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第三章 34 箒と竜と落下

 すぐ後ろに火がついているのを視認した途端に、熱さが襲い掛かってきた。


「っっあ、あっつい!!」


 わたしは咄嗟にユーリの方へ身を寄せる。しかし、これは所詮箒。柄の部分がとてつもなく長いわけじゃないし、その上燃えやすい素材だ。確実にこちらへと燃え広がってくる。


「うわっ、どうした!?」

「ちょっと待って熱い! また別の、竜が来た!」

「はあ!?」


 ジタバタしているわたし達を、竜の群れが囲んでくる。上も下も右も左も竜。そしてすぐ後ろは火。


「熱いって、だから――っ!?」


 とうとうわたしのところまで燃え広がってきた火に、わたしは思わず手を離した。ただでさえ火から逃げようとして不安定になっていた体勢だ。その瞬間にぐらりと傾き、掴んでいたユーリ共々箒から落下した。


「しまった!」


 ユーリが箒を引き寄せようと手を伸ばすも、時すでに遅し。箒は炭も同然の姿になっていた。


 まずいまずいまずい、とわたしは落下しながら頭の中で叫ぶ。頭が働かない。どうしてわたしはあの火を水魔法で消火しなかったんだ! 駄目だ、どうすればいい……!?


 

 パニックに陥るわたしの視界に飛び込んできたのは、真下で構えている一匹の竜の姿だった。



「『ウォータリウス、水出よ!』」


 わたしは必死になって叫んだ。竜が頭から水をかぶってびしょ濡れになる。だんだんと竜との距離が縮まっていく、時間はない。


「『氷魔』!」


 パキン、と凍り付いた竜の体が動かなくなる。わたしはどうにか、その竜の背中の上に落下した。落ちないように羽の辺りを掴むと、ユーリの腕を思いっきり引き寄せる。

 ユーリもかろうじて竜にしがみつき、ギリギリのところで二人難を逃れた。


「はあ、はあ……死ぬかと思った」

「不死身が何言ってんの」

「再生能力がついてるわけじゃないからな。この高さから落ちたら間違いなく……」


 まあ、原型は残らないだろう。わたしは大きく息を吐きだした。


 そこで氷魔が解けたらしく、竜がわたし達を振り落とすかのようにもがき始めた。わたしはユーリを振り返って、「ちゃんとつかまっててよ」と声をかける。


「ちゃんとつかまってって……。お前何する気だ?」

「こいつに乗って戦う。空中戦だよ」


 わたしは深呼吸して心を落ち着かせた。それから手をすっと竜の首元に当てる。


「落ち着いて。落ち着いてわたしの言うことを聞いて」


 静かに声をかけた。

 わたしが動揺していたら、きっとこの竜はわたしの言うことを聞かないだろう。だから落ち着いて、ゆっくりと、言い聞かせるように。


 氷魔を使ったからだろう。竜の皮膚は冷たく濡れている。暴れていた竜はゆっくりとその動きを止め、やがて何も抵抗しなくなった。


「……え、今、何を」

「わたしもわかんないけど、誠意が伝わったってことかな。それじゃ行くよ!」


 わたしはそう叫ぶと、竜は急上昇した。裏切り者の竜を取り囲むように、竜たちがあらゆる方向から飛んでくる。わたしは竜に掴まり直した。


「飛べ!」


 僅かに遅れて、竜が一気に飛び上がった。その勢いと速度は箒とは比べ物にならないほどだ。わたしは風圧に負けないように叫ぶ。


「『風魔』!」


 風が周りの竜を薙ぎ払い、ナイフが竜の翼をめがけて飛んでいく。ナイフは竜の翼を的確に刺し、竜はひゅるりと下に落ちていった。


「わたしはなるべく下に落としてくから、ユーリは片づけてって!」

「わかった」


 竜に仲間意識はあまりないらしい。仲間が敵に乗り物にされているのにも関わらず、迷いなくこっちに襲い掛かってくる。

 わたしは風魔で周りの竜を下へと追いやっていく。


「ギャアア!」


 下から這い上がってきたらしい竜たちの群れが、こっちへ向かって飛んでくる。二十弱はいるだろうか。あれだけの数をいなすのは流石にきついだろう。


「『幻惑』!」


 わたしは右の少し離れたところへ向かって手を突き出した。わたし達がまるでそこにいるかのように見せかけるための幻だ。


「上がって! こっちはわたしが相手するから、ユーリは別の方の竜をお願い!」


 指示を飛ばすと、それと同時に竜が上昇した。竜の群れは幻影に飛びついていき、わたしはその隙にと手のひらを群れへとむけた。


「『ウォータリウス、水出よ!』」


 この魔法にも慣れてきたからか、だいぶ安定した量の水が竜たちに降り注ぐ。わたしは重ねるように『氷魔』を使い、竜たちを凍らせた。氷の彫刻になった竜の群れは、そのまま真っ逆さまに落ちていく。


「これでよし、と」

「終わったならこっちも手伝ってくれ! 下から復活してきた奴らが多すぎる!」


 ユーリの叫びに、わたしは慌てて振り向いた。確かにユーリが相手をしている方向には、かなりの数が戻ってきていた。


「一旦距離取ろう。竜!」


 竜はわたしの声に反応して、すぐに後ろへと下がり始めた。次のナイフを構えながら、ユーリがわたしの方を振り返る。


「……やっぱり竜を手懐けるの上手いな」

「いや、上手い下手の基準がわかんないんだけど」


 まさかわたしもここまで従順に言うことを聞いてもらえるとは思ってなかったし……。

 

