第三章 38 作ろうチームユニフォーム!
番外編のような本編です。これにて第三章終了になります。
「服が欲しい」
祝勝会&新人歓迎会から二日後、ようやく体が動くようになったわたしは、ずっと考えていたことを口にした。
それを聞いたリンが「へえ」と目を丸くする。
「いいと思うけど、アヤ君の口からそれが出てくるのが意外だよ。アヤ君は服になんて興味がないと思ってた」
「いや、その通りだよ。多分同年代の……ナオとかセイに比べたら、わたし全然服に興味ない方だと思うし」
「じゃあどうして急に服が欲しいなんて言い出すのよ。おしゃれに目覚めたってこと?」
編み物をしているナオが、顔を上げてわたしを見た。
ちっちっち。ナオはまだまだ甘い。人間界で15年間生きてきてもおしゃれに目覚めなかったわたしが、どうして今このタイミングで目覚めるというのか。吉田彩学がなってないね。
わたしは人差し指を振ると、高らかに宣言した。
「わたしは、チームユニフォームが欲しいってこと!」
この場にいた四人の視線が、バッ、と一斉にわたしの方へ向けられた。セイが首を傾げる。
「ちーむゆにふぉーむってなんですか?」
「みんなで着るお揃いの服ってこと。よくない? みんなで着て出かけたくない? わたし密かに憧れなんだけど」
戦隊ものとかも、みんな同じような格好して戦うじゃん。そんな感じのイメージだ。わたし達のチームも五人になったし、ライオネル王に認められるくらいになったし、なんかいい感じの服を用意してもいい頃だと思ってる。
「え、それはどんな目的のために用意するの? ただ出かけるためだけに?」
「それで戦いに行ってもいいじゃん。よくない? 同じ服着た五人組がピンチにザッて駆けつけてくるの。かっこよくない?」
「ボクはいいと思うよ。なんだかワクワクするじゃないか」
「そう、ワクワクするんだよ!」
わたしはパチンと指を鳴らした。ワクワク。それが大事だ。生きる上で一番大事。ワクワクすることを追いかけて生きていきたい。
「別にあたしも賛成だけど、戦いに行くってどんな服だよ。鎧か?」
「鎧なんて着たら、わたし動けなくなるんだけど。もっと……もうちょっとラフにいこうよ」
「ラフって言っても戦いを想定するなら、それなりの耐久力は必要よね。どこの店行くのよ。あてはあるの?」
「それに、あたしたち服の趣味合うんですかね? 選ぶ色とか系統とか全然違いますけど。ほら、あたしとお姉ちゃんはよくスカート履きますけど、彩先輩とユーリとリンが履いてるところ見たことないじゃないですか」
「そういえば、一般的な服屋にボクのサイズの服なんてないよ? 人形用とか買っても、ボクはさらに羽があるから入らないし」
「だーーーーっ!!!」
わたしは叫んで立ち上がった。拳を振り上げて、じたばたと暴れる。
「文句が、文句が多すぎる! そんなにチームユニフォームが嫌なの!? 嫌じゃないなら今すぐ出かけるから準備してよ!」
「ええ、急に怒らないでくれる……? 嫌じゃないけど、どこへ行くつもりなのよ」
ナオが呆れながら聞いてくる。わたしはバサリと上着を羽織った。
「ウメさんに会いに行く」
タケのお母さんのウメさんは、村で服屋を営んでいる。
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タケの村へ来たわたし達は、まっすぐにウメさんの服屋へと向かった。ドアを開けると、棚の上を掃除していたウメさんがパッとこっちを見た。
「ああ、いらっしゃい! アンタたちすごいねえ。ホントに洗脳とやらを解いちゃうなんて!」
「いやいや、それほどでも。皆さん無事みたいで良かったです」
