第三章 35 『感情爆発』
聞き覚えのある声に、わたしはハッとして振り向いた。
「なんで!?」
わたし達を呼んだのは、間違いなくルーナとミィだった。ルーナは息を切らしながら、ミィは元気にぴょんぴょんと飛び跳ねながらこっちへと駆け寄ってくる。
わたしは慌てて竜が見えないように『幻惑』を使うと、両腕を広げた。
「ちょっ、ダメダメダメ! どうして来たの!? 危ないよ!?」
「そんなこと言ったらアヤちゃん達だってここにいるでしょー」
「そうだよ! ずるいずるい」
「ずるくはないだろ」
駄々をこねるミィに、ユーリが冷静にツッコむ。わたしは混乱しながらルーナに聞いた。
「どうしてここに? 避難指示出てない?」
「出てるよー。他の人たちは洗脳が解けてるわけじゃないから、結構大混乱。竜のいる方へ押し寄せようとする人たちもいて、それを王様やオーガ様が止めてくれてる感じかなー……」
それから、ルーナはミィへと視線を落とす。
「ここへ来たのは、ミィがどうしてもアヤちゃんを手伝いたいって言うから。私は止めたんだけど、こういうときのミィって止まんないんだよねー」
苦笑するルーナ。その原因となっているミィは、えっへんと自信満々に胸を張った。
「ミィは能力者。彩もユーリも能力者。ミィもかっこよく戦いたい」
「でも……」
ミィはまだ小さいし、ルーナは力を持たない一般人だ。流石にこの二人を空の旅へ連れていくわけにはいかない。ただ、火力不足は明らかな問題ではあって。
頭を悩ませたわたしは、ある一つの単純な答えに辿り着いた。
「……いや、そっか。『コピー』させてもらえばいいんだ」
最近あまりに使ってなかったから、自分の元の能力を忘れてた。わたしの能力はコピー。人の能力を写し取って使える能力。
「こぴー?」
「そう。ミィの能力をわたしに使わせてほしいんだ。いい?」
「いいよ! ミィの能力、彩も使ってくれたらうれしい」
良かった、いい返事を貰えた。わたしは少しかがんでミィと目線の高さを合わせると、尋ねた。
「ミィ、能力について教えてもらえないかな。使い方とかそういうの」
「使い方」
ミィは首を傾げる。
「んー、ミィも全然わかってない。ミィも上手く使えないけど、とりあえずバーンってなるのはわかる」
「どんな時にバーンってなる?」
「ミィがバーンってなってるとき」
あまりに要領を得ない答えに、わたしは唸った。記憶を辿って質問を絞り出す。
「えーっと、わたしの中では感情が昂ってるときに爆発が起こるって感じなんだけど、合ってる?」
「うん、合ってると思うよー。私も検証したから」
「ありがとルーナ、助かった。ミィ、バーンってなるときはどんな気持ちか覚えてる?」
「楽しいときとか、びっくりしたときとか、怒ってるときとか? でも怖いときはバーンってならない」
なるほど、とわたしは頷いた。これだけの情報量でコピーできるのかはわからないけど、本人がわかっていない以上、知ることは不可能だろう。だからコピーも多めに見てくれるはず。
「じゃあ、ミィ。今その能力使える?」
「今かー。今のミィバーンってなってないからなー」
むぅ、とミィが考え込む。わたしは「ちょっと失礼」とミィの手を握って、一歩退いた。
「じゃあ、これはどう?」
幻惑を解除した。至近距離にいる竜を見て、ミィが「うわぁ!?」と後ずさる。小さな爆発が二、三回起こった。
ミィには申し訳ないけど、このタイミングを逃すわけにはいかない。
「『コピー』!」
すかさず唱えた。頭に焼き付くような痛みが走り、わたしはこめかみの辺りを押さえてよろめく。
「上手くいったのか?」
「うん、多分……。ありがと、ミィ。おかげで助かった」
そう言ってミィの頭をなでると、ミィは嬉しそうに「んふー」と笑った。かわいい。
わたしは頭の中で能力の使い方を思い出す。
「名前どうしよう。感情爆発くらいでいいかな」
「今は時間ないし、それくらい単純なのでいいんじゃないか? ミィ、能力に何か名前つけたりしてるか?」
「してない」
「なら、これでいっか。あんまり複雑だとわたし覚えられないし」
