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第一章 26 次なる地へ

 タケたちと遊んでいると、いつの間にか日が暮れかけていた。子供たちには七並べや大富豪、スピードなどなど知っている限りの遊びを教えたから、とりあえずわたしの仕事は終わっただろう。残念なことに、ずっとここでみんなと遊んでるわけにもいかないんだよな……。


「じゃあもうそろそろ解散だな!」


 タケがそう言ってカードをテーブルの上に置いた。それを聞いて、みんな名残惜しそうな顔で帰る支度を始める。わたしとナオはトランプもどきの片づけだ。


「今までみたいに毎日は来れなくなるだろうから、それまでにトランプ強くなっとけよー。大富豪でわたしに勝てるようになりなさい」

「七並べなら私に勝てるようにね」

「ナオちゃんも彩ちゃんもおとなげないんだもん!」

「手加減するのはわたしの流儀に反するんで」


 そんなこんなで階段を下り、タケ家の玄関まで一列になってぞろぞろと行く。玄関の前で「お邪魔しましたー」と声をかけると、なんだか慌ただしい足音がバタバタと聞こえてきた。


「みんな気をつけて帰るんだよ! それで、彩ちゃんとナオちゃんはこっち来て!」


 ウメさんがドアの隙間から顔を出し、わたし達に向かって手招きする。報酬なら受け取ったけど……まだ他にも?

 ナオを見るも、ナオも見当がつかないらしくきょとんと首を傾げた。


 また居間に通されて椅子に座ると、ウメさんが「何度も悪いね」と謝って来た。


「こいつがまた伝え忘れたとかなんとかってうるさくってね」

「はは……ごめんなさい。伝えておかないと、どうしても私の気分というかそういうものが落ち着かなくてですね」


 マツさんが頭を掻きながらぺこぺこする。ウメさんはマツさんに任せることにしたのか、キッチンの方へ回っていった。


「お二人は、次にどこを目指すかなどは決まっていますか?」

「いや、全然決まってません。正直行き当たりばったりな感じです」


 この村に辿りついたのもとりあえず人里目指そうぜ的なノリだったわけで。堂々と答えると、マツさんは「そうですか」と苦笑いだ。でも、すぐに表情を引き締めてわたし達を見た。


「気分を害されるかもしれませんが、伝えさせてください。実は私は、彩さんたちに会った時から、お二人が能力者であることを知っていたんです」


 突然のマツさんの告白に、わたしは「え?」と目を丸くする。マツさんが、わたし達の正体を知っていた……?


「私は以前、城下町の研究所で、研究員として働いていました。研究所はご存知ですか?」


 研究所。獣人界で虎の獣人に会ったときにそんなようなことを言っていた気がする。能力者は研究所に連行しろ、だったっけ……?

 記憶を辿るのに全力なわたしの代わりにナオが答える。


「いえ。そんなような建物があることは知っていますが、詳しくは。どんな場所なんですか?」

「……能力者からエネルギーを抽出するための施設です」


 マツさんは表情を少しも崩さずに淡々と答えた。わたしはマツさんが何を言っているのかわからず、顔を上げてマツさんをみつめる。

 マツさんは、テーブルの縁に置いてあったオシャレなランプを手に取った。


「例えばこれ、何で動いていると思います?」

「ええっと……電池、とか」

「彩さんがどこからいらしたのかはわかりませんが、あなたのいた場所にはそんな優れたものがあるんですね。一度見てみたいです」


 トントンと、ウメさんが何かを包丁で切る音が聞こえる。ナオがさっきまでより鋭い目でマツさんを見ているのが、隣にいるだけで伝わって来た。


「この獣人界は、ほんの百数十年ほど前から急激に文明が発達しました。なぜ突然文明が発達したのか。それは、ある研究者が能力の『別の可能性』を見つけ出したからです。彼は、能力が使用される際に生み出されるエネルギーを取り出し、それを私達の生活で使用する燃料に変換する方法を発見しました」


 わたしは自分を照らしている明かりを見上げた。こうして暮らしていると、人間界と何ら変わらないように思える。でも、裏側の仕組みはまったく違っていて。

 

「その技術により、獣人界全体でとてつもない革命が起きました。みるみるうちに生活は豊かになり、暮らし方も大きく変わった。しかし、私達の生活に欠かせないその燃料は、能力者からしか得られません。研究所は、能力者からエネルギーを抽出、それを変換して供給する役割を担っています」

「……なるほど」


 マツさんの話に、ナオが顎に手を当てながら呟いた。


「道理で、こんなに急激に暮らし方が変わってるわけだわ。昔と比べると、まるで別世界に思えるほどの変わりようだから」


 何を納得しているかわからないけど、わたしもなんとなく理解はした。そのうえで聞いておきたいことも出てきた。

 わたしは「はい」と挙手する。


「いくつか質問してもいいですか」

「はい、どうぞ」

「じゃあ一つめ。研究所で燃料に変換されてる能力者って、無事なんですか」

「無事とは言い難いでしょう。私は直接能力者と関わる部に居たわけではないですから、詳しいことはわかりません」

「そうですか。二つめ。どうしてマツさんはここで暮らしているんですか? 城下町の研究所の研究員なんですよね?」

「今は違います。仕事を辞めて故郷に戻ってきて、妻の仕事を手伝って暮らしています」

「最後、三つめ。――どうしてわたし達を、研究所に連れて行かなかったんですか?」

 

