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第一章 12 はじめての獣人界

 リンが転移の魔法を唱えると、本を開いた時みたいに視界が真っ白に染まった。いつもの感覚。でも、緊張感はその比じゃなかった。

 これから、別世界に行くんだ。

 わくわくするような、怖いような。曖昧な感情を抱えながら、わたしはぎゅっと目を瞑った。


 ガサッ、バキッ!


「いだっ!?」


 転移したとは思えないような音。実際、わたしは背中から墜落して何かにぶつかり、その中に沈み込んだ。目を開けて確認すると、どうやらわたしは垣根の上に落下したらしい。バキバキと音を鳴らすのは枝だ。

 

「くそぅ、なんでこんなことに……」


 枝をかきわけて外に這い出ると、そこではリンが小刻みに肩を震わせながら待っていた。


「リーンー」

「ごめんごめんっ。まさか君がそんなところに着地するとは思ってなくて。ほら、葉っぱだらけだよ」

「こっちこそ予想だにしてなかったよ」


 制服についた砂と葉っぱとその他いろいろを払い落としながら、わたしはため息を吐いた。辺りを見てみると、今わたし達がいる場所は町の外側、あまり目立たないところだ。町を囲う垣根に墜落したってことだろう。じとっとリンを見る。


「ここ町のはずれだよ。失敗したの?」

「失敗したわけじゃない。ボクもボクなりの考えがあってだよ」


 リンはかわいらしくウィンクして、建物が立ち並ぶ方を指さした。


「向こうに店がたくさんあるはずだ。行ってみよう、アヤ君!」

「いろいろ言いたいことはあるけど、まあいいでしょう。行くか、リン!」


 わたしは笑って、リンの指さす方へ走り出した。


 到着地点の垣根から少し進んだところに、大通りがあった。わたしはそこの前で立ち尽くし、ぽかんと口を開けている。

 通りの周りはきちんと区画され、ちゃんとした家が立ち並んでいる。街灯もあるし、街路樹も植えてあるし……なんていうか、いい意味で思ってたのと違う。技術の発達で、生活水準も向上してそうな感じだ。

 さらに、行き交う獣人たちはバラバラの種族。ウサギもネコもキツネもいる。別の種なのに、こんな現代的な町で一緒に暮らしているのかと考えると、常識が一瞬ではじけ飛んでいくくらいに衝撃だ。


「思っていたのと違う、って顔してるね?」


 リンがにやにやしながらわたしを見る。ちなみに、リンはわたしが肩にかけているカバンの中から顔を出している。このカバンはリンがわたしにあらかじめ持たせてくれたものだ。妖精だから、あんまり人前に姿を見せたらいけないらしい。


「いや、そりゃそうだよ。まさかこんなに現代チックだとは思ってなかった」


 日本とはまた雰囲気が違うから比べづらいけど、なんか、なんていうんだろ……そこまで不便とかはなさそうで何よりだ。なんだこの感想。


「そうだアヤ君。この帽子被って」


 リンがカバンの中からつばの広い帽子を渡してきた。制服にはとてつもなくミスマッチで、被ったら顔まで見えなくなりそうな大きさだ。


「君は獣人じゃないからね。素顔のまま歩いていると不審に思われる可能性がある。尻尾はどうにもならないけど、せめて顔くらいは誤魔化そう」

「わたしとリン、完全に獣人界に馴染めてないじゃん。バレたら怖いな……」


 と言いつつ被る。顔が隠れる程度に深く被って、わたしは狭くなった視界で辺りを見回した。


「あ、向こうに商店街っぽいものがあるらしい。行ってみていい?」

「いいよー。何かあったらカバンを叩いて教えてね。あと、あまり大声でしゃべらないように」

「承知しましたっと」


 リンがカバンの中に潜ったのを確認して、慎重に一歩を踏み出す。やっぱり未知の世界っていうのは緊張してしまうものだ。正体がバレないようにしないといけないのもスリリング。吉田彩ちゃんの異世界版はじめてのおつかいにしては、かなり難易度が高い気がする。


 すでに身なりがかなり怪しくなっていることも気にしながら、わたしは足早に看板が示す方向へ歩いていった。


 その商店街は、人で賑わう活気あふれる場所だった。多くの人が行き来してるから、この格好でもリンと話しててもそこまで気にかからないだろう。少しほっとしながら、入口付近の案内板を見上げた。


「あ、服屋も雑貨屋もある。商店街っていうよりショッピングモールに近いな」


 屋根もついてるし、バレた時のリスクさえ除けばこれからも買いに来たいくらいだ。わたしはチキンだから危険な綱渡りは避けたいところではある。


 商店街のマップを頭に叩き込み、わたしはまず服屋に向かった。

 何軒か並んだ服屋の中から、一番外装がシンプルでお高くなさそうな店に入る。店内は混雑していて、誰かの視線を気にする必要もないから今のわたしには最適だ。

 サイズがわからないので、適当に自分の体に合わせながら良さそうなものをカゴに放り込んでいく。と、カバンの中から妖精が顔を出した。


「アヤ君、ちゃんと文字も読めているみたいだね。よかったよかった」

「文字は読めてもこっちの文化がわかんないよ。価格の相場がわかんない。リン、この服って高い? 安い?」

「庶民的な価格だね。別にお金のことなんて気にしなくていいのに」

「気にするよ!」


 リンの衝撃発言に、わたしは声をひそめながらも語気を強くして反論する。

 貧しくもないけど裕福でもない、そんな一般的な家に生まれたわたしには、もう「庶民的」というのが染み込んでしまっているらしい。異世界でも自然と庶民的な店を選んでしまうくらいには。


