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第一章 24 炎竜との戦い

 わたしは今、壁を背に竜を睨んでいる。タケを背中にかばうような位置だ。竜の眼がわたしとナオを捉えた。


「……っ」


 何度か竜には出くわしてきたけど、ここまで至近距離、しかも逃げられない状況なのは初めてだ。思わず後ずさりそうになってしまうのも許してほしい。

 いや、わたしが許さない。わたしは一歩下がった分を取り返すように二歩前に進み出た。


「『風魔』!」


 相変わらず生まれるのは弱い風だ。ナオの時は結構使えたんだけどな、と心の中でぼやく。

 しかしこんなそよ風でも、竜はちゃんと感じ取ってくれたらしい。目がわたしをばっちりロックオンして、体ごとこっちに向いた。


「きた……!」


 わたしは同じように向きを変えて真横にダッシュ。入口の方へ逃げて、竜の注意をこっちに向ける。くそ、足震えるなよ……!


「グォォ!」


 竜が腕を振りかぶり、わたしめがけて振り下ろしてきた。わたしの腕何本分だろうか。それにあんな爪が突き刺さりでもしたらたまったもんじゃ……。


「ない!」


 もともと、逃げ足の速さだけは玲にも認められるくらいだったんだ。鬼ごっこでは最後まで逃げに逃げに逃げまくり、逃げの彩とかいう不名誉な通り名までついた始末。ここで逃げそこなうなんて、逃げの彩の名が泣くわ!


 わたしは勢いそのままに地面を蹴った。竜は巨体だから、わたしみたいにちょこまか動く奴をすぐに叩き落すことはできない。パワーがある分小回りの利く動きが出来ないのが欠点だ、とにらんでいる。そんな推理は正しく、わたしは竜の腕の横をどうにかすり抜けて、地面に頭から突っ込んだ。

 

 痛みと同時に、後ろの壁が竜の一撃によって崩れる音がした。音だけでも震えがして、わたしは痛みも忘れ、恐怖に駆られて体を起こす。と、


「彩、ありがと」


 一瞬のうちに、竜の体にいくつもの傷が刻まれていた。竜を見据えていたナオが、ちらりとわたしを見て不敵に微笑む。

 

 その表情を見た瞬間、わたしを感動に似たようなものが貫いた。なんか、頼りになる仲間がいる……っていうか。今までの恐怖がみるみるうちに立ち向かう勇気に変わるような気がした。

 ナオを見つけたあの森でのことを思い出して、わたしは叫ぶ。


「『風魔』!」


 確かな手ごたえがあった。

 嵐が巻き起こり、ただでさえ狭かった巣穴は大荒れだ。風の刃――風魔さんの操っていたものに比べたら全然だけど――が竜を切りつけ、だんだんと削っていく。


 風に翻弄される竜を見てよしっとガッツポーズ。したのもつかの間、次はぐらりと足元が揺れた。


「うわあ!?」

「当たり前でしょ!? こんな大暴れしてたら揺れるに決まってるわよ!」


 突然の地震に不意をつかれてバランスを崩す。そのわたしの腕を掴んで転ぶのを防いでくれたのはナオだ。


「焼いて壊して吹き飛ばして、こんな周りに影響与えることばっかしてたら、揺れるのも当然よ。ここだっていつ崩れるかわからないし……」


 崩れる。 

 その言葉にピンときて、わたしは体勢を立て直しながらナオに聞いた。


「どう? このまま竜って倒せそう?」

「今のペースじゃ無理、だと思う。あいつはこの一帯の頭だし、普通の竜に比べたら」

「そっか。なら崩そう」

「は? って、彩!」


 竜もわたし達の隙を見逃すはずがなかった。竜がわたし達へ火の息を吐き、わたしは遅れながらも逃げる。も、


「っうあ……!」


 やっぱり間に合わず、わたしは背中にもろに火を受けた。咄嗟に声も出ないような熱さと痛み。わたしはそれが悪化する前にと、一瞬飛びかけた意識を引き戻してまた叫ぶ。


「『治癒』!」

 

 うまく背中に手が回らないけど、大体の部分を把握出来ればいい、と思う。久しぶりに使う治癒だけど、どうにか痛みを和らげるくらいの効果はあったらしい。


「彩、大丈夫!?」


 ナオは腕に少し火傷を負いながらも、その傷で竜にカウンターを食らわせている。ナオのことだし、わざとあれくらいの傷を受けたんだろう……わたしとは違って。


「大丈夫……。ナオ、あいつに言葉って通じる?」

「通じないけど……」

「それなら良かった。これからあいつの翼っていうのかな、あれ狙って」


 自分も『治癒』の使用をやめて、竜から注意を逸らさずに続ける。三人無言で気を張り詰めていると、外の叩きつけるような雨の音が聞こえてきた。そう、雨。数時間前からずっと降り続けている雨で、だいぶ森もぬかるんでいる。


「わたしは風魔で少しずつここを崩していくから、ナオは翼が使い物にならないくらいになったら合図して。そしたらタケを抱えてここから脱出、ここまるごとぶっ壊す!」


 それが一番、竜を倒す現実的な方法だっていうのがわたしの考えです。いろいろガバガバなところがあるってのはわかってるけど、それでもやってみなければわからない! 

