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第一章 18 新たな仲間と

 ナオが妖精図書館で暮らし始めるようになってから、早五日が経った。その間にも、コツコツ獣人界を歩き続けてワープポイントを増やしている。初日以降は特に異変が起こることもなく、ただ足をパンパンにして帰ってくるのみだった。


 そんな中で、少し良いことがあった。


 ある優雅な朝。

 わたしはこんがりと焼けたトーストに、イチゴのジャムを塗っていた。トーストの上に薄く広げられたジャムは、朝の光を浴びてルビーのような輝きを放っている。わたしはゆっくりとトーストを口に運び――。

 サクリ、と気持ちの良い音を立てて齧った。香ばしい小麦の風味、そしてイチゴジャムの甘酸っぱさ。わたしはじっくりとそれらを味わってから飲み込んだ。そして。


「っはあー……。ジャムがとろける。小麦が幸せ。トースト最高」


 テーブルに突っ伏した。その理由は他でもない、あまりのおいしさに堪えられなくなったからだ。突っ伏したまま動かないわたしの後頭部を誰かが強めに小突く。


「ぐあぅ!?」

「早く食べなさい。毎朝そんなくだらないことばっかしてると、私がそのトースト貰うわよ」

「はい、食べます」


 思わず悲鳴を上げると、ナオの慈悲のない声が降って来た。わたしは即座にビシッと姿勢を正してトーストにかじりつく。その間も小突かれた箇所が痛い。あの威力は小突くというより殴るだよ……。


「それにしても、まさか毎日三食スープしか飲んでなかったなんて驚いたわよ。栄養足りてなかったんじゃないの?」


 スクランブルエッグのようなものを自分の皿に取りながら、ナオはその時のことを思い出したのか小さく笑い声をあげる。


「だって、ボク料理できないし。かろうじてスープが作れるくらいだから、アヤ君を飢え死にさせないために毎日三食スープを作り続けたんだよ」

「わたしもこっちの食文化はスープだけで成り立ってると完全に思い込んでたからね」

「少しは疑いなさいよ。ここまで生活水準が上がっててどうして食はスープだけなの。それでリンはどうしてパンを買いに行く選択肢を見つけられなかったの」

「まあまあいいじゃないか。こうして料理上手のナオ君がここに来てくれたんだし」


 リンもミニチュアサイズのトーストを頬張り、幸せそうに目を細めた。


 ――そう。来る日も来る日もスープを飲み続けていた日々に、とうとう終止符が打たれたのだ!

 

 あまりにもスープしか出なくてこの世界はスープオンリーで回ってるんだと信じ込んでいたある日、ナオから飛び出した衝撃発言。「なんでスープしか飲んでないの?」

 そうしてわたしは再びパンや卵、肉など、炭水化物やたんぱく質を摂取することが叶ったのだった。おしまい。

 冗談はさておき、それでもナオがわたし達の食の救世主と言わんばかりの存在であることは紛れもない真実だ。


「やー、ナオは将来良いお嫁さんになれるね。わたしが保証するよ!」

「はいはいありがと。人のことはいいから、彩はまずパンを均等に切れるようにしなさい」

「そこからダメだし? いや、まあごもっともなんだけど」


 本当に、わたしはパンをキレイにスライスすることすらできない。あれ難しいんだよ! パンって柔らかいから、なんかすぐつぶれるし、切りづらいし……。


「ナオもわたしの扱い方をいい具合に心得てきたよね。初めの頃のタメ口も申し訳なさそうだったナオが懐かしいよ」

「動物っていうのは、本能的に相手が上か下かを見極める力を持ってるから」

「それって遠回しにわたしがナオより下だって言ってる!?」

「事実でしょ」

「事実です」


 ナオともこんなやり取りが出来るくらいには親しくなれた、と思っている。本当にナオがわたしのことを下だと思ってたらまあ悲しいけど。


 そんなこんなで朝食が終わり、わたしは食器洗いを命じられてキッチンへ向かった。キッチンは扉を抜けた向こう、しかも廊下の突き当りにあるからとてつもなく移動がめんどくさいのである。


「あー、なんか今日食器が多いー。ナオめ、多いときはわたしに頼むんだよな」


 悪態をつきながら、わたしは食器洗いを始める。水ですすぎ終えたところで「『風魔』」と唱えてついている水滴をパパッと払う。これがわたしの食器洗いスタイルだ。

 ついでに、こんな時でもわたしはチャレンジ精神を忘れない。


「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移!』」


 洗い終えた皿に転移発動。成功すれば、皿が自動的に棚に収納されるはずだ。

 しかし何も起こらず。魔法は能力と違い、かなり難易度が高い。毎日十回はチャレンジしてるんだけど、一回も成功しない。リンのすごさが突き刺さるね。

 わたしは肩を落として、普通に食器を棚へ戻した。


*********************



 獣人界を探索中、わたしはなかなか切り出せずにいた質問をようやく口にした。


「そういえば、どうしてナオは竜に追いかけられてたの?」


 切り出せなかった理由は単純で、ナオが「住む場所がなくなった」的なことを言っていたからだ。嫌なことを思い出させるかもしれないし、それに、ただ楽しいことだけを話したかったわたしの我儘でもある。

