第一章 21 ヒーロー論
翌日は、雨季らしい雨だった。外では遊べないので、タケの部屋に男子四人女子四人+彩ナオ(保護者枠)で集まっている。タケの部屋は店の二階で、時折小さくミシンの音がカタカタと聞こえてくる。
「なんだこの合コン感あふれる男女比は」
「何を言ってるかわからないけど、どうせ彩のことだからくだらないことなんでしょうね」
くだらないと言えばくだらないかもしれないけど、わりと重要なことでもある。恐らくこいつらの年は七、八歳前後。日本社会に換算すると小学一年生か二年生くらいだ。わたしがそのくらいの時は恋愛になんて目もくれず本ばっか読んでたっていうのに……最近の子供はすごいな。
「それでタケ、今日は何するんだー?」
「クックック……聞いて驚くなよ?」
「その笑い方するのやめてくれないかな」
ちょっとした黒歴史だよね、もう。タケはわたしの願いなんぞ聞き入れず、ふんぞり返って続ける。
「オレが今まで手に入れたオモチャで遊ぶんだ! お前らきっと楽しくて死んじまうぜ!」
なんて物騒な遊びなんだ! これは依頼を受けた身として看過できない。銃とか刃物とか持ち出すんじゃないだろうな……?
しかし、物騒なのはわたしの妄想だった。タケはカラフルなおもちゃ箱からカードを何種類か出し、テーブルに並べる。
「まずはこいつからだ。ルールを説明してやるから、ぜってー楽しむんだぞ!」
それはまんまトランプだった。絵柄が違う感じだけど、ルールや遊び方はまんまトランプ。今回遊んだのはババ抜きで、みんなきゃあきゃあ言いながら楽しんでいる。そして誰よりも楽しんでいるのが、
「はい、ナオちゃん竜引いたー」
「くっ……油断してた」
悔しそうな顔をして手持ちのカードを睨むナオ。ナオのカードを引くのはわたし。わたしは真ん中のカードに指を伸ばし――。
「!」
ナオが衝撃を受けたような悲し気な顔をする。次にその隣のカード。
「!」
「じゃあ、これ」
「!」
「こっちにしよっかなー」
「!」
「やっぱり……これ?」
右端のカードに狙いを定めたとき、ナオの顔がぱあっと明るくなった。その変化を見逃さず、わたしはその隣のカードを勢いよく引き抜いた。
雨の6。わたしの今の手持ちは嵐の5と晴れの6。つまりペアだ。
わたしは揃ったカードを捨て、次のタケにラスト一枚を渡して大人げなく上がり。
悔し気に歯を噛むナオに、わたしはニヤニヤと笑いながら。
「ナオって意外と顔に出ちゃうタイプ? わたしもあんま人の事言えないけど、ナオはやばいって」
「え、顔に出てる?」
やっぱり自覚はなかったようで、ナオは驚いたように頬に手を当てる。
「うん、ナオちゃんすぐに悲しそうな顔しちゃってたよ。そんなことしたら彩ちゃんに負けちゃうよ」
「ナオちゃん、彩ちゃんに負けちゃだめ!」
「そうだね。私も頑張らないと。打倒彩」
「なんでいっつもわたしが悪役にされるのか」
勝ったのに負け犬の気分。わたしは体育座りをして拗ねる。
そんなこんなでババ抜きを三周、しかしナオが勝つことは一度もなかった。
次にやったのは神経衰弱だ。ちなみに、神経衰弱はナオが大暴れして他の人にターンを譲らなかった。わたしが言うのもなんだけど大人げがない。
朝っぱらから集まったのに、トランプをしていたらすぐにお昼時になってしまった。お腹が空いたので、一旦解散して各自家で昼ごはんを食べ、もう一度タケの部屋に集合することになった。
「お前らまたここに来いよー。昼からは何する? カードゲームはやりつくしちゃったよな」
「お、それならわたしが一つ新しいカードゲームを教えてあげよう。七並べって知ってる?」
腕組して考えるタケの姿にもしやと思って聞くと、案の定「七並べ?」とユニゾンで返って来た。
「そうそう。わたしの故郷での遊びなんだけど、これがなかなか戦略性が高い。きっとみんなも楽しめると思うよ。ただ……お前ら四バカは苦手かもなあ」
「なんだと!?」
「ま、それは午後からのお楽しみってことで」
ケチだなんだとむくれながら、みんなそれぞれ自分たちの家に帰っていく。今日はリンが昼迎えに来てくれるって言ってたし、わたし達も村の外に出ないとなー……。
「お邪魔しました。また来るわね、タケ君」
「あー……お前らはちょっと残ってけよ。見せたい本があるんだ」
しかし、予想外のタケの言葉にわたしとナオは「え?」と声を揃える。なんでまたわたし達に……。
タケは本棚から一冊の絵本を出し、わたし達の前に置いた。
「ん、『英雄ルイス』? これがわたし達に見せたい本なの?」
「そうだよ。彩は本が好きなんだろ? それなら知ってるかと思って」
「ごめん、こっちのは知らないんだよね」
がっかりさせるかな、と思いつつわたしは手をぱちんと合わせて謝罪。知ったかぶりはしたくない、そもそも出来るほど器用じゃないのがわたしだ。でも、タケはあっさりと「そっか」と頷いた。
「それじゃオレが説明してやるよ。これはな――」
話の前後が逆転してわからなくなることも多かったけど、まとめるならば村の青年ルイスが村に迫りくる敵を倒し、村を守る物語だ。
