ゆっくりと受け取った本を開いた。

 その時にちらりと視界に入ったリンの表情が哀しそうに見えたのは、きっと気のせいだろう。

 白い光があふれ出す――。


 

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