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空と妖精のコピオーネ (旧:妖精の戯曲、蒼穹の誓い)  作者: 天音色
第四章 過去を乗り越える物語
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第四章 2 再び魔法界へ

「『風魔』!」


 ひゅうっ、と間抜けな風がわたしの髪を揺らした。その拍子抜けな威力に、わたしはため息を吐く。


「駄目かあ……」

「彩先輩、最近調子悪いですね。力使い果たしちゃったんでしょうか?」

「使い果たしたとかやめてよ! わたしの人生まだまだ長いんだから」


 縁起でもないセイの言葉に、わたしは焦って答える。それにしても、最近能力が思うように使えない。セイの言う通り――別に使い果たしたわけじゃないと思うけど、一連の洗脳騒ぎで暴れたのが原因だろう。


「アヤ君の調子が戻っていないなら、魔法界は延期にするかい? 獣人界と違って、魔法界にはこれといって急な用事はないし」

「あたしが千年ぶりくらいに里帰りするくらいしか用事ないし」

「里帰りのスパンが桁違いすぎる……。いいよ、頑張って調子取り戻すから。何とかなるでしょ」


 急ぐ用事がないとしても、やれることは今のうちにやっておいた方がいいことは確かだ。それに、わたしの能力は状況によって状態が変わるから、逆に追い詰められた方が使えるようになるかもしれない。逆転の発想すぎるけど。


「いや、やっぱり不便だなこの能力。リンー、何かないの? 能力をパワーアップさせる方法」


 わたしは机に突っ伏すと、手足をじたばたと動かした。「んー」と悩まし気なリンの声が聞こえる。


「能力についてはわかっていないことが多いんだよね。ボクも能力については気になっているから、何度も調べてるんだけど」

「能力はその持ち主の鏡ってよく言うよな」


 ユーリが、セイの魔力銃をいじりながら言う。ちなみに、ユーリには魔力がないから暴発の危険もなく、安全だ。


「鏡」

「そう。能力はその人の性質を表す。たとえば、悲しむ人の涙を消し去りたいと願った少女は、対象のものを消す能力を手に入れた」

「すごい能力じゃないですか? ものを消せるなんて」


 セイが目を丸くする。ユーリは小さく頷いた。


「ああ。でも、能力は万能じゃない。水や動植物は、その能力で消すことは出来なかった」

「……涙は?」

「それは捉え方次第だろうな。涙をただのしょっぱい水だと捉えるのか、悲しみの象徴だと捉えるのか」


 なるほど。なんとなく「能力は鏡」って話は理解した。

 『コピー』が自分に深く関わった能力だということは、それなりに自覚しているつもりだから。


「能力は使用者に大きく影響されている。だから、その使用者の精神状態を鍛えれば、能力も安定するんじゃないかという考えはあるね」


 リンが指で自分の胸をとんとんと叩いた。


「精神状態?」

「さっきの話で例えると、その能力では直接的には涙を消せなかったわけだ。それについて、意味のない能力だと落ち込むか、能力を使って別の方法で涙を消そうと頑張るか。どっちが強いと思う?」

「それは絶対に頑張る方じゃないですか?」

「そういうことだよ。意思が安定してる方が、間違いなく能力は強くなる。ボクが言いたかったのはそういうことさ」


 リンは何度か頷いたのち、「なかなか分かり易かったよ」とユーリを褒める。ユーリは「どーも」とそっけなく答えた。


 リンが、ぱっとわたしの方を見た。


「大体わかってくれたかい?」

「っあー……うん、なんとなく?」


 一瞬言葉に詰まった。それから曖昧な笑みを浮かべて、首を小さく傾げてみせる。


「ハッキリとはしませんもんね。精神状態って、どうすればいいんだーって話ですし」

「まあね。だから、前にも言ったように能力に慣れることが一番現実的な気がするよ」


 リンがそう締めくくったところで、後ろから勢いよく扉が開く音がした。


「お待たせ! ごめん、本当に。待たせたわよね」


 鞄を持ったナオが、息を切らして立っていた。実は、今まで支度の出来ていないナオを待っていたのだった。わたしはナオの方へと体を向ける。


「いいよ。暇潰すのは得意だし」

「ナオ君も揃ったことだし、城下町に向かって出発しようか」


 リンがふわりと浮き上がった。セイも椅子を引いて立ち上がる。


「あたし、前に城下町で食べたお菓子がまた食べたいんです! いいですか?」

「魔法界のお金は少し心もとないから、お菓子は余裕があればね。獣人界と同じ通貨だったらいいのに……」

 

