表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/163

第一章 1 わたしの平凡な毎日

 なんで。どうして。


 何度も繰り返したその問いをまた繰り返す。それでも無人の町は口を開く気配はなく、無言を貫いていた。鼓膜を叩くのは、他でもない自分自身の足音だけだ。


「なんで」


 走り続けて、息も絶え絶えになりながら、答えを求める。


「どうして」


 ついさっきまで、本当にいつもと変わらない普通の毎日だったのに。あとは家に帰るだけだったのに。


 …………いや、違う。


 変わっていた。わたしは、こういう異常な事態を引き起こす力をもう知っているじゃないか。不思議な力で溢れている世界を知っているじゃないか。

 それでも――


「……どうして?」


 ――まだ、認めたくなかった。


********************


 春うらら……と言うにはまだ早い、三月上旬の放課後。

 わたしは、膨らみ始めた桜のつぼみを教室の窓越しにみつめている。

 志望校にも合格し、五日後に卒業を控えている身としては、ほんの些細なことでも切なくなってしまうのだ。

 机に肘をつき、呟いてみる。


「春……別れの季節」

「良いカンジに浸ってるねー。傍から見たら完全に痛い人だよ」

 

 のんびりとした口調ながら、わりと辛辣にツッコミを入れたのは幼馴染の渡辺杏奈だ。振り向くと、杏奈はあきれたような笑みを浮かべながら立っていた。

 一見無害そうな女子中学生だけど、実は情報網がすごい。彼女の前で恋バナでも口にしてみろ、即拡散だ。わたしはそんな青春めいたもの持ち合わせていないから関係ないけど。


「痛くないし。ちょっと黄昏ちゃうくらい許してよ」

「ダメだよ。彩ってほっといたらすぐに暴走するし」

「何その危険人物認定」


 わたしがつぶやくと、杏奈はニッコリと口角を持ち上げて首を傾げる。


「ね、二人もそう思うでしょ?」

「そうだなー。コイツほどの危険人物もそういない」

「同感」

 

 背後から聞こえてきた声に、わたしは反射的に上半身を百八十度回転させた。

 視界が捉えたのは、二人の男子生徒。こいつらもわたしの幼馴染だ。

 

「音もなく人の背後に立たないでよ。忍者か」


 身構え、睨みつけながらそう言うと、片方が肩をすくめた。


「だってよ。言われてるぜ、玲」

「なんで僕だけ」

「え? だって俺が存在感ないとか考えられねーだろ」


 整った顔に爽やかな笑顔を浮かべ、わたしの幼馴染その二はズバッと言い切る。

 山内陽向。

 運動神経が抜群に良く、小学校から運動会の代表リレーの常連。サッカー部のキャプテンも務めていた。さらに、アイドルだと言っても通じるほどの顔とスタイル。イケメンで優しいという評価で女子からの絶大な人気を誇る嫌な奴だ。本人も自分がモテていることを謙遜したりしない。本当に嫌な奴だ。

 

「確かに。いい意味でも悪い意味でも」


 幼馴染その三は、ため息交じりに切り返す。

 須田玲。

 異常なくらい頭が良いインテリ野郎。目にかかるほど長い前髪、分厚い眼鏡、ついでに無表情といった不愛想を極めたような奴だ。

 玲とは昔からそりが合わず、ケンカは日常茶飯事だった。最近はお互いに感情のコントロールが出来るようになってケンカの回数こそ減ったけど、相性が悪いのは変わりない。

 現に今も、快活に笑う陽向の横で、玲は冷たい目でわたしを見ている。


「まあまあ、とりあえず帰ろうよ? 私もいろいろやりたいことあるし」


 杏奈が仲裁に入り、わたしはひとまずカバンを背負う。学校指定の黒いスリーウェイバッグは、三年間の酷使の末にボロボロだ。卒業したらクローゼットの奥でゆっくり眠らせてあげよう。

 教科書類が減って軽くなったなーとぼんやり考えた時、わたしはふと、図書委員の仕事があったことに気付いた。


「ごめん。わたし、図書委員の仕事あった」

「は? こんな卒業間近でも仕事あるのかよ」

「や、後輩の祐の仕事。今週末大会あるから、練習出たいらしくてさ」

「なんか彩ってそんなのばっかりだよね」

 

