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第一章 15 『風魔』

「でも、成功条件を絞り込めてないんだよ」


 しばらく喜んだ後、わたしは次なる問題点を指摘する。

 さっきわたしは、治癒を受けた状態で、治癒の詳細を思い出しながら、自分の能力を使った。それぞれバラバラだと成功しなかったから、これはもしかすると……。


「コピーしたい能力の詳細を知った上で能力の力を受けて、さらに自分の能力使わないといけないってこと? なんか手順多すぎない?」


 漫画とかに出てくるコピー系の奴ら、絶対そんな面倒な手順踏んでなかったって! くそ、これが格差というやつか……。


 一度コピーしたものは、わりと何度でも使えそうだ。頭にイメージがまだ残っている。それもあって、次の実験には移れないんだけど。


「リン、他に能力者っていない? それも、わたしの不確実な実験に付き合ってくれるような人」

「いないだろうね。そもそも、能力者は自分がそうだってことを隠しているし」

「ですよねー。じゃあ、わたしはひとまずリンと同じで治癒使います」

「キャラが被っちゃうなあ」


 リンは顎に手を当てて考え込む。わたしはテーブルのいつもの席に座りながらその様子を眺めていた。


 吉田彩の能力『コピー』。写すものがないと何の役にも立たない、他人頼みの能力だ。誰かの力を借りること前提の。あまりにもわたしらしくて、変わっていなくて情けなくなる。

 能力。能力者ってなんか強そうだけど。手に入れただけでヒーローになれそうだけど。

 実際の自分は何も変わらなくて、逆に一番嫌な所を突きつけられたような不快感が残っている。

 諦めに似たため息を吐き出した、その時。


「あーー!」


 突然リンが大声を出した。それまでの真面目な思考を一瞬で吹き飛ばされたわたしは、その声のボリュームに顔を歪めながらリンを見る。


「いきなり叫ばないでよ……」

「ごめん! でも、大事なことを思い出したんだよ。アヤ君もきっと喜んでくれると思うな」


 そうかわいらしくウィンクしたリンに、わたしはただ首を傾げるのみだった。



 本棚の奥に姿を消したリンは、五分くらいして戻って来た。その腕の中に分厚すぎる一冊の本を抱えて。


「お待たせ。少し本棚まで行くのに時間がかかって」

「それは全然いいんだけどさ。その本は何の本なの?」

「ふっふっふ……知りたいかい?」


 そりゃ知りたいですけど。さっきからテンションが上がり切らず、リンのノリにイマイチついていけない。

 リンは「冷たいなー」と口をとがらせながら、わたしの前にその本を置いた。それからわたしの肩の上に腰かける。

 肩に重みを感じながら、リンを落とさないようにゆっくりと体を前に倒す。


「えっと……何、『風魔の記録』?」


 なんだこの厨二心をくすぐられそうなタイトルは。見事に興味をそそられたわたしは、表紙を捲った。


『私は風の力を持つ能力者。この記録を読んでいる君に親近感を持ってもらうために、敢えて名前は伏せておこう。そうだな、私のことは『風魔』と呼んでくれたらいい。何、大げさな通り名だ』


 前置きから癖が強そうな人だった。絶対風魔さんって呼ぶよりも名前呼んだ方が親近感湧くと思うんだ。

 ただ、やっぱり能力に関することが記されているらしい。少し緊張しながら次に進む。


『風魔と呼ばれるだけあり、私の力は強力なものだった。本来ならば後世に魔法として残すべき力だ。しかし、私には致命的に魔法の才能がなかった。普通、能力者は魔法の資質も持ち合わせている。私は魔法の資質すらも能力に充ててしまったということだろうか。つまり何が言いたいかというと、私のこの『風魔』の力を魔法として後世に残すことはできない』


 さらに次のページへ。と、


『悔しい!!! 私は結局、誰の役に立つこともできないのだ!! これほど悔しいことはあるだろうか。だから私はこの本を書いている。ただ自分の悔しさを記すためでもあるし、もしかしたら、この記録が誰かの役に立つかもしれないという僅かな希望に縋っているのもある。もしも未来で私の記録を待ち望んでいる誰かがいるのなら……愚痴もこれまでにしておかなければならないな。次から、少しだけだが私の能力の説明に移ろう』


 わたしは肩に座っているリンを見た。リンはわたしと目が合うなり、にっこりと純粋な笑顔を見せる。


『私の能力は、風を操るものだ。威力もそよ風から大嵐まで自由自在。幼い頃、暑い時期は友人たちと風で遊んだりしていたな……。そんな穏やかな使い方もできるが、この力は誰かを傷つけることもできる。風魔と呼ばれるようになってからは、戦いでこの力を求められることも多くなった。この力は、使用者の判断に委ねられる場合がとても多い。君にはそれを知っておいてほしい。

 さて、次は能力発動の条件だ。使い方はとても簡単。どれくらいの強さで、周りをどのような状態にしたいのか思い描くのみだ。本当にカンタンだろう? 私が使いこなせたくらいだからね』


