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第一章 13 能力者

「いや、わたしは能力者じゃなくて、ただの人間で……!」

「何をゴチャゴチャと!」


 刹那、突きつけられていた剣が横に薙ぎ払われる。ピリピリと張り詰めていた神経が奇跡の反応をし、わたしは紙一重というところで斬撃から逃れた。バランスを崩しながら後ずさり、あと少し反応が遅れていたらという想像にぞっとする。

 と、


「おいおい、駄目だろここで殺したら。気持ちはわかるが、コイツが能力者ならちゃんと研究所に連れて行かないと減給だぜ?」


 虎の獣人を宥めるのは犬の獣人だ。次の攻撃を繰りだそうとしていた虎の獣人に、一瞬だけ隙が生じる。その隙を、頼れる妖精は見逃さなかった。


「アヤ君!」


 ぐいっと手を掴まれる。そして、視界が真っ白に染まり――


「大丈夫だったかい!?」


 次の瞬間には、リンの顔が目の前にあった。立ち並ぶ本棚、差し込む温かな光。妖精図書館に帰って来たらしい。

 緊張の糸が切れて、わたしは傍の本棚にもたれかかった。


「大丈夫じゃない。し、死ぬかと思った」


 この数日で、わたしはどれだけ寿命を縮めたんだろうか。少なくとも今ので五年は縮んだ。

 がくがくと震える膝をかばうようにその場に体育座りをし、わたしはリンを見上げる。


「ねえ、今のってどういうこと? わたし、人間だってばれたから殺されかけたの?」


 いや、違う。

 自分で聞いておきながら自分で結論を出す。わたしは虎と犬の様子を思い出した。


「違う……あの人たちは、わたしのことを『能力者』だと思ってた」

「…………」


 沈黙するリンに向かって、わたしは質問を投げかける。


「リン、この世界における『能力者』って、どんな存在なの?」


 リンは黙っている。じっと黙って答えを待っていると、やがてリンはあきらめたように微笑んだ。


「アヤ君、まずは謝らせて。ボクの考えが甘かったこと。君を余計な危険にさらしてしまったこと。本当にごめん」

「いいよ。別にわたしは何も怪我してないし」


 奇跡的に。ひらひらと手を振ると、リンは目を伏せた。


「前、アヤ君は能力の話を聞いて、能力者は崇められているんじゃないかって言ってたよね。あれ、まったくの反対だ。能力者は『竜の眷属』と呼ばれ、迫害を受けている」

「竜の……?」

「そう。昔、この世界を脅かした存在がいた。能力を振りかざして空を裂き、界の協調を断ち切った。その存在の名はクロス。それはそれは大きな竜だったそうだ」


 リンは小さく息を吐き、また続ける。


「その影響もあって、能力は世界を滅ぼす力だと人々は認識した。そんなでたらめな力が一個人に宿っていいわけがない。能力者は排除すべきだという考えが浸透していった。まとめると、世間一般的に、能力者は敵ってことだよ」

「……じゃあ、リンも周りの人に?」


 リンも能力者だ。治癒なんて能力が害を及ぼすとは思えないけど、でも、そんなに能力が忌み嫌われているなら。

 しかし、リンはあっさりと首を振る。


「いや。妖精は能力を良いものだと考えているからね。それに、妖精のほとんどが能力者だ。ボクが育ってきた場所では、逆に能力は持っていて当然みたいな考え方だったかな。だから別にボクは何も辛い思いはしていない」


 それならよかった、って思っていいんだろうか。

 能力に対する考えは衝撃的だったけど……確かに、考えてみれば一理ある。辺りを火の海に出来るような能力を隣人が持っていたとしたら、毎日怯えながら暮らすことになるだろう。だからと言って迫害していい理由にもならないけど。


 考え込むわたしに、リンは少し自嘲気味に笑った。


「アヤ君は、能力に賛成か反対か、どっちだい?」

「……ちょっとわたしには難しいかも」


 わたしは勢いをつけて立ち上がる。のびをして体を左右に倒し、それから数えきれないほど並んでいる本棚を見渡した。


「どうせまだ何もできないし、こっちの世界のことでも勉強するよ。もっと能力のこと知りたいし。あと……」


 わたしはリンを振り返り、にっと笑って見せる。


「リンが能力者であろうとなかろうと、リンはわたしの命の恩人で大切な存在だよ。そこだけは何があっても変わらない!」


 そこだけは絶対に勘違いしてほしくない。わたしの絶対に変わらないものの一つだから。


 リンは「ありがとう」と照れくさそうにはにかんだ。


********************


 さて、わたしは今、本の山と向き合っている。こっちの世界を知りたいならとリンが用意してくれた本たちだ。なかなか量が多いけど……じっくり消化していくしかない。

 分厚い本を流し読みしながら、隣には紙とペンをセット。わかったことを軽ーくまとめてわかりやすくできたらなって感じだ。ノートをまとめるのとか致命的に下手だったから、わかりやすくなんて多分無理だろうけど。