 会計係のナオが、悩まし気に呟く。ナオの支度が遅れたのは、お金の準備をしていたからというのもあった。

 今回の報酬のおかげで獣人界ではかなり裕福に暮らせるんだけど、何せ通貨が違うから魔法界でも同じようにとはいかない。エドワルドさんとラスティンさんから貰ったお礼のお金は、あることにはあるんだけど、あんまり使い込むとどうなるかわからないし。


「なんかないの? 獣人界と魔法界の通貨を両替しますーみたいな銀行」

「そもそも妖精しか界の行き来が出来ない上に、普通の妖精は界の移動なんてしないからな。そんな特殊な事業、妖精くらいしか出来ないし需要もないだろ」

「それもそっか。いやー、不便だ不便」


 考えてみれば、妖精図書館という異空間を媒介にして三つの界を行き来するわたし達が珍しいんだよね。当たり前すぎて忘れるけど。


 わたしは何気なく髪を結んでいるリボンを引っ張ると、みんなを見回した。


「注目! 最後に魔法界での行動計画を再確認しよう。最終目的は魔法界の王様にわたし達の存在を認めてもらうこと!」

「そのために、今回は城下町で主に活動することになる。でも城下町では転移魔法が使えないから、関所を通る必要がある。一日に活動できるのは、関所を通れる時間までだね。もし急ぐ用事があったら宿をとってもいいと思うけど」

「城下町に行ったら、まずはラスティンさんたちに挨拶に行かないとですよね! それと、ユーリに今の魔法界の案内を。あ、故郷に戻ったりしますか?」

「いいよ、多分跡形もないだろうし……」

「そして、一番忘れちゃいけないのが」


 ナオが重々しい口調で言った。


「私達が能力者だってことが、どこまで知れ渡っているかわからないってこと。少なくともエドワルドさんは私達の顔も名前も完璧に把握しているわけだし、指名手配されていてもおかしくない」


 そう。前回の魔法界の旅は、わたしがエドワルドさんに能力のことを打ち明けたおかげで、何とも苦しい結果に終わってしまった。その影響がどこまで出ているかわからない。


「ま、指名手配なんて慣れたもんだけどね。いざとなったらわたしが『幻惑』使って潜入するし。獣人界とやることはなんにも変わらないよ。魔法界で何らかの手柄を立てればそれでよし」


 わたしはそう親指を立てた。物事は何でも簡単に考えておかないと、一歩も踏み出せなくなってしまう。楽観視も大切だ。


 リンもわたし達を見回して、大きく頷く。


「まあ、細かいことはこれから考えていけばいいさ。とりあえず今からは城下町に行ってみないかい? みんな、準備はいい?」

「おっけー」


 わたし達はリンを中心に円になった。円の中心で、リンが呪文の詠唱を始める。

 やたらと心臓がうるさい。緊張してるんだなぁ、と、無意識に髪を結ぶリボンを摘まんだ。


 落ち着け吉田彩。大丈夫。きっと楽しい旅になる。


「――そして叫べ、転移』!」


 リンの詠唱が終わると同時に、白い光が辺りを包み込んだ。わたしはぎゅっと目をつぶる。


 リンの転移魔法は、頭がおかしいくらい安定している。リンは「妖精だから若干の補正がかかる」と言っていたけど、それでもこの安定感は普通ではないだろう。

 目を開けたときには、もう既に目的地に着いている。それがリンの転移魔法だ。


 それなのに。


 ぐらっと辺りが揺れた。バランスを取ろうと後ろに下がった足が、柔らかい地面に沈み込むような感覚。いや、引きずり込まれたというべきだろうか。とにかく不快な感覚に、わたしはパッと目を開けた。


「なに!?」

「きゃっ、なにこれ……っ!」


 隣にいたセイの手を掴んで、引っ張り上げる。セイは「ありがとうございます……」と目を見開きながら答える。


「リン!」

「ボクにもわからない! でも、何かがおかしいんだ! 何かに妨害されている!!」


 わたしの呼びかけに、リンは珍しく大声を張り上げた。その横顔から、転移が失敗したわけじゃなく、何かただならぬ事態だということを感じ取る。


「何かって……」


 ナオがそう呟いたそのときには、わたし達は固い地面の上に立っていた。揺れもない。


 良かった、無事着いたね。


 ほっとしてそう呟こうとしたわたしは、視界に映った光景に言葉を失った。


「リン、戻れ! 今すぐ!!」


 ユーリの叫び声が、どこか遠く聞こえる。わたしは呆然として前を見つめていた。



 わたし達の目の前には、わたし達の何十倍もの大きさの怪物がいる。



「『恐魔獣』だ!!」


 ユーリが叫んだ。



 


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