第一章 25 取り戻した平穏
「うわっ!」
転移した先で、結局わたしは地面に落下した。といっても大した高さじゃなかったから、そんなに痛くもなかったけど。
ナオはこんな時でも華麗に着地。同じようにしりもちをついていたタケに手を貸そうとしたとき、少し不満げな声が耳に届いた。
「もう、びっくりしたよ! どうして駆けつけたら落下途中なんだい?」
むっとした顔でこっちを見下ろしているのはリンだ。落下していたわたし達を、転移の呪文で救ってくれた救世主。
わたしは片手で「ごめんごめん」と謝りながら立ち上がった。
「助かったよ、リン。飛び降りたはいいもののそっから先どうするか考えてなくってさー。さっすが頼りになる館長、ナイスタイミング!」
親指を立てて感謝すると、リンは不満そうだった顔をゆるませて「それほどでもないよ」と照れた。頼りになるけどわかりやすい館長だ。
「本当にリンが来てくれて助かったわ。波のある彩の能力に任せるの怖かったし。でも、どうしてあそこがわかったの?」
ナオの質問に、リンが軽く答える。
「簡単だよ。遠くから見てもわかるくらいに、誰かがあそこで暴れてたからね。いつもの場所まで迎えに行ってもいないし、時々火とか見えたし、まさかなーと思って行ってみたらあれだ。いろいろ事情はあったんだろうけど――」
「村!」
リンの話を遮って叫んだのはタケだ。タケはこぶしを震わせてわたし達を見ている。
「村はどうなったんだ!? 竜が来たけど、みんな無事なのか!?」
改めて考えてみれば、わたし達が能力者だとバレてからタケと落ち着いて話すのはこれが初めてだ。ミト達みたいに怯えているかもしれない。また拒絶されるかもしれないと恐れながら答える。
「うん、無事だよ」
「……そっか。それなら良かった」
タケはそれまでの焦りを消し、静かに頷いた。その表情からは特に何も読み取れない。タケの意識は、わたし達ではないどこかへと向けられているみたいだった。
村人たちのように憎悪や恐怖をぶつけるわけでもない。でも感謝されたり喜ばれたわけでもなくて、その事実が重苦しくのしかかる。
「っし、じゃあ村帰りますか。タケを連れて帰るってウメさんたちに言ってきちゃったからね。絶対、一刻も早い帰りを待ってるよ」
リンが転移で飛ばしてくれたここは、いつも集合場所にしている村の近くの場所だった。ここからなら五分もかからず村に着く。
わたし達は辺りを警戒しながら、村を目指して歩き出した。
「彩」
つい沈み込んでしまうわたしに、ナオが声をかけてきた。ナオは少し笑いながら片手を上げている。
「何はともあれ、竜を倒せたのよ。誇っていい。喜ぶしかないでしょ?」
「……ん。そうだね!」
わたしはナオに答えるようにして、全力でハイタッチ。バチン! と良い音が鳴って辺りに響き、ナオが顔をしかめる。
「なに、今の。あんたは力加減ってものを知らないの?」
「やだなあ、こういう時は全力でやるものだよ。ナオもハイタッチを知らないね?」
いつもの調子でやり取りをするわたし達を、タケが丸い目でじっとみつめていた。
村に着いた。雨が降っているというのに、村人たちは傘を差して村の中心に集まっている。
わたし達の到着にいち早く気づいたのはやっぱりウメさんで、タケの姿を瞳に映した途端、傘も放り捨てて走って来た。
「タケ!」
「母ちゃん……」
ウメさんがタケを抱きしめて泣いている。後ろからゆっくりとマツさんが歩いてきて、泣き続けるウメさんの背中を優しく叩く。
良かった、と心の底から思った。こんなに仲が良い家族が引き裂かれなくて本当に良かった、って。ほっとしてどっと疲れが出て、わたしはリンとナオと顔を見合わせて笑う。
でも、
「とっとと帰れ、竜の眷属め!」
村人の一人が叫んだ。わたしはその人を見る。確かロクのお父さんだ。ロクのお父さんは、声を震わせながら続ける。
「タケ坊を連れ戻してきたからといって、お前らが怪しいことには変わらんぞ! また得体の知れんものを引き連れてきやがって!」
