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第一章 10 再出発

 わたしは目を覚ました。だいぶすっきりとした目覚めだ。わたしはぐぐっとのびをしてから目の辺りを押さえる。泣きっぱなしだったからだろう、目が重かった。きっと腫れてひどい顔になっている。頭もガンガンするし、泣きすぎるといいことないな。

 そんな脳天気なことを考えていた時、わたしはふといい匂いがすることに気付いた。見れば、またスープが置いてある。今までは口もつけてなかった。本当に、人の好意を踏みにじる最低な行いだったと思う。わたしは器に手を伸ばし、スープを口に含んだ。

 優しい味がする。じんわりと体に沁みるおいしさだ。そういえば、しばらく何も食べてなかったな……。こういう時は焦って食べると死ぬって聞くし、ゆっくりと時間をかけてスープを飲み干す。


「ふう。ごちそうさまでした」


 合掌。わたしはリンに感謝しながら、次は何をすべきかととりあえず立ち上がる。と、


「あ」


 そうだ、わたしずっと制服のままだったよ。

 そのまま泣いたり暴れたり寝たりしたせいで、制服は今まで見たこともないくらいシワッシワのヨッレヨレになっている。髪もぐちゃぐちゃだ。

 素手でアイロンをかけられる能力でも持ってたらよかったけど、生憎持ち合わせていない。申し訳程度に皺を伸ばして、わたしは棚の上の鏡台に近寄る。

 櫛はないけど、とりあえず髪をほどいて指ですいて、それからまた結びなおす。いつも通りのサイドテール。空色のリボンできつく結んで、わたしは髪型をチェックした。

 よし、いつも通り。目の腫れも思ってたほどじゃないし、少しは見れる顔になっただろう。


「っし、じゃあ行きますか。気合入れろ彩!」


 軽く頬を叩いて気合を入れ、わたしは立ち上がった。スープが入っていた器を片手に部屋の外に出る。ひんやりとした廊下を歩き、両開きの扉をぐいっと押し開けて。


「リン」


 浮かぶ椅子に座っていた妖精に声をかけた。

 

 リンはびくっと体を強張らせ、そのあとにゆっくりとこっちを振り返る。驚いて目がまん丸だ。その顔がおかしくて、わたしは少し笑った。


「スープありがとう。本当にごめん。迷惑、かけたよね」

「いや……。アヤ君、もう大丈夫なのかい?」

「あー……」


 わたしは指で頬を掻いて、少し言葉を濁す。それから小さく頷いた。


「ま、本調子じゃないけど元気の範囲内。それで、お礼を伝えに来たんだよ」


 わたしは息を吸って、深々と頭を下げる。どれだけ下げても、伝えたい感謝の量には到底届かない。リンの「えっ?」と焦ったような声が聞こえたけど、構わず続けた。


「本当にありがとうございました。人間界のこと調べてくれて。ここにわたしを置いて、休ませてくれて。スープ作ってくれて。寝てる間に手握ってくれて。治癒も、してくれたんだよね。本当にありがとう。感謝しても感謝しきれないです」

「……治癒のこと、気づいてたの?」


 顔を上げると、リンのぽかんとした顔がある。わたしは恥ずかしくなって、少し視線を逸らした。


「だって、あれだけ泣きわめいた上にしばらく飲まず食わずだったのに、全然体がだるくないんだもん。目の腫れだって少ないし、それってリンの能力が関係してないかなって推測しただけで。それに……わたしが寝てる時、リンが様子見に来てくれてたのはなんとなくわかってたし。ホントに、リンのおかげで悪夢から何度も救われたよ。ありがとう」

「なんだ、ばれてたんだ。なんか照れくさいなあ。まさかわかってるとは思ってなかった」


 今度はリンの方が目を逸らし、お互いなんだか気まずい時間が流れる。って、そんなことしてる場合じゃなくて。


「その、リン」

「ん、なんだい?」

「ちょっとわたしの決意っぽいもの、聞いてくれるかな。誰かに話すのは恥ずかしいけど、でもそうしないと考えがまとまらないっていうか、宣言しないと意味がないっていうか。とにかく聞いてほしい」

「うん、わかった。いいよ」


 リンが優しく微笑む。わたしは落ち着かなくて制服のリボンを結びなおしてから、ゆっくりと人間界が停止してからのことを思い起こした。

 目の当たりにした悲劇、自分がさらした醜態、幼馴染たちのエール。すべて受け止めて、今、わたしがすべきことはなんだ。


「わたし、馬鹿だったよ」


 思い出してまず思ったことは、それだった。


「ずっと泣いてることしかできなかった。人間界で何が起きたかとか、そういうの全部見えないふりして、リンのやさしさに甘えて。誰かに頼ることしかできない、ダメ人間だ」


 目を背けることしかしなかった。時間が経っていくのが恐くて、過去だけ見て、未来から逃げた。自分の無力さを呪っていながら、自分から動こうとしなかった。

 でも。


「夢の中で、幼馴染たちに会ったんだ。わたしのこと、信じてるって。生き残ったわたしだからこそ、こんなことしてる場合じゃない。人間界のために何かしたい! いや、何かじゃないか」