 

 ナオもため息一つでわたしの提案に対する諸々を吐き出したらしい。竜に向き直り、静かに答えた。


「わかった。それまで耐えてよ」

「頑張る」


 わたしはもう一度気を取り直して唱えた。


「『風魔』」


 風が巻き起こった。




 流石はクロスと同じ竜だ、なんて思う。しぶとさが異常だ。

 わたしは息を切らしながらも、挑発のために口角を持ち上げる。


「流石の竜さんにも疲れが見えてきましたねー? 『風魔』!」

 

 疲れてるのはこっちも同じだけど、と内心で呟きながらも能力を使う。こんなふらふらのわたしの能力が効くほどには、向こうもかなりボロボロだった。鱗はあちこちが剥がれ、右翼は使い物にならないほどの傷。それでもまだ闘志を漲らせている辺りが本当に流石だ。もうそろそろ降参ですって白旗振ってくれないかな。


「もう一発、『風魔』!」


 バランスを崩した竜にさらに追い打ちをかけると、竜はドシンと地面を揺らして座り込んだ。その拍子に壁がパラパラと崩れる。

 やばい、序盤に飛ばしすぎてこの場所が誰よりも先に力尽きる。竜が飛べる状態でここを壊してもどうにもならないし……。


 しょうがない。正直、怖くて痛そうでやりたくはないけど。


「うっ……」


 わたしはわざとらしく横腹の辺りを押さえ、その場に膝をついた。演技力は皆無なものの、もともと痛いところはあるし、痛がるのは全然難しくない。


 ナオはわたしのこれが演技だということを一瞬で見抜いたらしい。わたしに向かって小さく頷いてきた。思惑が伝わっているようで何よりだ。そして――。


「グォオオオオ!」


 こちらも思惑に乗ってくれた。右翼を失って反撃のチャンスを待ち構えていたらしい竜は、このタイミングを逃すまいと大口を開ける。


 この竜は、自分に有利な状況にあると火を吐く。それはもちろん、それが一番広範囲高火力だからって理由だと思うけど。


 わたしも目を見開いて竜をみつめる。一瞬でも、一瞬でもタイミングを逃したら灰だ。今までの生涯の中で一番じゃないかというほどの集中力で、竜が火を吐きだそうとする様を見つめ――


 ――今。

 

「『風魔』!」


 竜が火を吐きだしたその直前に、わたしは生み出した風によって宙に舞い上がっていた。もちろん火傷は一つも負っていない。

 

 火を吐くのは広範囲高火力の技。でも、そんな技にデメリットがないはずがない。これの場合、デメリットは火を吐いた後すぐに動けないところにある。

 一回目、不意打ちで火の息を吐かれたとき。あの時、わたし達にはタケを寝かせる時間も体勢を整える時間もあった。

 二回目、わたしが背中に思いっきり食らったとき。あの時も治癒できるくらいに余裕があった。

 結論を出すにしては少なすぎる回数。でもこんなギリギリの戦いなら本当に藁にも縋る思いじゃなきゃやっていけないから。一か八かで賭けてみたら成功だ。


 しかし。


「グゥァアアア!」


 竜も追い込まれ方が違っていた。本来なら反応できないはずなのに、必死の形相でこっちに腕を伸ばしてくる。風の力で空中に避難していたわたしは、防げるはずもなく。


「やっば……」

「くらええええええ!」


 本当にどうしようかと目の前が真っ暗になった時、幼い子供の声が辺りに響いた。それと同時に竜の頭に石がぶつかる。

 竜もその登場に驚いたらしく、腕を止めて声がした方を見た。

 わたしも驚き、想定外のサポートに思わず笑いながら、自分を持ち上げてくれていた風魔の能力を解いた。


「彩!」


 落下したわたしをナオが軽々受け止め、二人並んで竜を睨む。狙うは残っている左翼。


「こっちも時間がない! ここで、決めさせてもらうよ」


 目を覚まし、石を投げて竜の注意を逸らすという最高のサポートをしてくれたタケが駆け寄ってくる。わたしは全力で叫んだ。


「『風魔』っ!!」

「反射!!」


 わたしとナオの能力が合わさり、竜の左翼が切り刻まれる。それと同時に、風の刃がこの山肌を削って作られた巣穴を崩して。


「タケ!」


 わたしは子狸を抱えて外へ飛び出した。地上何十メートルだろうか。ぐんぐんと落下し、地面が近づいていく。


「彩、落ちてるけどどうするの!?」

「ちょっとやってみる!」


 さっきのように、風で浮き上がることはできないかと考えて口を開く。その間も絶賛落下中だ。


「風――」

「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす』」


 そのときだった。

 銀色の光がわたし達の前を通った。聞きなれた声が呪文を詠唱している。


「『星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移!』」

 

 あと数メートルで地面に激突というところで、わたし達は白い光に包まれた。


 わたし達が転移して落下を免れた後、瓦礫が次々と地面に落下した。それは翼を失った竜も例外ではなく、地面に落ち、そのまま光の粒となって跡形もなく消えたのだった。




 

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