そう言って指さしたのはリンだ。リンを得体の知れないもの、と表現したことに反論するべく口を開きかける。でも、リンはそっと首を横に振って「いいんだよ」と伝えてきた。
やっぱりそんなにうまくいくはずもない。昔から積み上げられた能力者への認識が、こんなことで塗り替えられるわけがなかった。
わたしは込み上げてくる感情を飲み込んで言った。
「帰ろう。リン、ナオ」
そのときだった。
「やめろよ!!」
悲痛な叫び声が村中に木霊した。立ち上がったタケが、悔しそうに村人たちを見ている。タケの声に、ざわめいていた村人たちは水を打ったように静かになった。
「タケ……?」
「こいつらは、オレを助けに来てくれたんだよ! 竜に食われて森の奥まで連れていかれたんだけど、それでもそこまで追いかけてきてくれたんだ! それで、あんな竜を倒したんだよ! オレを、村を助けてくれたんだぞ? なんでそんなひどいこと言うんだよ!!」
変わらず、雨は叩きつけるように降っている。その音に負けない声で、タケは訴え続ける。
「ルイスはな、つまんねーことで誰かを嫌ったりしないんだ。こいつらが能力者だろうと関係ねーんだよ! オレは彩とナオとずっと友達だ。それで、そこにいる初めて会ったやつともいずれは友達になる! 能力者だとかそんなことで、せっかく出来た友達なくしたくないんだ」
タケは息を切らしながらわたし達の方をくるりと向いた。満面の笑みで、こっちに向かって手の平を突き出している。
「さっき、お礼言えなくてごめんな。助けてくれてありがとう。オレがカッコ悪いところ見せちまったから、ちょっと恥ずかしいけど……でも、最高にカッコよかったぜ!」
その姿は、まさしくヒーローで。
傷ついた誰かをその勇気で簡単に救ってしまうような、とてつもない力を持っていた。
確かに竜には抗えなかったけど、それでもこうしてわたし達にいつもと変わらない笑顔を見せてくれた。それでわたしは、何よりも救われた気持ちになって。
「うん、どういたしまして。こっちこそありがと」
わたしはタケの手を強く握った。そのままぶんぶんと上下に振って感謝の意を伝える。
「忘れてたよ。お前が本物のヒーローだってこと」
「へへ、お前らには敵わねーって」
元気の良すぎる握手を続ける。タケの言葉に面喰っていた村人が、声を震わせて反論した。
「だめだ、能力者と関わったら……」
「私達も、彩さんたちを信じますよ」
マツさんが静かに答えた。普段が温厚なマツさんだからこその迫力があり、反論した村人が声を詰まらせる。
「元はと言えば、飛び出す息子を止められなかった私達に責任があるんです。彩さんたちは依頼を律儀に守り、傷を負いながら、こうしてタケを連れ戻してきてくれた。本当に感謝しています。だから、たとえ皆さんが何を言おうと私達は彩さんたちを信じます。これ以上、恩人の前で恥をかきたくない」
それから、マツさんとウメさんはわたし達に向かって深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、わたし達は……っ」
向けられるタケ一家の笑顔に、わたしはふと思う。
これが、わたしが能力を使って手にしたかったものなんだと。能力で、誰かの笑顔を守りたかったんだと。
それなら――まだ一歩目だけど、目標は果たせたんじゃないのかなって。
ナオとリン。どっちも、次のわたしの言葉を待つようにじっとわたしをみつめている。
わたしは息を吸って、今の感情をそのままにして笑った。
「わたしは、またこうしてマツさんたちと話ができて、嬉しいです」
なんともちぐはぐな返事。でも、それが今のわたしの嘘偽りのない言葉だった。
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明日また自分たちの家に来てほしい、とマツさんに言われ、わたし達は妖精図書館に帰った。道中や戦っている最中にボロボロになった服を着替えるためや、怪我を治してもらうためだ。