 マツさんは何度も頷きながらわたしの質問を聞いていた。それから顔を上げて口を開く。


「言い訳をするようですが、私は元々気弱な性分だったものですから、自分の仕事が怖くて怖くてたまらなかったんです」


 正直、マツさんのことを気弱だと思ったことは一度もない。奥さんの尻に敷かれる系男かなと思っただけで、昨日のあの村人の前での宣言を聞いてからは、そのイメージも薄れたくらいだ。でもそこは本題とは関係ないだろうから黙っておく。


「能力者だからと言ってこんなことをして罰が当たらないのか。そんなことを考えていたら不安になり、仕事を辞めてこの村で穏やかに暮らすことにしました。ここに越してきて五年ほどでしょうか。息子も村に馴染み、この村が大好きだと言っています。本当に良かったと思い、能力者の犠牲に関する問題をすっかり忘れてしまおうと思っていました。そんなとき、あなた方が来たんです」


 グツグツと何かを煮込む音がして、美味しそうな匂いが漂ってくる。


「仕事柄、と言っていいのかわかりませんが、能力者と関わる仕事をしていたのでわかったんです。気配というか纏う空気というか、そういうもので。それにフードをはずそうとしませんでしたし、これは確実に能力者だろうと思いました。だから、依頼をしたんです。能力者はやはり私達の生活のために犠牲になってもらうべきなのか、それともともに暮らすべきなのか……そういうものを、判断するために」


 マツさんは首を横に振り、「駄目な大人です」と呟いた。


「今回の依頼を通して、能力者も私達と変わらないと知りました。彩さんもナオさんも、とてもいい人たちだ。もちろん、私達と同じように、能力者にも良い人も悪い人もいるでしょう。でも……駄目です。今の便利な生活を投げ捨ててしまえるほど、私は勇気がない。研究所に乗り込む力もない」


 そこで、ようやく話が繋がったような気がした。だからマツさんはわたし達を呼び止めたんだ。次はどこを目指すのか聞いて、研究所について自分のことを含めて教えてくれた。わたし達を研究所へ向かわせるために。


「ふ、あはははっ」


 思わず笑ってしまった。マツさんが目を白黒させ、ナオが訝し気にわたしを見る。それでも笑いが止まらなくて、わたしは目に浮かんだ涙を拭った。


「ごめんなさい、なんかおかしくって。確かにマツさんは気弱なのかもしれないな」

「はあ……」

「わたし達に研究所のことをどうにかしてほしいーって思ってるんでしょ? それならこんな回りくどく話さずに、そのまま伝えてくれればよかったんですよ。たぶんタケならそうする」


 とてつもなく失礼なことを口走っているけど、ナオも止めない。ウメさんまで興味ありげにキッチンから顔を覗かせていた。


「マツさんから依頼を受けて、この村でたくさん時間を過ごして、本当に楽しかったんです。昨日、マツさんがわたし達のことを信じるって言ってくれたときも嬉しくて」


 ちょっとショックなことが続いて落ち込んでたけど、この村でこっちの世界の人たちと関わって、この世界も捨てたもんじゃないなって思えた。「能力者」の存在がこの世界を歪ませているけど、その歪みがなくなった世界はどんな風なんだろう、って。そんな世界を知りたいと思えた。


「新たな目標を見つけられたのは、マツさんやウメさん、タケのおかげなんです。皆さんはわたしの恩人で、恩人の頼みなら喜んで聞きますよ。こんな遠回しにしなくても、さっき言ったみたいに、ストレートに伝えてくれればよかったのに。ね、ナオ?」

「うん、そうね。彩の言う通りですよ」


 ナオが、なんだか本当に嬉しそうに笑った。簡単な話だ。恩人から頼まれたから頑張ってみる。うん、単純。やっぱり物事は単純なのが一番だよ。


「まあ、わたし達は巨大勢力とかじゃないのでどこまで出来るかわかりませんし、そもそも城下町に入れるかも怪しいので任せとけなんてカッコいいことは言えないんですけど。ついでにいつになるかはわかりませんが、それでも絶対、今聞いた話を忘れたりなんかしません。それだけは約束できます」


 マツさんはわたしがしゃべりだしたときからずっと口をぽかんと開けている。しばらくしてからようやく口を閉じ、大きく息を吐き出して。


「やっぱり敵いませんね。彩さん、ナオさん。ご自分のことを最優先でいいんです。でも、研究所のことも頭の片隅に置いておいていただけるとありがたいな、と」


 穏やかに笑ってそう言った。今の表情こそが、マツさんの本心からの笑顔なんだろうと感じた。わたしもどんと胸を叩いて答える。


「はい。わかりました!」


 これにてポンポーコ村のエピソードは終わりってところだろう。次なる舞台は研究所。

 

 タケ家族全員に見送られて、わたしは笑顔で待ちくたびれていたリンの元へ走る。


「…………」


 気分が盛り上がっていたせいだろう。その時、ナオの表情が曇っていたことに、わたしは気づくことが出来なかったのだった。

 

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