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火の集う場所 

掲載日:2018/05/31

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 こーちゃんは、今の時代に生まれて、幸せだと思ってる?

 ここのところ、世界はますます科学を超えて、魔法へ近づいてきたんじゃないかと、僕は一人暮らしをしながら思うんだよ。

 たとえばガスコンロの火。今でこそ火は、熱や光を伴う燃焼現象として知られているけれど、その仕組みが確立したのは、ほんの二、三百年前のこと。それ以前は火というものの正体を把握しきれていないにも関わらず、使っていたわけだね。

 でも、楽で便利で結果を出せる代物があれば、その正体なんてどうでもいいだろ? ゲームとかも、プレイする側からすれば、楽しいか、満足できるかが指標だ。どうしてコントローラーのスティックを右に倒したら、キャラクターが右を向くのか。その仕組み、開発に携わる者以外でどれだけの人が理解していることか。

 正体がつかめているかどうかなんて、扱えるかどうかにはまったく関わらない。そんなものだから不思議や神秘が、いくらでものさばれるのだろうね。

 その火をめぐって、少し興味深い話を聞くことができたんだ。こーちゃん、知りたいだろ?

 

 僕が小さい頃に、母方の祖父が亡くなった。一応、血はつながってはいたのだけど、普段、そんなに顔を合わせる人じゃないし、両親が神妙な顔をして祖父の死を告げても、心の中で「ふ〜ん」と思ったくらいで、大した問題とは感じなかったんだ。

 両親はとても忙しそうだったけど、年端もいかない僕たち子供に、手伝えることはほとんどない。というより、へたに手伝って面倒を起こされては困るという考えだったのかもしれなかった。

 人生初めてのお通夜を体験したわけだけど、僕の記憶は「黒」を着たこと、通夜ぶるまいを思う存分いただいたこと。そして、寝ずの線香の番をさせられたことだった。

 

 祖父の通夜が行われた葬儀会館は、当時はまだまだ新しめ。控え室も充実していて、お風呂に入ることもできたっけ。子供たちはその控え室に押し込められていたけれど、一時間くらいのローテーションで、祖父が安置されている個室に向かわされたんだ。

 透明なガラスケースに入れられた祖父の遺体は、その全身をすっぽりと、白いシーツに覆われていた。その前にはじょくと仏具一式。そして渦巻き型の線香。

 蚊取り線香に比べると、なんというか……ドリルっぽい? 立体感のあるらせんを描くような、吊り下げ型のものだったなあ。

 時刻はすでに丑三つ時。遠方からきた人の中には、すでに帰られている方もちらほら。数時間前までは、思い出話に花を咲かせていただろうけど、今やその痕跡は、汚れた台拭きと、かすかに漂うたばこの臭いに残されているばかりだった。

 

 僕が仏具たちの前に座ると、線香の火を消さないよう、親に十分注意をされる。「ちょっとトイレに行くから、ちゃんと見といてね」と、母親が席を立ち、部屋には僕と祖父だけが残された。

 僕はじっと、線香を見つめる。灰と化した白い部分は引力にしたがって、ことごとく下に広がる金属の盆に落ち、崩れたひなあられのようになっていた。残っている部分の先端は真っ黒になり、絶え間なく煙を吐き出している。

 僕はさほど嗅ぎ慣れていない線香の匂いに、鼻をひくひくさせていたけど、それ以上にもう眠気が限界だったね。普段は遅くとも10時には布団に入っている身。それを数時間もオーバーなんて、経験がなかった。

 母親はまだ帰ってこない。僕は知らぬ間にうつらうつらして、がくんがくんと大きくうなずくように首を動かしていたんだ。

 

 ガタンという音と、足に走る痛みに、眠気は一気に飛び去った。

 はっと目を開けて、確認する。何も卓の上から落ちていなかったが、明らかに変わっている場所が一ヵ所だけ。

 渦巻線香の煙。これがすっかり途絶えてしまっていることだった。

 僕は真っ青になった。ばれたら、絶対に怒られると。母親が帰って来る前に、どうにかしなくてはいけないと。

 僕はりんの横に置かれた、チャッカマンに手を伸ばす。使うのは人生初だけど、やり方は見て知っている。

 焦げ残っている線香の先に、すぐさま火をあてがう。ほどなく線香は煙を吐き始めたけれど、先端はまだ盛んに燃え盛っている。状態を再現するためには、消さなくては。

 僕は必死に手であおいだけど、へそを曲げているらしくてなかなか消えてくれない。更に部屋の外からスリッパの音。母親が帰ってきたんだ。

 焦りのまま、僕は火を口で吹き消し、チャッカマンを戻して姿勢を正す。母親が戻ってくる時には、何食わぬ顔をしていたよ。約束を破ったことに、内心ではびくびくしながらね。