杏奈が苦笑し、陽向が首を傾げる。


「お前、そんなに優しい奴だった?」

「失礼な。わたしが優しくなかったことなんてないでしょ」

「結構心当たりある」

「黙れ玲!」

 

 吐き捨ててから、大きく深呼吸。怒りの感情を押しとどめて、ひらひらと手を振った。


「ってなわけで、わたしは図書室に行ってくる。先帰ってていいよ」

「うん。頑張ってね」


 杏奈の声援を受けつつ、わたしは幼馴染たちと別れて教室を出た。


 夕日が差し込む廊下には、運動部の掛け声やブラスバンド部の演奏が微かに聞こえてきている。こんな風景とももうお別れなのか……としみじみするけど、考えてみれば高校に進学するんだし。

 また似たような風景に出会えるだろうと自分で勝手にセンチメンタルな気分をぶち壊した。


 さて、廊下をてくてく歩いてやってきたのは、本校舎の東の果て、図書室だ。

 やけに立て付けの悪い戸をこじ開けて、中に入る。

 少し埃っぽい図書室特有の匂いを肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そうそう、これだよこれ。やっぱり落ち着くなあ。


「さて、仕事しますかね」


 三年間図書委員を務めてきただけあり、もう仕事なんて慣れっこだ。貸出、返却日のパネルを替え、カーテンを閉めて戸締り確認。はい完了。五分もかからなかったね。

 今から追いかければ杏奈たちに追いつくだろうけど……せっかくここまで来たんだし、ちょっと覗いていくかな。

 わたしは本棚へと歩み寄り、整頓された本を眺めた。

 結構意外だと言われるけど、わたしの趣味は読書だ。昔から本が好きで、家でも暇さえあれば本を読んでるくらい。ここの図書室の本も大体読んだけど、好きなのはファンタジーかミステリーだ。冒険ものとかいいよね。あのワクワク感、最高以外の何物でもないよ。

 そうして本を物色していると、隅の古い本ばかりが並んでいる本棚が目に入った。いや――その中の本、と言った方が正しいかな。


「あんな本あったっけな……?」


 背表紙の文字すら読めないような古い本の中に、高級そうな装丁の本が一冊混じっている。

 こんなカッコいい本なかったはず。いや、絶対なかった。あったらわたしが一番に読んでるから。断言できる。

 わたしは迷わずに本棚に歩み寄り、その本を抜き取った。

 うわ、重い。ハードカバーの本なんかは結構重いけど、これは更に重い。表紙もなんか手触りの良い分厚い布だし、やっぱりこれ、図書室にあっちゃいけない本なんじゃないか……?

 だからといって持ち主がわかるわけでもない。

 ……何かの手違いだとしても、こうして図書室にある。

 つまり、わたしが今ここでこの本を開いたとしても、何も悪くないってことだ。そう、わたしは何も悪いことなんてしていない。何もやましいことなんてない!

 心の中で誰に届くでもない言い訳を唱えながら、決意する。


「ええい!」


 掛け声とともに、わたしは重厚な表紙の本を開いた。

 好奇心ほど逆らい難いものもないと思う。この本を目にしたときからずっと読んでみたかった。こんなの、我慢できるはずがない。

 開くと、真っ白なページが広がっている。いくら捲ろうと真っ白だ。分厚い本なのに、ページは白いばかりで物語は何も綴られていない。わたしは首を傾げた。


「おーい?」


 何も書かれていないとは恐れ入った。なんだか裏切られたような気分で、わたしは本を閉じようとする。

 その瞬間だった。

 眩むような白い光が、本の中から溢れだした。光は薄暗い図書室を明るく照らし、どこからか吹き出した風が本のページを捲っていく。

 昔から憧れてきた、小説の導入のようなシチュエーション。それを実際に体験しているというのに、残念ながら、わたしにはそれを喜ぶ余裕なんてなくて。


「――っ!?」


 光の眩さに、ただ目を瞑ることしかできないのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうもはじめまして。 作品も拝見しました。 とても面白かったです。 (((o(*゜▽゜*)o)))
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