「これくらいならアヤ君も出来るかな? この『風魔』とやらを身に着けられたらの話だけど」


 呟くリンに、わたしは小さく頷く。頷きが小さかったのは、リンを気遣っただけでなく、ただ緊張もしていたからだ。

 これでわたしは『風魔』の能力の基礎知識を得たことになる。今ここで、本に触れながら能力を発動すると……。


 わたしは慎重に本のページに触れ、「コピー」と唱える。


 …………何も起きない。


「ってなると、能力の力を受けるのが必須条件ってことかー?」


 落胆を隠せずわたしは突っ伏し、リンが「うわわ」と焦ったような声を上げる。それにこっちも焦って「ごめん!」と勢いよく姿勢をもとに戻したので、余計にリンが危ない目に遭ったのはまた別の話だ。


「っとと……。まあ、アヤ君の言う通りだろうね。一度その能力を受けないと使えないみたいだ」

「うぐぅ。めんどくさいな」


 愚痴りながら、残りまだまだ辞書並みにページ数が残っている本を捲ると。


「うわっ」


 ひとりでに、本のページがめくれ始めた。初めて妖精図書館に招かれた時と同じような感じ。でも、今回はどこかへ誘われるわけではなく、本の様子に変化が起きていた。いや、変化っていうか……。


「パラパラ漫画?」


 誰もが一回はやったことがある、あのノートの端っことかに描いたパラパラ漫画みたいなものだ。それよりはかなりクオリティも高いんだけど、イメージとしてはそんな感じ。

 そのパラパラ漫画は、誰か一人の男の人の様子を描いている。今までの流れからして「風魔さん」だろうか。

 

 風魔さんは森の中で怪物と堂々と向かい合い、手の平を怪物に向ける。その瞬間、凄まじい風によって森の木々はなぎ倒され、怪物の巨躯も切り刻まれていく。モノクロでもかなりの迫力を感じるシーンだ。風魔さんは名前負けしないその強力な能力で怪物を倒した(ついでに森も伐採してたけど)後、歩いてどこかへ向かう。

 着いたのは小さな村だ。

 つまらなさそうに地面に転がっているキツネの少年とタヌキの少女に風車のようなものを渡し、今度は宙に手の平を向ける。

 すると、気持ちのよさそうなそよ風が吹き始めた。風は三人を撫で、くるくると風車を回す。少年と少女は楽しそうに笑い声をあげ、風魔さんは優雅にお辞儀をして、パラパラ漫画は終わる。


「良い物語だった、風魔さん!」

「ボクも同感だよ。とても感動した!」


 二人、本の前で惜しみない拍手を送る。しばらくそうしていたけど、手が痛くなったので次のページに移った。今のパラパラ漫画でほとんどのページ数を使い、残るはあと数ページだ。


『さて、今の映像は楽しんでいただけただろうか? 知人の絵描きに頼んで作ってもらったのだが、少しでも私の『風魔』の能力を知ることが出来たというのなら何よりだ。勝手にページがめくれていくのは私の能力を使っているからだよ。最初から読んでいけば何度でもあの映像を見ることが出来るから、是非、何度も繰り返してみて欲しい。私と知人の渾身の作品だ。いや、楽しかった。

 もう私から伝えたいことは伝えたと思うが……ああ、一つ忘れていた。この記録を読んでいる君へ。どうか、私の能力をもう一度活躍させてやってくれ。私一人に使われ、私とともに散るには、あまりにも惜しすぎる能力だ。もちろん人に誇れるような使い方で、もう一度『風魔』の名を、力を、世界に轟かせてくれ。これにて私の風魔の記録は終わりとする』


 裏表紙。わたしはなんだか風魔さんの生きざまに感動していた。

 風魔さんは、こんなにも自分の能力を愛していた。それが心の底から羨ましくて、これから先、この能力を好きになれるかな、なんて考えてしまう。『コピー』なんて他力本願な能力も、いつかは――。


「よし。風魔さんの意思を継ぐよ。わたしじゃ全部は無理かもしれないけど、三分の一、いや五分の一くらいは背負うから」

「宣言したならハッキリしようよ」


 いくらか弱気な宣言をしながら、わたしはまた最初から本のページを捲る。またパラパラ漫画に差し掛かり、わたしはコピーの準備をした。


 これも『風魔』の力。それなら、今このパラパラ漫画を見ているのも能力を受けているってことになるはず。さあ、彩。この能力の詳細を思い出せ!


 『風魔』。風を思うがままに操る力。そよ風から大嵐まで操ることが可能。使用方法は威力と能力使用後の周りの状況を思い浮かべること。


 獣人の子供たちと笑う風魔さんの前に手をかざし、風の力を感じながら叫ぶ。


「『コピー』!」


 ――『治癒』をコピーした時と同じような、焼けるような頭の痛み。

 それを感じながらも、わたしはリンを振り返った。『風魔』が解けてぱさりとページが静かに落ちた音をバックに、わたしはリンに手のひらを突きつける。


 少しだけ、そよ風が前髪を撫でるくらいの感覚!

 

「『風魔』!」


 思い描いた通り――よりももう少し弱い、本当に気づかないくらいの弱い風。それでもリンの銀色の髪はふわりとなびき、リンにぱあっと笑顔をもたらした。

 

 こうして、わたしは『治癒』に引き続き『風魔』もコピーすることに成功したのだった。

 

 

 

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