それに、ミィのセンスに頼ってプリティな技名をつけられたら、たまったものじゃない。わたしが能力を使うたびにそれを唱えないといけなくなるからね。
わたしはそっと目を閉じた。
ミィの能力、『感情爆発』は感情の高ぶりで爆発が起きる。よし、脳内登録完了。
目を開いて、わたしはミィに向き直った。
「よし、わたしはミィに力を貸してもらいました。だから、ミィはルーナと一緒に安全なところに避難して」
「え、ミィなんにもしてない!」
「ううん、コピーさせてもらったから。これだけで十分すぎるくらいだよ。わたしはミィと共にある!」
ドン、と胸を叩いたけど、ミィはまだ不満なようで口をへの字に曲げている。わたしはミィの頭をぽんぽんと軽くたたく。
「ま、見ててよ。わたしが一発どかんと爆発してくるからさ」
「巻き込んで怪我されても困るからな。きっとこれから先、もっと厳しい戦闘があるはずだ。それまでにもっと強くなってたら、今度は一緒に戦えるかもしれない」
わたしとユーリの言葉に、ミィはようやく納得してくれたようだった。重々しく頷く。
「わかった。ミィ頑張る」
「ありがとう。ルーナ、ミィを連れて戻って。ここならまだ距離があるから安全に帰れるはず」
「うん!」
ルーナはミィの手を取って、「行こう」と優しく声をかける。それから、わたし達を振り返って、どこか心細そうに微笑んだ。
「……気をつけてね。無理しないで」
「もちろん。ルーナを悲しませるようなことしないよ」
わたしはきっぱりと答えた。手を繋いで走っていく二人を見送った後、わたしは改めてぐるりと辺りを見回した。
竜の攻撃であちこち壊れたり、燃えたりしている建物。向こうの城下町の中心の方からは、微かに放送のような声が聞こえてくる気がした。
時間はない。わたしは竜の背に跨った。ユーリも(少し嫌そうだったけど)後ろに乗ったのを確認して、竜に指示を出す。
「竜、飛べ! さっきの群れの場所まで!」
一鳴きして、竜が飛び上がった。目の前を見据えながら、わたしはずっと気になっていたことを口にする。
「ねえ、ユーリ」
「ん?」
「さっきミィに、『きっとこれから先、もっと厳しい戦闘があるはずだ』って言ってたよね。あれ本当?」
ユーリはデタラメ言うようなタイプじゃないだろうし。わたしの質問に、ユーリは何でもなさそうに答えた。
「そりゃ、クロスと戦うのならもっと激しい戦闘が待ってるだろ。今更何言ってるんだよ」
「うぅぅぅ、ですよね。わたしは雑魚竜の相手するだけで精一杯なのに……」
泣き言を漏らしながら、わたし達は竜の群れへと向かっていく。リベンジマッチだ。わたしは叫ぶ。
「『感情爆発』!」
何も起こらない。今のわたし、戦闘中なのもあって感情の動きは結構激しい方だと思うんだけどなあ。
「コピーってのは、元の能力より劣るんだろ?」
ナイフを飛ばしながらユーリが聞いてくる。
「うん。まあ、わたしの実力不足なのもあるとは思うけどっ、『風魔』!」
風が、竜の攻撃を薙ぎ払う。ついでに一定の距離を保つことも忘れない。
「それなら、相当な感情の振れがないといけないのかもしれない。ミィは少しの感情の変化でも小さな爆発が起きてたけど、彩の場合はそうはいかないって考えた方がいいかもしれないな」
「なるほどね……っ。なかなか難しい能力だ」
わたしは身を屈めて、竜の攻撃をギリギリで避ける。乗ってる竜も攻撃が当たらないように飛び回ってくれているおかげで、全然楽さが違う。
わたしは基本、能力を一つしか同時に使えない。猫耳少女や壁に化けたときなんかは『コピー』と『幻惑』の同時使いをしたりもしたけど、あれも所詮一瞬だ。この『感情爆発』の能力も、ほかの能力を使っているときには効果が切れていると考えた方がいいだろう。
となると、わたしはミィみたいにいつでも爆発を起こせるわけじゃない。自分で「あ、今これテンション上がってるな」と思ってるときか、悲鳴代わりに『感情爆発』と叫ばないといけないわけだ。
「わかってたけど……なかなか条件厳しいな、ミィ!」
本人が使いこなせていない能力、そりゃ他人が使いこなせるわけないよ!
わたしはそう叫んで、また『風魔』で竜を薙ぎ払った。