 誰にも咎められることなく、祖父の初七日まで過ぎ去った。

 翌日の葬式から、自分の無礼がバレることをずっと気にしていた僕も、持ち前ののんきさを取り戻して、その日も日が暮れかかるまで、友達と外で遊んでいたんだ。

 帰る段になって。今日の遊び場から家までは、観音様のある神社の前を通らなくてはいけない。いつもなら気にしないで前を素通りするのだけど、その時は、あの日嗅いだものと同じ。線香の臭いが神社から漂ってきていたんだ。

 これほど匂うなんて、どれだけの線香を焚いているんだろう。興味が湧き出した僕は、ついふらふらと、阿吽あうん像のたたずむ門を潜り抜け、境内に入り込んでしまったんだ。


 匂いのもとは境内の隅。小さな社の前だった。その戸の前には、白地に達筆な文字が並んだ、お札が立てかけられている。

 縦に真っ二つに割られたドラム缶。その上で、炎が赤々と燃え盛っている。

 数メートル離れている僕の身体にも、火がつくんじゃないかと思うほどの熱さ。四方を柱代わりの竹としめ縄に囲われて、いかにもお焚き上げといった雰囲気が漂っていた。

 煙はもくもくと昇っていき、線香の匂いもそれに混じっているように見える。


 不意に後ろから「やあ」と声をかけられた。

 振り返ると、お坊さん……と呼ぶには、ちょっとはばかられる小汚い格好の男の人が立っていた。

 髪はぼさぼさで、肩に届くほどに伸びている。身にまとっている法衣は何年、何十年も使っているかのように、穴が空いたり、カビが生えたりしているボロボロのもの。足元に関しても、はだしに草履と、時代錯誤な感が否めない。

 僕はいっぺんに警戒を強めたけれど、当の男の人は「お手上げ」のポーズをしながら、にこやかに笑っている。害意はない、と言いたいのだろう。


「大丈夫だって。君をどうこうしようってんじゃない。珍しいから、つい声をかけちゃったんだ。この場に居合わせる人なんて、めったにいないからね」

「何を燃やしているんです? お線香ですか?」

「ありゃ、君はそう思ったの?」


 男の人は困ったように頭をかいた。僕の返答がよほど意外だったらしい。


「何か、まずいことを言いました?」

「いや。たいていの人は『焦げた臭い』と答えるものでね。まさか、高尚なものが出てくるとは思わなかったんだよ」

「……もしかして、人によって嗅げる臭いが違うとかですか?」

「お、スルドイねえ。その通りだよ。ざっくばらんに言うと、目の前で燃えている炎は、『後悔の炎』なのさ。心の中で抱いている、その人の悔いる気持ちや後ろめたさが、この中に放り込まれているわけ。線香と答えたのなら、君にはお葬式関係で何か気になることがあったのかな」


 どきりとした。あの通夜の夜、一度消してしまった線香のことが思い出される。

 僕が青ざめるのを見て取って、男の人はにやりと笑った。


「一度つけた火は、決して消えない。消えたように見えても、忘れたように思えても、ここに集まり燃えているのさ。途切れる前の命と思いを、抱き続けたまま」


 男の人が火に近づいて、今度はそっと手をかざした。


「再び生まれるその時まで、ちょっと遠くへ遊んでおいで」


 火は勢いよくその背を伸ばしたかと思うと、蛇のようにうねりながら、空高くへと突き進む。それにつられて、ドラム缶の上からもすっかり火が離れていく。燃えていた跡には、火種も何も残っていない。

 登った炎は、やがてサッカーボールのように丸まり始める。形を変えつつ回り始めて、その回転が目で追えなくなった時。

「バアン」と花火のような音がして、火は八方に飛び散った。

 範囲は広い。この境内から、何件も向こうの家の屋根まで、火の粉たちはまっしぐらに空中を駆けていく。

 火事になる、と僕は思わず周囲を見回したけど、確かに火の粉が降り立った場所には、何の変化も見られない。火の粉自体の姿も、あっという間に消えてしまった。

 僕はさっと周囲を見回したけど、そこにはドラム缶の台も竹もしめ縄も、何も存在していなかった。あの不潔な格好の男の人も。

 ただ、目の前の社に掲げたお札が、真っ黒い炭と化していたんだ。

 

 家に帰って家族に聞いても、次の日に学校でみんなに聞いても、あの火の粉たちを見たという人は現れなかった。

 けれども、あれが男の人が言った「後悔の火」だとしたら、むしろ当然なのかもしれない。

 後悔は先に立たないもの。きっとあちらこちらにくすぶって、誰かが悔いるその時を、今か今かと待っているだろうから。


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