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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
1 孤児院「魔法使いの家」
9/63

1-9 僕ともう一人のジョニー 2

「奥さんのことなんだ。奥さんがここに来たのって、実は去年なんだよ。知ってた?」

「そうなの? 知らなかった。てっきり、ずっといるのかと」

「違うんだ。奥さんは去年、ある日突然現れたんだよ」


 それまで、魔法使いの家は奥さんを除くメンバーで運営されていた。それが去年、ある日突然奥さんが現れたらしい。僕が来た時にはすでに奥さんがいたし、みんなもなじんでいたから、なにも不自然に思っていなかった。


「でも、確か院長先生と奥さんって、ずっとそういう間柄なんじゃなかったっけ?」

「うん、それは間違いないみたい。奥さんが来た時、院長先生は、奥さんのこと、ずっと待ってたって言ってた」

「待ってた?」


 僕の質問に、ジョンは神妙にうなずいた。そして、どこか地を這うような声で、言葉を続けた。


「そう。院長先生は、死んだ奥さんが生き返るのを、ずっと待っていたんだよ」


 予想外のホラー展開に僕は思わずゾクリとして、泡立った二の腕を抱きしめた。


「え、え、どういうこと?」

「君は、おかしいと思ったことはない? 奥さんが食事しているのを、君は見たことがある?」


 言われて思い返すと、奥さんは食事の支度をしたり、給仕をしてはくれるけれど、院長先生たちみたいに、一緒に食事を摂ったことはない。

 それを思い出してやっぱりゾクゾクしてきた僕に、ジョンは続ける。


「あの日僕は、ジェシカと一緒に院長先生と話してたんだ。だけど院長先生が隠れろって言って、僕たちはソファの陰に隠された。いきなりなんだろうと思って、僕はソファの陰から見ていたんだ。足音が聞こえた。その足音がどんどん大きくなって、ついにはドアがけ破られて……」


 僕は話を聞きながら、ゴクリと生唾を飲み込む。だけど、僕の緊張感に反して、なぜかジョンは徐々に顔を赤くして黙り込んだ。


「ん、あれ、ジョン?」

「……ど、ドアが開いて、入ってきたのは……」

「入ってきたのは?」

「……」

「え、ちょっとまって、そこ大事なところじゃない? なんで言い淀むの?」


 ジョンが顔を赤くしてフルフル震えている。これはあんまり追い込まない方がいいかと考えていたら、ドアの外から突然、「ぶわーっはっはっは!」と爆笑する声と、バンバンと何かをたたく音が鳴り響いた。


 すぐにドアが開いて、入ってきたのはカストとイアンで、二人とも目じりに涙を浮かべて大笑いしている。


「ピュアか、お前ピュアかよ!」

「かーわいいなーお前!」


 そういった二人はジョンをからかって頭を撫で繰り回し、ジョンはギャースカ文句を言って怒っている。

 ひとしきりヒーハー笑って気が済んだらしい二人は、イアンがデスクに、カストがチェアに腰かけて、話の続きを教えてくれた。


「俺らも知らなかったんだよな、あの日まで」

「マジで、いきなり現れたから超ビビった」

「え、二人も知らなかったの?」

「おう。知ってたのはたぶん、ジョヴァンニ先生だけだったと思うわ」


 みんなには何も言わないで、死んだ奥さんの帰りをずっと待っていた。最初は怖いと思ったけど、でも、そう考えたら、なんだかすごく、院長先生はずっと一人で寂しかったんじゃないかと思った。

 イアンが続けた。


「レオさん……あのFBIのチャラいオッサンな。あの人に後から聞いたんだけど、10年くらい前に、奥さん、殺されちまったらしい」

「殺されたの!?」

「そ。で、院長先生はすっげぇ落ち込んでたらしい。そんで、去年までずっと10年間、奥さんが帰ってくるのを待ってたんだと」

「なにそれ! 辛い!」

「辛かったと思うぜ。でもさぁ、そんなの俺らには全然見せないわけ。いっつも俺らのことで四苦八苦してさぁ」


 イアンの言葉に、カストも苦笑しながら会話に入った。


「そうそう。いっつも俺ら優先で、あの日まで俺らはなーんにも知らなかった。あんな、泣きそうな顔で笑ってる院長先生見たの、あれが最初で最後かも」

「そーだな。奥さんがいきなり飛び込んできたのには超びっくりしたけど、ホントよかったよな」

「なんか、アレだよな。俺らみたいなんでも、いつか結婚したりして、家族とか作れるんだって、今の院長先生とかジョヴァンニ先生見てると、しみじみ思うわ」


 カストの言った「俺らみたいなんでも」っていうのは、超能力者でもって意味なのか。超能力者だと家族を作れないと、彼らは思っていたんだろうか。僕は少し引っ掛かりを覚えながらも、彼らの話を静かに聞いていた。


 イアンが続けた。


「最初に奥さんにあった時、俺は正直ブルった」

「あ、俺も。いやマジ怖かった」

「怖かったの? あの奥さんが?」


 ロリ顔でいつもニコニコしていて、愛嬌のある、あの奥さんが怖い?