他の服に着替えてからさっきまで着ていた服を見ると、泥だらけだし焦げてるし破れてるしで思っていた以上にボロボロを極めていた。リンも「うわあ」と引き気味だ。
「これは派手にやったね。竜と戦ったんだし、当然か」
「当然だよ」
「ナオ君の服はアヤ君のよりキレイだね」
「当然でしょ」
同じ当然でも全然意味が違う。ギリリと歯ぎしりしながらナオを睨むと、ナオは勝ち誇ったように鼻をつんと上げた。
そんなことをしているうちに、時計は七時を指していた。もともとリンがわたし達を迎えに来る時間が五時ごろだ。それからゴタゴタがあったんだから、こんな時間になっているのもそれこそ当然。雨で一日中曇ってたから気づかなかったけど、本当に今日は激動の一日だった。
リンが用意していたパンとスープを食べると、今日一日の疲れがどっと出て、すぐに眠ってしまった。
翌朝、わたし達はまた村に来ていた。タケ家を目指して歩いているだけで、何人もの村人の視線が突き刺さってくる。いい気分ではまったくもってないけど、でも。
「おはよう、彩ちゃん」
家の前を掃除していたミトママが、控えめに声をかけてきた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
ナオと二人で声をそろえて挨拶すると、ミトママは少し気まずそうに目を逸らした。
「あの、昨日は本当にごめんなさい……」
「いえ。声をかけてくれて嬉しいです。今日も一日頑張りましょー、ですね」
エイエイオーと腕を突き上げると、ようやくミトママはほっとしたように笑ってくれた。頭を下げて別れ、タケ家のドアをノックする。
「おお、よく来たねー!」
勢いよくドアを開けて出迎えてくれたのはウメさんだ。ウメさんは満面の笑みを浮かべて、わたし達を家の中へぐいぐい押し込む。
リビングでは、もうマツさんが待っていた。
わたし達が椅子に座るのを待って、マツさんが口を開く。
「今回はありがとうございました。タケとまたこうして暮らすことが出来るのはあなた方のおかげです」
マツさんは小さな布袋を出し、わたし達に向かって差し出してきた。
「これが今回の依頼のお礼です。どうか受け取ってください」
「アタシたちの感謝を込めてだよ。正直まだ足りないくらいなんだけどね」
「ありがとうございます」
ナオが受け取り、わたし達は揃って頭を下げる。マツさんもウメさんもニコニコ笑っていて、なんだか初めて会ってここで話したことを思い出す。あの時に、タケのお守りの依頼を受けたんだっけなあ。まさかあの時は、こんな大事件が起きるとは思ってなかったし。
「皆さん忙しいとは思いますが、時間があればぜひ、タケたちに顔を見せてあげてくださいね。遊んでやったらとても喜びますから」
「はい。わたし達も遊べて楽しかったですから!」
笑って答えた時、なんだかドアの向こうで声が聞こえた。ウメさんが立ち上がってドアを開けると、子供たちが姿を見せる。ミトやモリ、ロク、女の子グループも。
「え、みんな……」
「なあ、彩!」
わたしが聞くよりも早く、子供たちがわたし達をぐるりと取り囲んだ。
「彩たちって悪い奴じゃないんだよな?」
「タケくんを助けたんだよね!」
「疑ったりしてごめんな」
「それでそれで、みんなで謝りにきたんだよ!」
全員が同時にしゃべるものだから、何を言っているんだかわからない。でも、みんないつものキラキラした目でわたし達を見ていた。
「こいつらな、またお前らと遊びたいんだって」
タケがやれやれと大人ぶった仕草で肩をすくめる。わたしはナオと顔を見合わせると、大きく頷いた。
「そういえば、七並べ教える約束だったね。今から教えてあげるから、タケの部屋いこう!」
「やったー!」
わたしとナオは、子供たちと一緒にタケの部屋へ続く階段を駆け上っていった。