 口にすべきは、もっと具体的な目標だ。決意だ。リンの瞳をまっすぐに見つめて、わたしは言う。


「もう見ないふりはしない。現実を受け止める。それで、人間界を救いたい。わたしの大切なもの、全部取り戻す。ただの吉田彩にそんなこと出来るかどうかわかんないけど……わたしには、絶対に守らないといけない約束があるから」

 

 ずっと、今までの日々が手の届かないところへ行ってしまったと嘆いていた。でも、届かないなら届くところまで行けばいい。同じ所でずっと手を伸ばしていたって、何も掴めないに決まってる。手を伸ばしながら進んでいくんだ。


 わたしは強く手を握りしめ、それからリンに笑いかける。


「ご清聴ありがとうございました」

「うん。なんていうか、もう驚きだよ。こんなこと言ったら悪いんだけど、君がこんなに強いと思ってなかった」

「や、どこが強いの。弱っちくてヒョロヒョロだよわたし」


 ひらひらと手を振って否定する。そうかな、と首を傾げるリンに、真面目な顔に戻って向き直って。


「あのさ、リン――」

「そうだ、ボクの方から提案があるんだけど」


 真剣な話をしようとしていたのに、やたらと気軽な口調で遮られてしまった。リンはくるくると空中で椅子を回転させながら、こっちに寄ってくる。


「アヤ君、人間界を救いたいんだろう? それならここを拠点にしたらどうだい?」

「……え?」

「あ、話遮っちゃってごめんね。続きどうぞ」


 いや、今更手で促されても……。わたしはもうこの図書館を出るつもりだったから、まさかこんな提案されるとは思ってなくて。だって普通に考えて迷惑だし。いい意味で予想外の提案に、わたしはしばらく目をぱちぱちさせて黙りこくる。


「……いや、話なんてないです。それよりもいいの? 本当に、わたしをここに置いてくれるの?」

「もちろんだよ。どうしてそんな心配するんだい?」

「だって、人間界を停止させた犯人に喧嘩売るってことだよ? 無害なわけないし……」

「そうかもね。でも、よくよく思い出してみて。アヤ君を『こっち』に引き込んだのは他でもないボクなんだよ?」

 

 リンは自分を指さす。それは……確かにそうだけど。でも、だからってそんなに責任を負わなくてもいいと思う。今回のはリンのせいじゃないんだし。

 ごにょごにょと口の中だけでごねていると、リンが「それに」とわたしを手の平で示した。


「ボクは君の生き方に興味を持ったんだ。これから君がどうやってこの世界を生き抜いていくのか、とても興味がある。その手助けをしたい。これはアヤ君のためだけじゃなくて、ボクのためでもあるんだよ」


 きっぱりと言い切ったその顔には、爽やかな笑顔が浮かんでいる。わたしは額を押さえて俯いた。


「あー……ホント、リンはいい人すぎる。そんなんじゃすぐに騙されるよ」

「アヤ君の方こそ、すぐに騙されそうだけど」

「わたしさ、謝ろうと思ってた。どうぞわたしの物語を書いてくださいって言ったけど、あれ無理そうです、ごめんなさいって。まさか、こんな……」


 ダメだ。また泣きそう。本当に、誰かの優しさがこんなにも沁みて、涙が出そうだ。

 しばらく頭痛い人ポーズを維持していたけど、ようやく涙が収まって顔を上げる。


「じゃあ、お願いします。あの契約は続行ってことでいいのかな?」

「うん。より一層、気合を入れて君の物語を書くこととするよ」


 腕まくりをするリン。そんなに張り切らなくてもいいのにな、なんて思いながら、わたしは自然に笑っていた。本当に久しぶりに、こんなに普通に笑えた気がする。目の前の妖精に感謝しながら、わたしは黙って目を閉じる。


 ここからだ。ここがスタート地点。吉田彩の物語の、第一章。

 

 また目を開けた。不思議そうにこっちを見ているリンの手をがばっと握り、ぶんぶんと上下に振りまくる。


「よろしく、リン!」


 目指すはハッピーエンドのみだ。


 

 

ここから、吉田彩の物語が本格的に始まっていくことになります。これからもよろしくお願いします!

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