 それにしても見慣れない文字を簡単に読み書きできるっていうのはなかなか不思議な感覚で、時々その奇妙さに酔いのようなものを感じながらも、なんとか読み進めていった。


 まず、獣人界のこと。

 獣人界は、百獣の王ライオネルが治めている。襲名制で、今は百三十代目だとか。いくつか町があって、わたし達が行ったのは城下町らしかった。つまり、百獣の王のおひざもとであんな騒動を巻き起こしたってことになる。これはまずい。

 基本は種族関係なく同じ町で暮らしているけど、一部の種族は旅しながら暮らしているらしい。

 かなり技術が発達していて、能力・魔法からかけ離れた生活を送っている。だからこそ、能力・魔法は徹底的に排除する動きが強いみたいだ。


 次に、魔法界のこと。

 圧倒的に魔法を使える人口が多く、魔法に関しては認めている。魔法を使って生活しているため、獣人界より技術は発達していない。というより、魔法界こそ中世ヨーロッパ的な世界観。

 しかし、魔法は認めても能力は否認。魔法の力があれば、能力なんていらないというのが魔法界での考え方だ。そのため、およそ千年前に王族の姫が持っていた『恵み』をもたらす能力も感謝されるどころか反感を買い、今はその能力は途絶えてしまっている。


 次に、この世界全体のこと。

 世界地図みたいなのを見つけたんだけど、そこには獣人界、魔法界、人間界が分断されたように三つの大陸となって並んでいた。昔はこの三つの界は行き来自由だったらしいけど、ある事件をきっかけに分断されてしまったらしい。

 ある事件。それは『虚空』と呼ばれる、リンが話してくれたクロスの事件だ。

 千年前、クロスは当時の世界の統治者『空の守護者』を滅ぼし、三つの界を分断し、さらには能力まで封じた。でも能力を完全に封じることはできず、少数にはなったものの、能力者は生まれてきてしまうらしい。虚空から年月が経つごとにその封印は薄れ、能力者も少しずつ増えてきているとか。


 ついでに、妖精は異世界から移住してきた種族のため、自由に界を移動することが出来るらしかった。人間のわたしが獣人界に行けたのはリンのおかげってことだ。



「……お、良い資料発見」


 わたしはふと手を止め、そのページを見る。そこにはこの世界の地図が描かれていた。今まで見てきたどの地図よりも正確な感じだ。これを手元に置いておいたら、だいぶこの世界の地理がわかりやすくなる気がする。


 ――それは、とても自然な感覚だった。


 わたしはノートのページをちぎり取り、本の隣に並べる。そのまま左手を地図の上に、右手をちぎった紙の上に乗せる。まるでそうするのが当然だというように。ごく当たり前に、何かを移すのにペンを握るのと同じ感覚で、わたしはそうして。


 次にわたしが手を離したときには、紙に地図が綺麗に『コピー』されていた。


「…………ん?」


 一連の動作を終えたわたしは、その違和感に眉をひそめた。本と紙の地図、両方を何度も見比べて、ようやくわたしはある可能性に気付く。


「リン、リン。リン、いる!?」


 ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、わたしは急いで館長室の小さなドアを叩く。はーい、とのんびりとした返事が返ってきて、わたしはがくりと肩を落とした。


「どうしたんだい、アヤ君?」


 マイペースにドアを開けて首を傾げるリンの腕を掴んで、部屋から引きずり出す。


「いいから、ちょっと、その……とにかく来い!」

「意思疎通は大事だよ? もう少しくらい説明してくれたって……」

「そんな暇がないんだよ正直! 見ればリンもわかると思うから」


 とにかくリンをテーブルまで引っ張っていき、わたしも席に着いた。本の適当なページを開き、もう一枚紙を用意して。


「リン、見ててよ」


 そう声をかけて、さっきと同じように左右の手でそれぞれに触れた。数秒経って両手を離すと、紙には本のページの内容がまるまる写っている。

 やっぱり、わたしが混乱していたわけじゃなさそうだ。

 わたしは確信とともに、緊張しながら口を開く。


「これ……『能力』だよね」

「間違いない。アヤ君も能力者になるとは思ってもいなかったよ」


 リンはさっきとは打って変わって真剣に紙をみつめていたけど、やがてふっとわたしを見た。


「今の気持ちはどう? 嬉しいかい?」

「…………いや」


 わたしは力なく首を振って答える。


「正直……怖いよ。こんな突然目覚めるものなんだね。なんか突然すぎて現実味が湧かないっていうか、そもそもこの『コピー』の能力がコピー機以上の働きをするのかもわかんないし」


 だんだん自分でも何を言ってるのかわからなくなってきて、わたしはゴンゴンと頭を叩いた。

 

 結局、わたしは安心していたんだ。自分は能力者じゃないから、人間ってだけだから、そんな偏見は持たれないんじゃないかって。でも……その甘ったれた安堵も今打ち砕かれた。


 コピー。わたしの能力。すごく嫌なところを突いてくるようだ。今のところ、好きになれる気はしない。でも。


「ま、好きにはなれなくてもうまく使えるようにはなりたいから」


 わたしは両手をぱっと広げ、おどけるように笑って見せる。


「リン。能力の先輩として、能力の使い方教えてよ」


 貰ったものはありがたく頂く。それがわたしのポリシー。それは能力だろうと変わらない。


 リンも笑って、眼鏡の奥の目を挑戦的に光らせた。


「そうこなくっちゃ、アヤ君!」

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