「オレな、本は嫌いだけどルイスだけは別なんだよ。読んでてすっげーワクワクするんだ! オレもルイスみたいにカッコよくなりてーって思うんだ」
タケは目を輝かせながら、部屋の隅に積み上げられている木の枝を見やる。あれはタケにとっての何よりの武器で剣なんだろうと思う。
「オレはこの村がだいすきなんだ。母ちゃんは何にもねーって言ってるけど、オレはそうは思わない。ルイスだって自分の村がだいすきだから、こんなでっかい怪物にも立ち向かえるんだぜ! オレもルイスも村がだいすきだ。つまりオレとルイスは同じってことだ。だから、オレも立ち向かえる!」
身振り手振りで話していたタケは、やがてくるりとわたしを見た。
「ヒーローはカッコいいんだ。それで誰にでも優しくて、強くて、やっぱりカッコいい。いつもみんなを引っ張ってくんだよ。誰かを守ることに命を燃やすんだ!」
「――それって、幸せなのかな」
静かに、でも強く深く切り込んだのはナオだ。わたしは驚いてナオを見る。
ナオの横顔は凛としていて、とても綺麗だった。
「誰かのために命を燃やす。いいことだと思うわよ。でも、それはルイスに守られる側だから言えること。ルイス本人は、本当に幸せになれると思う?」
「ちょ、ナオ」
「ごめんね。でも、そこを聞いてみたくて」
わたしの制止も聞かずにナオはまっすぐにタケをみつめている。その視線を純粋に受け止めたタケは、腕を組んで頭をひねり。
「ナオが何言ってんのかオレにはわかんねーけど、そりゃ守るだけじゃルイスは幸せじゃないだろ。戦うのも楽しいかもだけど、遊ぶのだって大事だ! だから」
タケはわたし達を指さして言い放った。
「だから、守られてるお前ら、村人たちがルイスを幸せにするんだよ! オレがお前らを守って幸せにするぶん、お前らもオレにうまいものとか楽しい遊びとか教えてオレを幸せにするんだ。そしたら村はずっと幸せだぜ!」
そこまで言ってタケは「これでいいか?」と首を傾げた。わたしはと言えば、タケの言葉が突き刺さってまともに声を発することすらできない。
ヒーローは人を幸せにし、人はヒーローを幸せにする。
ワンフォーオール、オールフォーワン。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。
有名なセリフだけど、そんなことは考えたことなかった。
でも……そうだ。きっとそれが、綺麗で正しいヒーローの姿だ。
「うん。ありがとうタケ君。私もよくわかった」
ナオが力強く頷き、今度こそわたし達はタケの家を後にしたのだった。
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わたし達は昼食を妖精図書館で取ってから、すぐに村に戻って来た。頭の後ろで腕を組みながら、わたしは呟く。
「さっきのタケの話、なんかすごかったね。こう……純粋な子供だからこその発想というか」
ただヒーローにあこがれる子供の話じゃなかった。きっとあの主人公――ルイスと同じように、あの村を愛していたからこその言葉だ。ロクに同じことを聞いてもあんな答えはきっと返ってこない。引き合いに出したロクには悪いけど。
「そうね。私、あの子のことちょっと見直しちゃったわよ」
「ナオに見直してもらえるなんて羨ましい。いいなータケ。わたしも見直してもらいたい」
「彩は……」
ナオはしばらく口をつぐんで黙り込む。しばらくしてから、
「無理……だから」
「キッパリ言ったなー」
くるくると傘を回すと、雨粒が辺りに円状に飛び散った。雨は朝から強まり、少し声を張らないと隣にいるナオにも聞こえないくらいだ。
村の木製の門が見えてきて、これから伝える七並べに思いを馳せていたその時。
「キャアァァァア!!」
雨の日の静寂を打ち破って、誰かの悲鳴が耳を劈いた。
今の、なに?
わたしの頭では答えなんて出せるはずもなく、気がつけば走り出していた。持っていた傘を投げ出して村に飛び込む。
さっきの声に聞き覚えがあった。どこにいても聞こえる、よく通る声だ。
村は大混乱だった。悲鳴が交錯し、村人たちは村の広場で逃げ惑っている。中でもその混乱の中心にいるのが。
「タケ……! アタシの息子を返せ! この竜!」
震える声で叫ぶウメさんとその上を旋回する竜だった。
「竜…っ!?」
なんで、またこのタイミングで……! 今まではそんなそぶり、見せてなかったのに!
混乱するわたしの視界に、さらなる衝撃が映る。
悠々と空を飛ぶ竜。その口に、見覚えのある子狸が咥えられていた。間違いない、タケだ。
その姿を目にした瞬間、わたしは動き出していた。
頭に血がのぼっていたのもある。ただ、一番の理由として……自惚れていたんだと思う。ナオを助けることができたから。自分は必要な存在だと勘違いしていた。
自分がヒーローになるんだと、夢をみていた。
「彩、待って!」
ナオの制止にも気づかず、わたしは――。
「『風魔』!」
――忌み嫌われし力。「竜の眷属」が持つとされる力を、使ってしまったのだった。