 わたしが服を選んでいる間にも、リンはカバンから少しだけ顔を出していろいろ口を出してくる。

 

「シンプルなものばっかりだね。もう少し女の子らしい服は着ないのかい?」

「ガーリーなのは好みじゃないなあ。Tシャツにズボンが動きやすさでナンバーワンだよ」


 しかし獣人用だからか、おかしなところに穴が空いていたり変にモコモコしていたりして、ちょうどいい服が見つからない。もともと服を選ぶのが得意じゃない、好きじゃないわたしにはなかなかの苦行だった。

 

 どうにか着回しできるくらいの服をカゴに放り込んだわたしを、次なる関門が待ち受ける。


 わたしは財布を出し、中身を確認した。金、銀、銅色の硬貨が何枚か入っている。これ、お金の単位はなんて言うんだろ。すぐさまリンに助けを求める。


「リン、これって何円入ってるの?」

「えーとね……銅が一枚10ノーク、銀が一枚100ノーク、金が1000ノークってところかな。この上にまだ一枚10000ノークの硬貨があるけど、まあそんなに使うことないから安心してよ」

「わかった。とりあえず理解した、はず。じゃあお会計いくから、何かやらかしそうになったら止めてよ」


 わたしは会計の場所まで行き、店員が計算している間、怪しくない程度に俯いてやり過ごす。


「合計で2800ノールになりまーす」

「あ、はい……えっと、金が2枚、銀が8枚……」


 何事もなく払い終え、わたしは紙袋を手に提げながら店を後にする。

 にしても、これだけ買って2800ノールって安いな。確かにこれなら10000ノークなんて使う機会ないだろう。

 

 お次は生活用品店だ。大きめの店に入り、今度はリンが指定したものを買う。タオル、シーツなど人間界と変わらないものもあれば、なんか丸くて風が出る使い方がよくわからないものもある。取り扱い説明書もついてないみたいだし、使い方はリンに聞こう。


「よし、これでアヤ君も生活できるはず。アヤ君は他に欲しいものないかい?」

「ないよ。じゃあまた会計行ってきます」


 3400ノークをササッと払い、またそそくさと店を出た。商店街の出口を目指しながら、わたしは大きくのびをする。


「それにしても、これではじめてのおつかいもクリアかー。なかなか単調な買い物だったけど、これでわたしも生活できるね。ありがと、リン」

「いいよ。アヤ君が頑張らないといけないのはこれからだからね。サポートはボクに任せてよ」

「んー……そっか、これからか」


 そんなことを話しながら歩いていく。わたし達は商店街から出て、大通りを渡り、最初に来た垣根のところまで戻って来た。リンの話では、ここに到着したならここから帰らないとうまく転移できないらしい。面倒だけど、まあそれなら仕方ないよね。


「じゃあ、魔法を使ってパパッと帰っちゃおう。リン頼むよー。今度は垣根の上に落とさないでね。……リン?」


 リンからの返事が返ってこない。まさか、道中で落とした? いや、カバンの重さは変わらないし、落としたら落としたでリンが助けを求めてくるだろう。ってか、妖精だから飛んで追いつくこともできるし。


「おーい、リンさーん? あなたが魔法使ってくれないと帰れないんですけどー? どうした、体調悪いの――」

「おい」


 突然、背後から誰かの声がした。迫力のある男の声だ。間違いなくリンの声ではない。

 わたしは恐る恐る、ゆっくりと振り向く。


「今、『魔法』って言ったか?」


 そこにいたのは、五人の獣人だった。全員鎧を身につけ、腰に剣を携えている。現代的な町並みにはそぐわないそのいで立ちに、わたしはじりっと後ずさりながら答えた。


「言いました、けど――っ!?」


 キンッと甲高く剣を鞘から抜く音がし、その次の瞬間には喉元に刃が突きつけられていた。突然のことに、体がすくんで動かない。

 剣を抜いた虎の獣人と目が合う。その視線にはまっすぐな殺意が込められているように感じた。


「通報があって駆けつけてみれば……お前は何者だ? 何故『魔法』が使える?」

「わ、たしは、魔法なんて」


 声が情けなく震えて、わたしは強く奥歯を噛みしめる。怯えるな、怯えるな。何が起こってるのかさっぱりだけど、ここで不審な動きを見せたら余計に疑われることになる。とにかく冷静になれ……!


「わたしは、魔法なんて使えません。それで、わたしは……」


 強い風が吹いた。風にあおられて、今までわたしの顔を隠してくれていた帽子が宙に舞う。やばい、とわたしが顔を引き攣らせるのと、目の前の五人が明確に殺意を表すのはほぼ同時で。


「お前……『能力者』だな?」


 虎の獣人は、低くうなるような声で言った。


 

 

 

 


 

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