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第三章 36 青天

 私――ナオは、魔法陣と向かい合っていた。魔法陣は煌々と青色に輝いている。彩が持ってきてくれたエネルギーは、もう使い果たしてしまった。


「リン、まだ駄目なんですかー……?」


 セイが疲れたようにリンを仰ぐ。リンも息を切らしながら頷いた。


「まだだね。もうすぐだとは思うんだけど、十分な魔力が蓄えられたら、すぐに魔法陣が発動するはずだから……」


 額を汗が伝い落ちた。私は手の甲で汗を拭って、魔法陣に集中する。

 エネルギーを使い果たしてしまった今、残るは私達の魔力だけだ。これが終わったら倒れるくらいのつもりで、全魔力を放出しないといけない。でも、それにも体力はいる。


 私は大きく息を吐きだす。あともう少しとわかっていても、辛いものは辛い。ずっとここで魔力を注ぎ続けているから何も変化はないし……。


 空を仰いだ時、落ちてきた竜が風の刃を飛ばしてくるのが見えた。


「ッ!?」

「お姉ちゃん!」


 私を呼ぶ、セイの悲痛な声。私はといえば、急なことで体が反応しない。集中力を魔法陣の方へ割いていたわけだから、急な転換が難しい。

 

 ギリギリのところで一歩を踏み出すと、魔力の消費量が激しいからか、ぐらりとバランスを崩した。


 絶体絶命。量産型竜の一撃で致命傷を負うことはないと思うけれど、それでも悪影響が出ることは間違いないだろう。せめて、すぐにでも能力で跳ね返せるように――


 キィンッ!


 澄んだ金属音が辺りに響き渡った。剣先が風の刃をはじき、軌道を逸らす。私は目の前に立っている人物に目を瞠った。


「兵士長……?」

「竜はこっちが引き付ける! お前たちはその妙な術に全力を注げ!」


 兵士長は剣を構えながらそう叫んだ。私は体勢を立て直しながらセイとリンを見る。二人とも、ほっとしたような驚いているような不思議な表情をしていた。


 兵士長を見つめたまま棒立ちする私達。それに、と兵士長は剣で空を指した。


「あの人間に後れを取ってもいいのか?」


 剣先を目で追うと、その先には竜の群れがいた。その中で、一匹だけ明らかに違う動きをしている竜を見つける。その背中には二つの小さな影が見えた。


「あいつら……」


 私は思わず呟いた。あの影の正体なんて、わざわざ考えるまでもない。呆れなのか、全身に入っていた力が抜ける。


「ええっ、二人とも何してるんだ」

「彩先輩の提案っぽくないですか? 彩先輩らしいですもん、あのめちゃくちゃさ」


 二人の会話を聞きながら、私は辺りを見回した。気づいていなかったけど、いつの間にか私達の周りには多くの兵士たちがいた。私達を竜から守るために。


 間違いない。今この場所は、私達全員で掴み取った勝利の場だ。


 力が湧いてくるのを感じる。体力も魔力もほとんど残っていないように感じていたけれど、意外とそんなことはなかったようだ。

 

 私は笑って――いつも彩がするような不敵な笑みを浮かべて、声を張り上げた。


「すぐに終わらせるわよ、二人とも!」

「うん!」

「はいっ!」



*******************



「はあ……なかなか、片付かないね」


 わたしはため息をついて竜の群れを見上げる。さっき右腕に負ったやけどが痛い。わたし達を乗せている竜も疲れてきたのか、だんだん動きが鈍くなってきている。もう、どれくらいの時間空にいるんだろう。