 竜たちの群れはわたし達が逃げの姿勢に出たのを悟ったらしく、すぐに総攻撃を仕掛けてきた。


「『風魔』! ごめん、ユーリは攻撃さばいてもらえる?」

「出来る限りは」


 風魔で火やら何やらを吹き飛ばしつつ、竜とも距離を取る。ただ、数が多すぎてなかなか減らすことが出来ない。一回タイミングを逃してしまったら防戦一方だ。かなり攻撃も仕掛けられ続けているから、幻惑を使っても逃げ切れるかわからない。


「痛っ!」


 わたしの肩辺りに、竜が放った風の刃が当たった。肩を見ないように目を背けるも、かなり痛い。これで怪我の様子を見てしまったらもっと痛くなるだろう。痛みをこらえて叫ぶ。


「『反射』!」


 今は治癒している暇がない。それなら反射で反撃だ。一番前にいた竜にわたしのダメージが跳ね返り、翼に傷がつく。


「『反――」

「グギィィィッ!!」


 そこで、わたし達の乗っている竜が突然鳴き声を上げた。今までのものとは比べ物にならないほど、苦し気な声。わたしはハッとして竜を見る。


「どうした!?」


 攻撃が当たったのだろう。竜の右翼には、穴が開いていた。


 翼に傷を負った竜は飛べなくなる。そんなことは百も承知で、何ならわたし達もそれを利用して戦ってきたわけで。

 そして、それはわたし達が乗り回している竜も例外ではなかった。


 大事な翼に穴が開いた竜は、そのままひゅるひゅると力なく落下を始めた。本日二回目。わたしは死ぬ気で竜にしがみつく。

 もう片方の翼で何とかもがこうとしてくれているけど、そんなバランスの悪い状態でもがかれても余計に体勢が崩れるだけだ。


「っ、『此の術は、過去と未来をもつなぎ、希望をもたらす――」


 わたしは咄嗟に詠唱に入った。さっきは間に合わなかったけど、今ならまだ間に合う。まだ落下する前に転移できる……!


「――そして叫べ、転移』!」


 わたしの詠唱が完了すると同時に、わたし達は地面に放り出された。


「いてててっ」


 魔法陣の場所より大分手前に転移したから、兵士たちはいない。地面に手をついて起き上がったわたしは、瀕死で地面に這いつくばっているユーリへと手を差し出す。


「ごめん、大丈夫?」

「大丈夫だったらこんな顔してねーよ……ありがと」


 ユーリは青ざめた顔をしつつも、わたしの手を掴んで立ち上がった。わたしはすぐに、同じく地面に転がっている竜へと駆け寄る。


「やっぱり穴空いてるね」


 翼には、かなり大きめの穴が空いていた。こんな状態じゃ満足に空も飛べないだろう。わたしは竜の翼へと手を伸ばす。


 ぱし、とその手を掴まれた。


「待て」


 ユーリの手が、わたしの手を掴んでいた。ユーリはわたしを見て、「何するつもりだ?」と聞いてくる。


「……治癒」

「本当にいいのか? そいつは竜だ。お前の敵だよ」

「…………」


 わたしは俯いた。少しの間目を閉じて、すぐにユーリを見つめ返す。


「いいよ。こいつはわたしの言うことを聞いてくれる。さっきみたいに箒に乗っていくよりも遥かに効率がいい。使えるものは使うべきだと思う」


 箒の時は、ユーリが操縦に徹しないといけなかった。でもこの竜に乗っていたら違う。二人とも別のことに集中できる。


 それに、ありえないことだけど。自分でも最低だと、わかっているけど。

 竜の背中に乗って飛ぶことが、どこか懐かしくて気持ちのいいものに感じられてしまったから。


「お前がいいならいいんだけどさ」


 ユーリがぱっとわたしの手を放す。わたしはすぐに竜に治癒を施して、なんとか翼の穴を修復することに成功した。


「これでよし。もう一回飛べるね?」


 わたしが竜に問いかけると、竜は元気よく鳴いて答えた。「もちろん」と言ったと思っておこう。


 また竜で飛ぶことはできる。空にいる竜たちと戦いに行ける。ただ……。


「火力が足りないよね」


 わたしは呟いた。わたしが使える戦闘系の能力は『風魔』『反射』『氷魔』くらい。『風魔』で致命傷まで持っていけるほどの威力は今出せないっぽいし、『反射』もわたしが負傷してないと使えないし、『氷魔』に至っては水魔法と掛け合わせないといけないから2ステップかかる。『念動力』はユーリが使ってくれる上に、わたしはもう投げるものがないから……。


「確かに。あの量を一掃するには厳しいよな」


 ユーリもうなずいて空を見上げる。まだ空には竜の大群。馬鹿正直にこっちへ襲い掛かってくることはやめたようで、上空からこちらの様子を窺っている。


 どうしたものか、と考え込んだ時、


「アヤちゃん!」

「彩! ユーリ!」


 聞き覚えのある声が、わたしを呼んだ。

 


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