わたしは頭をかきながら答えた。村の様子を見ても、みんな特に何も変わらずに生活しているようで何より。マツさんも城下町から帰ってきたらしい。
「タケなら広場に、旦那なら家にいるよ。案内しようか」
「ううん、今日はウメさんに会いに来たんです。ちょっと服が欲しくて。服の特注って出来ますか?」
「そういうことね、出来る出来る! アンタたちのお願いだったら何でも聞くよ。あ、ちゃんとお代は頂くけどね」
「私達もそこを踏み倒すつもりはありませんよ」
ウメさんははたきを棚へ突っ込むと、せかせかとカウンターの方へ進んでいった。わたし達もそれを追いかける。
「どんな服が欲しいとか希望はある?」
「わたし達の活動がしやすい服です。デザインはまったく決まってません。どうしましょう」
「アンタたちの活動って……クロスを倒すことだろう? あ、待った。昔貰ったカタログがあったような気がするね。ちょっと待ってて」
ウメさんはすぐに奥の部屋に引っ込んでしまった。本当に忙しい人だなあ、とその姿を見ていて思う。セイは興味津々な様子で店内を見ていた。
「あたし、ここに来るの初めてです! いっぱい布があります」
「そうだね、服屋だもんね。ウメさんならわたし達の要望も聞いてくれるんじゃないかなって思ったんだ」
「すごくいい考えだと思うわよ。彩のくせに冴えてるじゃない」
彩のくせには余計なんだよ、と反論しようとしたところで、ウメさんが部屋から飛び出してきた。わたし達の前にドン、と分厚い本を二冊置く。
「これ、昔貰った『冒険者たち』みたいなお題のカタログだよ。流行からは外れてるけど、ちょっとした参考にはなるんじゃないかい」
「え、ありがとうございます! めちゃくちゃ助かります!」
「いいのいいの。ある程度決まったらまた呼びなね」
「はい!」
カタログを抱えて、わたし達は店の奥へ入った。丸椅子を並べて、カタログをのぞき込む。
「これは絶対に譲れないんだけど、わたしはマントが欲しい。たなびかせたい」
「別にそれは文句ないけど」
「じゃあ決まり! マント付けよう」
「鎧着れませんし、布系の服ですよね。でも、こういうローブは動きづらいんでしょうか」
「だからといって、布が少なければいいわけじゃないからね。すぐに怪我してボクの負担が大きくなっちゃう」
「はは、これ見ろよ。この服考えた奴狂ってんだろ。露出狂かよ」
「ちょっと待って。好きに話しまくらないで。一旦整理するから」
混線気味な会話を遮って、ナオが近くに置いてあったペンを握った。リンが持っていた紙に、今まで出た要望をまとめていく。
「まず、布系の服。マントが欲しい。ローブは嫌だけど程ほどに布は欲しい」
「ボクは格好いい紋章を入れたいな」
「落ち着いた色がいい」
「明るい色がいいです」
「ズボン一択」
「え、私スカート系でもいいんじゃないって思ってたんだけど」
紙に書き連ねられた要望は、後半見事に食い違っていた。わたし達は紙を見つめて唸る。
「たかが五人なのに意見がまとまらない。地獄だ」
「こうなるのは何となくわかってただろ」
そうなんだけど、思ってたよりひどかった。わたし達ってここまで協調性なかったんだなあ、としみじみ感じる。これじゃマントが採用されるどころかチームユニフォームさえボツになるかもしれない。
「どう? 大体決まった?」
そこで、ウメさんがわたし達の様子を見に来た。手元にある紙を見て、「うわあ」と顔をしかめる。
「読みづらい字だね。というか、これ昔の字だからアタシ読めないわ。何が書いてあるんだい?」
「すみません……。状況はこんな感じです」
少し青ざめた顔のナオが、紙の内容をウメさんに説明する。わたしはナオの字を見つめながら、内心で首を傾げていた。
現代を生きるわたしが普通に読めるくらいの字だし、綺麗な字だと思うけどな?