「火力不足はやっぱり否めないよな。ミィの能力、まだ上手く使えてないんだろ?」

「うん……思いの外難しいわ。どうしたらいいんだ」


 そう言っている間にも、竜たちがわたし達を取り囲む。わたしはユーリに「まだいける?」と聞いた。


「そんなの行くしかないって」

「同感。行くか死ぬかの二択だよね」


 わたしとユーリは、能力を使う体勢を整える。その瞬間、


『彩』


 頭の中に声が響いた。わたしはハッとして動きを止める。


「ナオ?」

「はっ?」

『聞こえる? 私よ、ナオ。あんたの戦ってる姿、下からも見えるわよ』


 テレパシーだ。突然のテレパシーに何かあったのかと考えを巡らせる。でも、聞こえてくるのは落ち着いたナオの声だけだ。


『彩とユーリに負担ばかりかけるわけにいかないから、私達も頑張ったの。下、見える?』


 わたしはひっくり返るような勢いで下を見た。テレパシーが聞こえていないユーリも、困惑した様子ながら、そっと下を覗き見る。


 そして、


「「魔法陣!」」


 二人声を揃わせた。ここからでも、地上で青い光が輝いているのが見える。わたしはユーリと顔を見合わせた。


 ナオの得意げな声が、頭の中に響く。


『もうすぐ魔法陣が発動する』



*******************



 伝達魔法を使っていた私は、あまりの眩しさに目を細めた。魔法陣は真っすぐで透明な青い光をたたえている。


「発動するまでに時間はかからないだろう」


 リンがほっとしたような笑みを浮かべる。セイは「気を抜くにはまだ早いですよっ」と気合を入れ直した様子。


「そうだね。みんな、最後にもう一押しだ。完全な魔法陣になるまで、あと少し」


 リンの言葉に、私は静かに目を閉じた。瞼越しでも青色のまばゆい光は伝わってくる。そっと祈るような気持ちを込めて、私は魔力を注ぎ込む。



*******************



 やっと……と、思わず呟いていた。やっと、クロスの洗脳を解くことが出来る。ライオネル王に認めてもらえる。


「ユーリ、いけるよ」


 わたしは拳を固めて顔を上げた。隣のユーリが、「は?」と眉をひそめる。


「急に何を……」

「わたし、今すっごく喜んでる。めちゃくちゃ嬉しい。なんていうかな、達成感っていうか」


 わたしは竜の群れに対して手を突き出した。思わず笑ってしまうのを抑えられない。ユーリは何となく、わたしの言いたいことに気づいたようだった。


 わたしは満面の笑みを浮かべて、叫ぶ。


「本当に、感情が大きすぎてはちきれそうだよ。掴んだ。『感情爆発』!!」


『魔法陣、発動!!』


 大爆発が起きて、わたし達は竜ごと吹っ飛ばされた。ユーリの手が、わたしの腕をつかんだ。二人仲良く落下しながら、わたしは爆発の様子を見上げる。見る限り、逃げられた竜はいないはずだ。我ながら見事な爆発っぷり。


 そして、地上から伸びてきた青色の光が、空を穿った。幾筋にも分かれた光は分厚い雲を貫き、散らす。溶けるようにして消えた雲の後ろからは、眩しい青空が顔をのぞかせた。


「……晴れた」


 ユーリが呆然としたように呟いた。太陽の光がさんさんとわたし達に降り注ぐ。

 

 それは、まるで空からの祝福だった。


 太陽の光はとても明るくて眩しくて、それでいて深い優しさと温かさがあった。この光ならクロスの洗脳を解けるだろうと、とても自然に納得できるような、そんな光。


 竜が落下していたわたし達を背中の上に拾って、ゆっくりと降下していく。その間もわたしとユーリは、ぼうっと空を眺めていた。


「彩!」


 竜が地面に着地すると同時に、ナオの声が聞こえた。わたしとユーリが竜の背から降りると、竜は静かに地面に伏せた。


「ありがと。おかげで助かったよ」


 わたしは竜の頭をなでる。わたし達の空中戦の成果は、半分くらいこいつの頑張りのおかげだと言っても過言ではないだろう。それくらい、びっくりするほど働いてくれた。

 

 ユーリはじっと竜を見つめていたけど、やがて「なあ」と声をかけてきた。


「どうするんだ、この竜。こいつが竜であることには間違いないだろ」

「うん……まあ、そうなんだけど」


 だけど、わたし達の役に立ってくれたのも確かだし……。

 迷ってユーリを見上げると、ユーリもどこか寂し気な表情でわたしを見た。


 沈黙が流れる。足音が近づいてきて、わたしはぐいっと肩を後ろに引っ張られた。


「離れて!」


 ナオだった。よろめきながら後ずさった瞬間、竜が黒い炎に包まれた。


「えっ」


 反応する隙も無い。あっという間に黒い炎は消え、後には何も残らなかった。ナオが、呆然とするわたしの肩から手を放して言う。


「クロスよ。裏切り者は……始末されるわけだから」


 わたしはじっと、竜がいた場所をみつめる。ユーリにわしゃわしゃっと頭を撫でられた。「アヤ君、ユーリ君!」とわたし達を呼ぶ声と、駆け寄ってくる足音。


 落ち込んでいる場合じゃない。今は、喜び合うとき。顔を上げて、ようやく揃った仲間たちを見回した。ほんの数時間しか離れていなかったはずなのに、すごく久しぶりに感じる。


 ナオ、リン、セイ、ユーリ。わたしは青空の下で、仲間たちに向かって笑いかけた。


「お疲れさま。なんか、眩しいね」


 太陽の光は、わたし達を――いや、獣人界を温かく照らしていた。


 

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