 しかし、返って来たナオの反応は想像以上にあっさりしたものだった。


「私がやらかしたのよ。城下町の依頼板って知ってる?」

「いや、まったく知らない」

「採集とか討伐とか、いろんな依頼が貼り出されてるの。生活費稼ぐにはうってつけで、私はあの日採集の依頼を受けて山に登ったんだけど」


 そう言ってナオが呆れたように頭を振る。その拍子にわたしと同じように被ったフードが少しずり落ち、すぐにまた位置を直す。


「まさか竜に、それも群れで襲われるなんて思ってもみなかったわ」

「それはそうだろうね。その採集の依頼はもういいのかい?」

「採集も何も、燃え尽きちゃってるだろうし」


 ナオの諦めたような呟きに、わたしはふと思い出す。


「あの山大丈夫かな。焼山になってない?」


 あれからもう五日経ってるから時すでに遅しだけど。わたしとリンの星空を見に行く約束は燃えて灰になってしまったのだろうか。


「それなら心配しなくていいわよ。竜の炎は永久じゃないし、逆に少ししたら消滅するから。まあ、実際に燃やされた分と私が切り倒した分はもとに戻らないけど」


 ナオが苦笑し、わたしも自分が刈ってしまったあの葉っぱたちを思い出す。うん。わたしも悪いことしたなあ。

 

「それなら良かったよ。今度、ボクたちの手で植林でもしに行こうか」

「そうだね。何の木植える?」

「森の木と同じでいいでしょ……」


 今わたし達が歩いているのは、山を下りてずっと直進したところだ。相変わらず目立つものは何もないけど、それでも平地だから村か町はそのうち見つかるだろう。リンが持ってる地図にもそんな感じの記述があるし。


「うーん、なかなか見つからないなあ……。ナオ君はここら辺の地理とか詳しくない?」

「こっちはあまり来ないから、ごめんなさい。でも全くないなんてありえないし、こっちの方にも村があるとか聞いたことあるわよ」


 地図をみつめて顔を突き合わせているナオとリン。わたしは二人を少し離れたところから眺め、気づかれない程度に小さく息を吐き出した。


「このまま見つかりませんように、なんてね」


 温い環境でぬくぬくと育てられたわたしには、あんなに唐突にぶつけられる殺意なんてものを感じた経験はない。だから城下町でのあの時を思い出すと今でも恐怖で息をするのも怖くなるし、これから先関わった人にまたそんな目で見られたらと思うと手足の感覚がなくなるような不安に駆られる。

 

「わかってるよ。いつまでも逃げてるのはダメだって」


 これから一番この世界と向き合わないといけないのはリンでもナオでもなく、わたしだ。

 それでも自分に恐怖や不安が誤魔化せるわけじゃなくて、わたしはフードをもう一度深く被りなおす。


 ――自負しているけど、わたしはあまり運がない。フラグを立てて回収するのはお手の物だ。


 というわけでわたしがそんなことを考えていた時、狙ったかのようなタイミングでナオとリンが声を上げた。


「もしかして、あれ……!」


 二人の反応に顔を上げてみれば、北東の方に何か煙のようなものが見える。煙が出るということは火を使っている。火と言えば生活の証だ。


「少しスピードを上げよう。二人とも顔はちゃんと隠すようにしてね。あとアレも忘れずに」

「了解です了解です」


 内心の動揺を押し殺し、わたしはリンから渡されたカバンを漁った。その中からアレと呼ばれたものを一つ取り出してナオに突き出す。


「はい、これ。フード取って頭に装着しちゃって」

「え……何これ」


 受け取ったナオが明らかにドン引きした顔をする。それもそのはず。ナオに渡したのは三角の耳がついたカチューシャだからだ。


「わたし達獣人じゃないから、そのカモフラージュ。後々はそりゃ人間として表に立たなきゃだけど、ひとまずは獣人に擬装して様子を窺おうってのがリン大先生の考え。これもリンのお手製なんだけど……ほら、こうやって」


 わたしはフードをはずしてカチューシャをつけ、光の速さでフードを被りなおす。こんなカチューシャ着けてる姿を見られたら黒歴史確定だ。出来ることなら避けたいことではある。


 わたしはフード越しに突き出たカチューシャの耳をつつき、「こんな感じで」とナオに説明する。


「耳が突き出てないよりはマシでしょって」

「……なるほどね。理由は理解したわ」

「理解するだけじゃダメだよ。せっかくボクが作ったんだから、もっと積極的につけてほしいな」


 かわいらしく頬をぷくっと膨らませるリン。リンの性格とはあんまり一致しない行動だから、意図的にやっているんだろう。妖精のかわいさを容赦なく利用するリン。グレートだね!


 ナオもリンの仕草か「作った」という発言に押されてか、しぶしぶカチューシャをつけた。別にナオは似合うからいいと思うけどね。いいなあ本当に。


 二人で偽獣耳を装着し終えたくらいに、ちょうどその煙が立ち上っていた場所の様子が見えてきた。


「あれは村ね。そんなに多く住んでるわけじゃなさそうだし、最初に関わるにはちょうどいいかも」


 ナオの呟きに、わたしはこくりと息を呑む。村。大丈夫。普通、冒険ものの最初は村からスタートだ。城下町より難易度は低いはず……!


「よし、行こう!」


 わたしは気合を入れ、先頭を切って歩き出した。

 まずは村の人たちと何事もなく世間話をする。それが目標だ!


 



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