「いやもう、目が血走ってるなんてモンじゃなくて、目ェ真っ赤でさ。髪の毛振り乱して襲い掛かってくるんだぜ。しかもあの院長先生が劣勢っていう」

「えー!」

「今にも院長先生殺されちまうんじゃないかって、俺は小便ちびりそうだった」

「でもあの後の「おかわり!」にはちょっと笑ったよな」

「あはは、あれはちょっと和んだ」

「おかわり?」


 いきなり襲ってきた奥さんの「おかわり!」というのが、僕にはイマイチわからない。尋ねた僕に、ジョンが教えてくれた。


「奥さんは、人間じゃないんだよ」

「人間じゃないって、超能力者とかじゃなくて?」

「ううん。そもそも奥さんは人間じゃない。超能力も使えるけど、人間じゃないから、人間を襲うし、あんなに若いんだよ」

「あっ……」


 奥さんについての疑問が、この時一気に晴れたような気がして、僕は瞬きもせずにジョンを見た。


「奥さんが院長先生を襲ったのは、院長先生を食べようとしたからだよ。でも、院長先生とジョヴァンニ先生が医療用の血液を飲ませたから、奥さんは正気を取り戻したんだ」

「まぁ生半可な量じゃ足りなかったらしくて、何度もおかわりしてたけどな」

「に、人間を食べるの? そんなに、たくさん?」


 やっぱりちょっと怯えた僕に、いやらしくおぞましい表情をしたカストが、ニヤニヤ笑いながら言った。


「そうさ。奥さんはな、この世界で最強って言われる吸血鬼の弟子なんだよ」


 カストの言葉を聞いて、僕の心臓はドクンと脈を打った。そして震える手でカストの膝をつかんで、そしてキラキラした瞳で彼を見上げた。


「世界最強の吸血鬼!? なにそれカッコイイ!」

「え、何その反応。予想外なんだけど。ビビれや」

「いやカスト、ジョニーは好奇心の塊だから」

「あー……」


 何故か呆れるイアンとカストだけど、そんなのは僕の知ったことじゃない。超能力者どころか、奥さんは人間じゃなかったんだ。こんなファンタジーなことってあるだろうか。


「えー、すごいすごい! 奥さんカッコイイ!」

「いや、あん時一番かっこよかったの院長先生だからな? 襲ってきた奥さんにも優しかったし、テーブルクロス引きとか俺は胸が打ち震えたぞ」

「正直俺は奥さんにはドン引きしたけどな?」

「えーなんでなんで!」

「むしろお前がなんでだよ」

「まぁまぁカスト、ジョニーはまだガキだからわかんねーんだよ。俺らのこともな」

 

 理解してくれないのは不服だったけど、イアンの言葉にちょっと引っ掛かりを覚えた。


「イアン達のことって、どういうこと?」

「まぁ俺らにも色々あんの」


 色々とかいう言葉で濁すときは、おそらくステファニーお姉ちゃんが言っていた地雷が隠されている。これは踏み込んだらいけないやつだ。

 ちょっと疑問は残るけど、僕は飲み込むことにした。ふと、僕は思い出した。


「ところでさぁ、その話でジョンが恥ずかしがる理由って、なんなの?」


 僕の質問に、イアンとカストは笑い出して、ジョンはやっぱり顔を赤くして怒り出した。


「え、なんで怒るの? 院長先生と奥さんの感動の再会の話じゃないの?」

「いやそうなんだけどさぁ、コイツお前よりマセてっからさぁ」

「いや俺らもちょっとドキッとしたけどね。でもさすがに院長先生の奥さんに発情するほど、俺は怖いもの知らずにはなれねぇわ」

「わー! うるさいよ! そんなんじゃないし!」

「え? え? ハツジョウってなに?」

「お前ももうちょっといろんな本を読みなさい」

「ジョンに教えてもらえ」

「もー! うるさいよ! さっさと出てけ!」


 なんだか最後はカオスになって、ジョンに部屋を追い出された。結局僕の最後の質問は謎が解けることがなくて、後からイアン達に聞いてみたけど、結局教えてくれなかった。

 とりあえずジョヴァンニ先生に「ハツジョウってなに?」って聞いてみたら、「お前には10年早い」ってまた言われた。


 言ったのはカストなのに。いつもカストのせいで怒られる。むかつく。

登場人物紹介


ジョニー・リンダーマン

8歳。赤毛でそばかす顔が特徴の白人。5歳のころに引き取られる。

プライドが高く、なおかつマセガキ。文学少年。同じ名前のジョニーに何かと闘志を燃やす、ちょっと面倒くさい少年だが、基本的には友達思いのいい子。

彼がなぜ恥ずかしがっているのか、その理由は拙作「不死王の愛弟子:最終章12-7最終話」にてお察しいただきたい。

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