「あー……もう、それだったらいっそのこと、服の形だけ同じにしたらいいんじゃないのかい? 服の色とかズボンとかスカートとか、全部自分で決められるようにするんだよ」
ナオの話を聞いたウメさんが、腕組みをしてそう言った。わたしは一瞬フリーズしたのちに、悲痛に叫ぶ。
「えっ、それチームユニフォームじゃないじゃないですか!」
「早とちりは早いよ。紋章と上の服の形とマントの色は統一するの。そうしたらみんな一緒に見えるだろうさ」
「えっ、ああ……なるほど?」
よくわかっていないけど、ウメさんについていくことにした。ウメさんと一緒に話し合いながら、服の形やデザインの幅を決めていく。
そうして出来上がった服は、なかなかカッコいい感じになった。半そでの服の下に長袖のシャツを着て、ベルトで締める。胸には光が竜を貫く紋章。わたしの場合下はタイツにショートパンツ、スニーカーだ。マントは首辺りに巻き付けることになった。
「マントの色はどうするの、彩?」
ナオに聞かれ、わたしは「えっ」と戸惑った。
「わたしが決めるの?」
「マントの言い出しっぺは彩なんだから、当然でしょ。彩が思い描いている色、どうぞ」
わたしが、思い描いている色。
考えるために目を閉じても、浮かんでくるのは一つだけだった。クロスの洗脳を解いた時の、あの晴れ渡った空。
わたしは目を開いて言った。
「青。青空の色!」
「よし。じゃあ決まりだね」
ウメさんは紙にサラサラとメモをすると、紙束をまとめて立ち上がった。メジャーを手に取ってジャッと伸ばす。
「次は採寸だよ。アンタたちはみんな形が特殊だからね。さ、アタシについてきて」
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採寸を終えたわたし達は、妖精図書館へと帰ってきた。なるべく急いで作るけど、服が出来上がるまでにはまだまだ時間がかかるそうだ。
「いやー、いいね。本当に成功しちゃったチームユニフォーム」
わたしは一人本棚の間を歩きながら、大きく伸びをした。要望が叶って嬉しい限りだ。これでなんかチーム感が出るよね。
「……っと、ここら辺か」
わたしは本棚に貼ってあるラベルを見て、足を止めた。ラベルには「言語学」と書いてある。ポケットから、くしゃくしゃになったさっきのナオの手書きメモを出す。
ウメさんの言葉が気になって、昔の文字とやらを調べに来たしだいだ。
思い返せば、わたしはリンにこっちの言語を強制インプットされてるわけだから、もしかしたら昔の言葉もインプットされてるのかもしれない。わたしがナオの字に違和感を覚えなかったのはそういいう理由かも……という推測からだ。
わたしは本棚をずーっと辿っていく。昔の字の形が見たいだけだから、適当な本さえ見つかればいいんだけど、と本棚を見つめていた時、わたしはハッと息を呑んだ。
「『II』……」
いつしか見た、Iの本。その続編と思わしきボロボロの本が、本棚の間に挟まっていた。
わたしは慌ててそれを手に取り、表紙を開く。
『ツカサと奏は、だんだんと仲良くなりました。奏はツカサにたくさんのことを話しました。家族のこと、友達のこと、学校のこと。ツカサは、奏のどんな話も真剣に受け止めてくれました。
「ツカサさんみたいに、わたしの話を優しく聞いてくれる人はじめてだよ」
奏がそう言う頃には、二人はとても仲良くなっていました。嬉しそうな奏に、ツカサも微笑んで答えました。
「そう言ってもらえて、私も嬉しい。でも、奏。きっとこの先、貴女のことをもっと理解してくれる人たちに出会えるわ」
「そんなことあり得ないよ。これから先っていつのこと? わたし、ずっとここにいるもん」
時間の流れない小さな部屋は、奏にとってとても居心地の良い場所でした。ツカサは少し辛そうに口を引き結んだのち、ゆっくりと頷きました。
「そうね。まだ、一緒にいましょう」』
本を閉じたわたしは、思わず眉をひそめた。
相変わらずわけわかんないけど、とりあえず気になることが一つ。
時間の流れない小さな部屋。そんなの、存在するだろうか。
少しの間考え込んだけど、答えが出るはずもない。
「リンに届けに行こ」
と、わたしは来た道を引き返した。