第四章 38 勝利の宴
バタバタ、ガチャガチャと何やら騒がしい物音がして、わたしは目を覚ました。
「ん、なに……?」
体を起こす。今わたし達がいるのは城の中の一室で、雑に広げたシーツの上でみんな転がって雑魚寝している。おかげで背中がちょっと痛い。
目を覚ましたのはわたしだけじゃないらしく、セイとリンも目を擦っていた。
「あ、おはようございます、彩先輩……」
「おはよ。いや挨拶おはようで合ってるのかな。今何時?」
「ボクたちも今起きたばかりなんだ。窓の外も明るいし何だか騒がしいから、夜や早朝でもなさそうだね」
城に戻ってきてからの記憶が全然ない。ここで寝てるってことは、多分体力の限界がきてすぐに寝たんだろうけど。恐魔獣を倒し終えたのがちょうど昼過ぎくらいだったから……。
そんな風に記憶を辿っていると、突然部屋のドアが勢いよく開けられた。
「うわ、こんなところにいたんですか! 探しましたよ、言ってくれればもっと良い部屋に案内したのに」
現れたのはノーランさんだった。ノーランさんは狭い部屋でぎゅうぎゅう詰めになっているわたし達を見て、目を丸くしている。
「部屋のことは別にいいんですけど、今って何時ですか?」
「朝の九時くらいかな。そうだ、宴の準備が出来たから呼んでくるように言われたんですよ。あなたたちがいないと始まりませんから」
ノーランさんはそう言うなり、すぐに部屋の外に出てしまった。
「身支度はマリー様の部屋で整えてください。急かすようで悪いんですけど、なるべく早く来てくださいねー」
そんな声がドア越しに聞こえてくる。寝起きの頭で少しボーっとしていると、セイにタックルされた。
「先輩先輩、宴ですよ! 楽しみですね!」
「たしかに、お腹空いたしなんか食べたいな。美味しいものあるといいなあ」
「それじゃあ起きてない二人を起こそうか。ナオ君、ユーリ君、朝だよ」
リンが小さな手で寝坊組二人を揺さぶり始める。そんな小さな振動で起きるはずもないので、わたしとセイものんびり加勢した。
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支度を終えたわたし達は、マリーに連れられて城の廊下を歩いていた。マリーは純白のワンピースを着て、先頭を弾んだ足取りで進んでいく。
「なんだか楽しそうね、マリー」
「だってみんなに似合う服を見つけられたんだもの! とっても楽しかったわ」
「そりゃよかった」
今、わたし達はマリーに選んでもらった服を着ている。マリーの部屋に行ったら部屋中に服が用意されていて、マリーによる着せ替えタイムが始まったのだ。正直長くて疲れた。
「流石お城って感じの服の多さでしたね! あたし、ちょっとワクワクしちゃいました」
「ボクの服が無かったのは少し残念だったけどね」
「無茶言うなよ」
「そうね。今度は用意しておくわ」
「マリーも真に受けなくていいから」
そんなこんなで話をしているうちに、大きな扉の前に着いた。マリーが「準備は良い?」と振り返る。
わたし達が頷くと、マリーは勢いよく両開きの扉を開け放った。
扉の向こうは、とてつもない広さの大広間だった。天井にぶら下がった煌びやかなシャンデリアの下では、大勢の人がひしめき合って、テーブルに並んだ豪華な料理を食べている。どの料理もおいしそうで、めちゃくちゃ良い匂いがする。見ているだけでお腹が鳴りそうだ。
「すごい人数ね」
「だって勝利を記念した宴ですもの! 今までずっと我慢我慢の日々が続いていたんだから、これくらいは豪華に祝わないとね」
マリーはウィンクをする。
「何食べますか食べますか!? あたしは甘いやつが食べたいですっ」
「いきなり? そういうのは食後じゃないの?」
「あたしの胃袋にそういうルールは通用しません」
「ボクは誰かが取った料理を横から摘まもうかな」
そんな風にこれからの作戦会議をしていると、「料理はもう少し待って」とマリーに止められた。
「お父様があなたたちと話がしたいって。長くなりそうだったら私が止めるから、先にお父様に会いにいってもらえるかしら」
「もちろん」
わたし達も王様とは話がしたかった。わたし達はマリーの後に続いて、人ごみを掻き分けていく。やがて一番奥の少し高くなったところに、王様と王妃様がいるのが見えた。
王様はわたし達を見るなり、酒の入ったグラスを置いて微笑んだ。
「ようやく来たね。今回の恐魔獣討伐、ご苦労様だった。まさかここまで活躍してくれるとは思っていなかったよ」
「ありがとうございます」
わたしは深々と頭を下げる。王様は「堅苦しくしなくて良いよ」と軽く笑うと、肘掛けに肘をついた。
