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第一章 27 次なる関門は

「あのー、すいません」


 わたしは城下町の少し手前のところで、通りがかった同年代のウサギの女の子に声をかけた。女の子はくるりと振り返り、長い耳を揺らす。


「はい?」

「私達、城下町の商店街に行きたいんですけど、来るのが久しぶりで……。道案内してもらえると嬉しいなって」

「商店街? そこなら私の家の近くなんだ。いいよ、案内してあげる!」


 傘のおかげで、フードもあまり目立たない。そもそもお互いの顔もよく見えないくらいだから、女の子は快くオーケーしてくれた。


「ありがとう! いやー、助かるよ。少し買いたいものがあって、こっちまで遠出してきたんだけどさ」

「そうなんだ。二人はどこから来たの?」

「ここから少し北のノマールの町から。やっぱり城下町じゃないと良いものが買えないじゃない?」

「そうだねー。ここは獣人界で一番賑わってるから! ここで暮らしてると不自由なんてないもの」


 話しやすい子だ。利用しているようで申し訳なくなる。

 密かに心を痛めながら、わたし達は三人おしゃべりをしながら城下町へとつながる門を通りがかった。その門の脇には、険しい顔をした門番が立っている。


「…………」


 門番は何も疑問を抱かないようで、わたし達は何もトラブルを起こすことなく城下町に入ることに成功した。


「よし!」

「どうしたの? 何か嬉しいことでもあった?」

「ううん、久しぶりに城下町に来られたから嬉しくって。こいつもそうなのよ」


 思わずガッツポーズするわたし。首を傾げるウサ子。すかさずフォローに入るナオ。

 「余計なことするな」と言いたげなナオの視線を受け、わたしは首をすくめた。


「そっかぁ。私はずっと城下町で暮らしてるからあんまり感じた事ないけど、やっぱりここって憧れだったりするの?」

「もちろん。城下町と言えば、衣食住すべてが獣人界で最高でしょ? それは憧れもするわよ」


 正直なところ、わたしはここにトラウマしかないけどな。衣食住のレベルがトップクラスだからといって、第一印象はそう簡単に塗り替えられるものじゃない。でも、落ち着いたらここで買い物とかはしてみたい気もする。

 

 この前の大通りを横切り、わたし達はあっという間に商店街に到着した。


「ありがとう! すっごく助かったよー」

「お礼に何かごちそうしたいんだけど……」

「ううん、いいのいいの。私もあなたたちと話せて楽しかったし」


 屈託のない笑顔で手を振るウサ子に、わたしはまたも罪悪感に駆られる。

 わたし達が誤解を解いて合法的にここに出入りできるようになったら、絶対にまたこの子を探し出してお礼を言おう。例えば、オシャレなスイーツか何かをごちそうしてあげてさ。

 わたし達の正体を知った時、この子が今と同じように笑いかけてくれるかはわからないけど。


「本当にありがとう! またね!」

 

 わたしは手を振ってウサ子と別れた。


 まさか、本当に商店街に来たかったわけじゃない。わたしはきょろきょろと辺りを見回す。


「研究所ってどこにあるんだろ」

「さあ……」


 ぼんやりとした答えを返してくるナオの横顔をわたしはじっとみつめた。


「なに?」

「……や、なんでもない。ちょっと気になっただけ」

「何がよ」

「ほんとになんでもないんだって」


 眉をひそめるナオに、わたしは頑として言い放った。ナオもそこまで言われてまだ追及するような性格ではないので、不思議そうな顔をしながらも「そう」と短く頷いただけだった。


「とりあえず研究所を探そうよ。そうしないと始まらないし」

「そうね。どこにあるのかな」


 ――本当に、ナオは城下町を訪れたことがあるのだろうか。

 

 それが、わたしが抱いた疑問だった。


 ナオの話では、ナオは生活費を城下町にある依頼板とやらで稼いでいるということだった。しかもその口ぶりからは、何度か依頼を受けているような感じもした。

 でも、今日ここに来て不思議に思うことがいくつもあった。

 ナオは城下町の警備が厳重だということはよく知っていたけど、城下町の中のことはまったく知らない。だからさっきのウサ子さんのように、見知らぬ人に手助けしてもらう作戦をとったのだ。

 本当に、ナオは城下町を出入りしていたのだろうか。

 

 別にわたしはナオの事情とかに首を突っ込むつもりはない。逆にそれを尊重したいと思っている。でも、今のままだといろいろ食い違ってきてしまう。

 それでもわたしがこれを口に出せなかったのは、ただ単純にわたしの甘えだろう。これを聞いたら、きっと核心に触れてしまうから。もう少し居心地のいい時間を過ごしたい、そんな一心だ。


「やっぱり、あのウサ子ちゃんに最初から研究所のこと聞いとけばよかったかな」

「怪しまれそうだからやめようって言ったのあんたじゃない。言い訳なんて考えようと思えばいくらでも思いついたのに」

「だって、あれ以上あの子を騙すのはわたしの良心が痛むし」

「今更?」


 正論を返されたのでスルーを決め込む。後ろでナオがため息をつくのを感じながら、わたし達は城下町の探索を開始した。

 実は、始めてみれば研究所はすぐに見つかった。でも。


「うわあ、警備がすごい……」


 その警備の数が、城下町の入り口の比じゃなかった。わたしは手前の建物に隠れるようにしながら、研究所の様子を窺う。ずらりと並ぶ屈強な男たちを見ると、それだけで気力もなくなるってものだ。


