お菓子かイタズラか
ハロウィン関連の作品を描いた事が無かったので、思い切って投稿してみました。
ハロウィンの日の放課後。図書室には僕と貴博しかいない。
本に囲まれたその空間に入ると、静けさが一層増したように感じた。
カリカリとノートの上をペンが滑る音だけが響く。
真剣に勉強している彼の様子を眺めながら、僕は明日は雨が降るかもしれないと心配していた。
「貴博」
呼びかけてみても返事はない。よっぽど集中しているようだ。
もう一度名前を呼ぶと、貴博は参考書に目をやったまま「んー?」と気のない返事を返した。
「貴博、愛してるよ」
「……」
「貴博」
「何ですか?」
「愛してるよ」
「……」
この空間には僕の声を遮るものなんて何もない。
それなのに貴博は然も聞こえなかったかのように顔色ひとつ変えてくれない。
どうやら参考書の問3に頭を悩ませているようだった。
正直、この反応にも慣れてしまった。そんな彼の弱さを少しだけ愛しいとすら感じる。
でも、やっぱりこのまま僕の気持ちと向き合ってすらもらえないなんて悲しい。
僕は貴博の想像している何倍も愛しているのだ。
「あ、消しゴムが落ちちゃった。取ってくれる?」
「えっ? どこですか?」
「その椅子の下だよ」
「椅子の…下…」
貴博は立ち上がって椅子の下を覗いた。
それを確認した僕は、筆箱から取り出したシャープペンシルを1本握りしめてゆっくりと席を立った。
右手に握ったシャープペンシルを貴博の左耳にソッと押し当て、ペン先のヒンヤリとしたその感触に彼は固まった。
カチッ
僕はゆっくりと一回芯を押し出した。
耳の中に広がる無機質な音に貴博は目を見開く。
カチッ カチッ
「あ……あ……」
「貴博、あまり震えないほうが良いよ。鼓膜が破れちゃうから」
僕の言葉に貴博がゴクリと唾を飲み込む。震えそうな身体を必死に抑えているのが見てとれる。
恐怖に怯えた黒目だけがキョロキョロと忙しなく動いていた。
カチッカチッカチッカチッ
もう一回押したところで僕は動きを止めた。
「ずいぶん奥まで入っちゃったよ……今ちょうど、鼓膜の手前まで芯が伸びているかもね」
貴博は口から声なのか息なのか分からない音を小さく漏らした。
さっきまで忙しなく動いていた黒目が僕を凝視している。
「やめて」と言おうとした口も、恐怖で「や」の形のまま動かない。その唇はぶるぶると震えていた。
「怖がる必要なんて何もないよ。鼓膜に穴が開いて、その穴から入り込んだ僕の“あいしてる”という言葉が脳に直接響く事になったらロマンチックじゃない?」
「……っ!」
僕が大きく息を吸い込むと、貴博はグッと目を閉じた。
その顔を見ながら僕はシャープペンシルを1センチほど一気に押し込んだ。
「…」
「…」
そこには痛みに転がる貴博の悲鳴はなく、さっきと変わらない沈黙が広がっているだけだった。
「……?」
ゆっくりと目を開けた貴博の顔にニッコリと笑いかけると、僕はスッと立ち上がった。
まだ固まったままの彼を見下ろしながらカチカチとシャープペンシルを押す。
「くふふふっ、冗談だよ。芯は最初から入ってないから」
呆然としている貴博の視線を背中に受けながら席へと戻る。
彼は少し怒ったような表情で口を開いた。
「冗談にしては趣味が悪くないですか?」
「ごめんね」
「謝って済むなら警察は……」
「でも、愛してるっていうのは冗談じゃないよ」
「……」
「それに、今日はハロウィンだよね。お菓子持ってる?」
「……いいえ、持ってませんけど」
「だよね。だからイタズラしたんだよ。それと……これは僕からのお菓子だよ」
脱力しながら席に戻る貴博に、予め用意していたマシュマロを差し出した。それもチョコ入りだ。
唐突に差し出されたに貴博は面食らっていた。
「え、いいんですか?」
「口に合わなかったら悪いけど、イタズラだけだと貴博のためにならないじゃん」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「くふっ……来年もイタズラしてみようかな」
「それだけはやめてください」
貴博は呆れたように言い放ったが、心無しか頬を赤らめているようにも見えた。