第一章 2 現在地不明
瞼越しに光が収まったのを感じて、わたしはゆっくりと目を開けた。吹き荒れていた風もいつの間にか止んでいる。
今のって何だったんだろ……って、
「え?」
目の前の光景に、わたしは自分の目を疑った。
わたしが今いる場所。それは、学校の図書館ではなかった。
とてつもなく高い天井には天窓がついていて、そこから柔らかな光が降り注いでいる。両脇には、わたしの背の三倍はあるであろう本棚がずらりと並んでいる。それなのに、なぜか本を取るために使う梯子は見当たらない。どこかアンティークな雰囲気が漂うこの場所を、自然光が温かに満たしていた。
バクバクと心拍数を上げていく心臓を落ち着けるため、わたしは深く息を吸った。本の匂いがすることだけは、図書室と変わらないみたいだ。
「ここって図書館、だよね」
鼓動が収まらない。得体の知れないものに巻き込まれた危機感なのか、それとも、この図書館に対する高揚感なのか。
そんなことを考えてしまうほどには、この図書館は素晴らしい場所だった。きっとあの子がいたら、同じように気に入ってくれただろうな、なんて。
棒立ちしていても仕方ない。足を踏み出して、本棚に近寄ってみる。
……読めない。これ何語だ? わたしが読めるの日本語とかろうじて英語なんだけど。
背表紙に書かれている文字は、確実にアルファベットではない。それだけは断言できる。なんだろうな……例えるなら楔形文字みたいな。うーん、わからん。
って、ここホントにどこなんだ!? ちょっと本に気を取られたけど、本当はそんなこと気にしてる場合じゃないんだよ! とりあえずはここがどこなのか、どうやったら帰れるのかを調べないと……。
ごくりと生唾をのみ、わたしはゆっくりと一歩を踏み出した。
「だっ、誰かいますかーっ。すいません、あのーっ。怪しい者ではないんですー!」
声を張り上げながら、本棚の間を進んでいく。が、返事はないし現在地も一向に把握できない。歩けど歩けど眼前に広がるのは本棚ばかりだ。しかも背の高い本棚がそびえたってるわけだから、見通しも悪い。
……冗談抜きでヤバくなってきた?
今まで興奮と高揚感に押し負けていた恐怖が待ってましたと言わんばかりに膨らみ、背筋に悪寒が走る。
「――っ! いや、落ち着け吉田彩!」
ぶるっと体が震え、わたしは慌てて頬を叩いて気合を入れなおす。
大丈夫、図書館なら必ず誰かいるはず。このまま声が枯れるまで叫び続ければ助かる可能性はなきにしもあらずにあらずんば。もう何言ってるかわかんなくなってきたな!?
わたしは震える喉で息を吸い、全力で叫ぶ。
「おーーーーい!! 誰か、いませんかっ!」
情けないことに終始声が震えていたけど、なんとか図書館内にわたしの声が響く。その反響が終わり、それでも返答はない。
「……っ!」
落ち着け、落ち着け吉田彩! 人間は水なしで三日生きられるって聞いたことがあるぞ! だから、わたしにはまだ三日の期限が……って、誰が図書館内でサバイバルするんだよ! とにかく誰でもいい。誰でもいいから、わたしに救いの手を差し伸べてくれ……。
「あー、やっと見つけたよ」
「うわああああ!?」
切願していた返事。しかし、あまりに突然聞こえてきたものだから、わたしは叫び声をあげてその場に硬直した。
「うわっ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。別にボクは悪い者じゃないよ?」
声の主は背後にいるらしい。わたしは震える手を強く握りしめ、決意完了する。もうどうにでもなれだ。いざとなったら……どうしよう。護身術の一つも身につけてない。
不安要素は残りつつも、ここで立ち尽くしていたってきっと状況は好転しない。そう判断したわたしは、がばっと後ろを振り返り――
「はっ?」
後ろにいたその存在に、またも自分の目を疑った。
三十センチあるかないかの背丈。銀色がかった髪は短く、外側に元気よくはねている。眼鏡の奥のエメラルドの瞳は知的な感じだ。
極めつけは背中の羽、そして宙に浮いていることだった。
「よ、妖精……?」
呟いてしまってから考え直す。いや、わたしはそんなメルヘン脳じゃないはず。それにわたしは中学三年生。夢を見ていていい時間は終わった。けど……。
それ以外に、目の前の生命体をどう形容すればいいのか。
目の前の生命体は目をぱちくりさせた後、にっこり笑って。
「そうだよ。ボクは妖精のリン。ここ、『妖精図書館』の館長さ!」
そう高らかに自己紹介したのだった。