「それで……褒美の話をしなければならなかったね。クロスの討伐に協力すること、だったか」
「はい。いつになるかはわかりませんが、協力していただけるんですか?」
「もちろんだ。これだけの働きをしてもらって、約束を破ることは出来ないよ。そこでマリーも睨みを利かせていることだし」
王様の視線の先を見ると、マリーがニコニコと笑っていた。しかし目は笑っていなくて、無言の圧を感じる。ありがたい。
「ただ、王都がこんな状況だ。復興までに時間も人手もかかるだろう。もしかしたら十分に力を貸せないこともあるだろうが、その点は了承してほしい」
「わかりました。協力していただけるだけでも、本当に嬉しいです。ありがとうございます」
わたし達はまた深く頭を下げる。それから王様に挨拶をしてその場を離れると、何だか急に力が抜けてしまった。わたしは壁にもたれかかった。
「いやー……本っ当に良かったぁ……」
「緊張していたものね、彩。顔が少し強張ってたわ」
ついてきていたマリーがわたしの頬を指でちょいとつつく。そんなに顔に出てたかな。まあ確かに顔に出る方ではあるけど。
頬を撫でながら顔を上げると、マリーと目があった。いつになく真剣な目だ。
「ねえ。彩たちは、いつからクロスを倒そうとしているの?」
「あー……数カ月前からかな。人間界がやられたのってそれくらいだったよね?」
「うん、それくらいだ」
リンが頷く。マリーは意を決したようにわたし達を見回す。
「もう一度尋ねてもいいかしら。あなたたちって、一体何者なの? どうしてクロスを倒したいの?」
辺りはざわめきに満ちている。わたしは壁にもたれかかったまま、広間へと視線を移した。
「わたしは人間」
「ボクは妖精で、妖精図書館の館長だよ」
「私とセイは……妖精と魔法使いの血を引いてる、姉妹よ」
「元魔法使い。今は不老不死やってる」
「わたしは、人間界での平穏な日々をクロスの手から取り戻そうと思ってる。みんなにはその手伝いをしてもらってるんだよ」
あの日からもう数カ月経ったのかと考えると、何とも言えず遠いところまで来たような気分になる。長いようで短かったこの数カ月。でも、数カ月で獣人界と魔法界の王に協力してもらう約束を取り付けられたのは、なかなかの手柄なんじゃないだろうか。
わたし達の話を聞き終えたマリーは、少しの間黙っていた。何か考え込んでいるようだ。
やがてゆっくりと顔を上げ、「ありがとう」と言った。
「聞かせてくれてありがとう。あなたたちのことを知りたかったの。魔法界だけじゃなく、世界まで救おうとしているあなたたちに元気をもらいたかったから」
マリーは窓の向こうを見据えている。王都の様子は見えないけど、きっとマリーが思いを馳せているのはそこだろう。
「魔法界は恐魔獣のせいでとても傷ついたわ。王都も、この城を除いて残っている建物はほとんどない。多くの人が亡くなって、多くの血と涙が流れた」
でもね、とマリーは続ける。
「この危機を乗り越えられたんだもの。今の私たちに越えられない困難なんてないわ。ここにいるみんなと一緒に、これから魔法界を立て直していくつもりよ。もちろん私もこの魔法界のために力を尽くす。それと、次会った時にはあの魔女も仕留めないとね」
気高く微笑んだマリーを見て、わたしも笑う。
マリーはカッコよくて頼りになるお姫様だ。しかも今のマリーにはジェニもついてる。二人が揃えば出来ないことなんてあんまりないだろう。
「本当にありがとう。あなたたちに出会えてよかった」
そう言うなり、マリーはわたし達に背を向けて走り出した。マリーが手を叩いた瞬間、どこからかカラフルな光の粒が降り注ぎ始める。
突然の演出に驚いた人々の視線を集めるように、少し高い台の上に飛び乗ったマリーは、両手を広げてわたし達を示した。
「みんな注目! 紹介が遅れてしまったけれど、ここにいるのが恐魔獣の討伐で大活躍してくれた、妖精図書館のみんなよ!」
「えっ」
予想していなかった展開に、わたし達は声を揃えた。マリーの紹介で、人々の目が一斉にわたし達に集まる。視線から逃げようにも後ろは壁だ、逃げられない。
「マリーーーー!」
「うわー、すっごい目立ってますよあたしたち」
「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないのかい?」
「……ええー?」
わたし達は互いに顔を見合わせる。でも意外なことに、拍手や歓声に包まれるのは嫌な気分じゃなかった。
「ほら、彩達もこっち見て!」
マリーがニコニコ笑いながらわたし達を呼ぶ。わたしもなんとなく、手を振って笑ってみせた。