 研究所というより、ここは研究区画。この区画全体が能力者の研究に関わっていて、ここの中心部に研究所がある、というような配置だ。そもそも研究区画自体が関係者以外立ち入り禁止で、わたし達じゃ近寄ることもできないような場所だった。


「これ、マツさんスーパーエリートだったんじゃない?」


 こんなところで働いてたら、給料とかかなり貰えていただろう。でもまあ、お金に困らないのと幸せなのは別ってことだろうか。村で生き生きとした表情を見せるマツさんのことを思い出すと、なんとも難しい。


 そんなことを考えながら、ここで小一時間粘った。しかし警備が薄くなるというような都合のいい展開にはならず、ナオがわたしの肩を叩く。


「もうそろそろ帰って次の案を練った方がいいと思うわよ。ずっとここにいても何も変わらなさそうだし」

「んー、そうだよね……撤退するしかないか」


 マツさんには申し訳ないけど、そううまくはいかないみたいだ。わたし達は肩を落として妖精図書館に帰った。


************************


 ずっとわたしのカバンの中で眠っていたリンは、妖精図書館に着くと眠そうな目を擦りながらわたし達に聞いてきた。


「それで、成果はどうだったんだい? ふわーあ」

「場所はわかったけど全然だめ。入れそうにない。リンさん、お昼寝はどうでしたか?」

「最高だね。最近夜更かしばっかりしてたから……」


 そう言ってまた欠伸をする。ナオはちらりと時計を見上げ、「もうこんな時間」と呟いた。


「どうりでお腹が空いたわけだわ。今から昼ごはん作るから彩も手伝って」

「了解です」


 時計は昼過ぎを示していた。さっきまでは緊張でピリッとしていたのもあってか空腹感を感じることはなかったけど、今はもうお腹がなりそうなくらいだ。

 わたしは敬礼をして、ナオについてキッチンに入った。


「その中から緑色の蓋の入れ物取ってくれる? 昨日の夜下準備しておいたやつ」

「はいはい」

「あと、棚から鍋も出しておいて。それで彩には麺を茹でてもらいたいから。麺の茹で方くらいわかるわよね?」

「たぶん? なんかマズそうだったら教えて」

「不安しかない」


 麺を茹でている最中もいろいろ頼まれ、わたしはキッチン内を動き回る。こっちに来て知ったのは、料理が意外と体力を使うってことだ。今まではお母さんに全部やってもらってたから、そんなこと知らなかった。つくづく親不孝な娘だと反省している。


「ナオってば人使い荒いなあ」


 洗い物をしながら冗談交じりに呟くと、ナオがソースをかき混ぜていた手を止めた。神妙な面持ちでわたしを見る。


「私ってちゃんと、彩と友達みたいにできてる? 変じゃない?」

「えっと。それはどういう意味でしょうか」


 わたしを友達だと思ってないってことだろうか……。あからさまに表情を曇らせてしまったらしく、ナオが珍しく焦ったように「違うのよ」と否定した。


「私、友達っていなかったからどういうことをするものなのかわからなくて。とりあえず私の思う友達をしているんだけど、どこか違ってたらどうしようって思って。それで彩が不快な思いしてたら申し訳ないし」


 思わぬカミングアウトに、わたしも「へ?」と洗い物をしていた手を止める。ぐつぐつとソースが煮詰まる音、ジャバジャバと水が流れる音。無言が数秒間続いてから、わたしはぶはっとふき出した。


「あっははは、全然してないから安心してよ。いや、まさかナオがそんなこと考えてたなんてなー」

「な、によ、文句あるの?」

「文句なんてないよ。むしろ嬉しいくらい」


 少し顔を赤くするナオに、わたしはびしっと指さす。


「だって、ナオはわたしのこと友達だって思ってくれてるんでしょ? なんか嬉しいよ」

「……私には、彩のことを友達って思う資格なんてないのかもしれない」

「え、もしかしてわたしの勘違いだった? すっごい恥ずかしいんですけど」


 暗い顔で返されて、動揺したわたしはバシャバシャと音を立てながら食器についた石鹸を洗い流した。


「とにかく、ナオの態度に不満を持ったことはないよ。いや、結構厳しいなって思ったことはあるけどそれくらい。それにナオはこれくらいツンツンしてる方がいいと思うよ」

「何を言ってるのかよくわからないんだけど、でも、彩――」

 

 ナオがなんだか真剣なことを言おうとしたその時、なんだか辺りに焦げ臭いような匂いが漂ってきた。


「あれ、なんか焦げ臭くない?」

「確かに…………あ」

「あ」


 ナオが完全に停止していた手と、ソースが入っていた鍋を見る。

 かき混ぜていなかったソースは底の方が焦げ、この匂いの正体はこいつのようだった。


「ナオーー!!」

「ごめんっ、ちょっと考え事してて――!」


 いつもと立場が逆転したわたしとナオ。

 二人でやいやい言いながら準備したミートパスタはこれで台無しとなり、結局いつものスープに茹でたパスタをぶち込むスープパスタが今日のお昼ご飯になったのだった。

 

 

 


 

 



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