1-8 僕ともう一人のジョニー 1
「おーい、ジョニー」
イアンの呼ぶ声に返事をして立ち上がったのは、僕ともう一人の男の子。僕と彼は顔を見合わせて、ややもすると彼はプイっと僕から視線を外す。
そんな僕たちの様子を見て、イアンは苦笑する。
「悪い悪い、電車男の方な」
「電車男って、他に言い方ないの?」
一応突っ込んではみたものの、候補はなかったようでイアンは僕の肩を組んで連れ出した。それを見ていた彼は、やっぱり僕から視線を外した。
イアンの用事は大したことはなくて、一緒にゲームする相手が欲しかっただけのようだ。イアンはダウジングの能力を持っていて、天才少年で、ゲームオタクで、さらに言うとゲーオタのくせにゲームがめちゃくちゃ下手だ。某有名カートゲームをやっていると、イアンに尋ねられた。
「つーか相変わらず、文学ジョニーは電車ジョニーを毛嫌いしてんなぁ」
そう、さっき呼ばれて立ち上がった彼。彼の名前もまたジョニーだ。同じ名前だから、イアンみたいに趣味で呼び分けたり、JJとかジョンとか適当にあだ名付けて呼び分けたりしている。ちなみに彼のフルネームは、ジョニー・リンダーマンだ。
イアンのつぶやきに、僕はバナナをブン投げながら答える。
「なんで僕は嫌われてるのかなぁ」
「あっ、てめっ。ふおぉ、くそっ」
「ねぇ、聞いてる?」
「お前のせいだって! あー事故った!」
イアンはコントローラーをクッションに叩きつけているけど、僕はふくれっ面をしながらイアンを睨んだ。イアンはあきらめたようで、コントローラーをソファの上に放り投げた。
「そりゃ、あれじゃない? 嫉妬?」
「嫉妬って?」
「ヤキモチ焼いてるんだよ、お前に」
「なんで?」
「お前が俺らに付きまとってるから」
「えぇ? 意味わかんない」
確かに僕はここ最近、イアンもそうだけど、ジェズアルド一族の人間に付きまとっている。それを見て軽蔑するならまだ納得も行くけど、ヤキモチを焼かれるというのは全く意味不明だった。
「なんでジョンはヤキモチ焼くの?」
「あいつの方がお前より古株だからじゃねーか」
確かに彼の方が古株だ。5歳からここにいて、今年8歳で僕の一歳上。それと一体何の関係があるのか。
「要するに、”新参者”の僕が出しゃばってるのが気に入らないってこと?」
「……お前、新参者なんて言葉、どこで覚えたの?」
「カストが言ってた」
「またカストか……」
やれやれとイアンは頭を振っているが、カストはいつも面白いことを教えてくれるから、僕は好きなんだけどな。
結局イアンは僕が新参者なのに、ジェズアルド一族の人間と仲良くしてるのが気に入らないっていう結論なのだと言った。
そう言われると気持ちはわからなくはないなと僕は思っていたんだけど、イアンは少し思案するように中空を仰いだ。
「でもアイツだって、決定的な現場に居合わせた分は、アドバンテージだと思うけどな」
「決定的って?」
尋ねるとイアンはいたずらっぽい顔をして、僕にニヤニヤ笑った。
「お前には教えなぁい」
「えー! なんでなんで!」
「俺にバナナ投げたから」
「ゲームじゃん! イアンが誘ったのに! 教えてよ!」
「やーだね」
その後僕がどんなに縋っても、イアンはニヤニヤしたまま教えてくれなかった。そして勉強も教えてくれなかった。天才のくせにイアンはケチだ。
イアンが教えてくれなかったので、僕は不貞腐れたままイアンの部屋を出た。ゲームをほったらかして出ることにイアンは文句を言っていたけど知るもんか。
またリビングに戻ると、ジョンが本を読んでいた。コッソリ後ろからのぞいたら、彼が読んでいたのは「秘密の花園」だった。
「あ、それママが好きだったんだ。僕も好きだよ」
「えっ……」
思わず声を掛けたら、彼は驚いた様子で、すぐさま本を閉じて立ち上がってしまった。僕は慌てて彼に声をかけた。
「待ってよ! なんで逃げるの?」
「別に、逃げてないし……」
彼はそばかすのある白い肌を、少し赤らめてそう答えた。なんとなく僕のゴーストが、今は押すところだと叫んでいた。
「じゃぁさ、図書室行こうよ。ジョンの好きな本、僕にも教えて?」
「べ、別に、いいけど……」
「やったー!」
僕を避けていたはずのリンダーマンの方のジョニーが、僕の誘いに乗ってくれたことがうれしくて、僕は彼をグイグイ引っ張って図書室に連れてきた。
図書室には所狭しと本が並んでいる。児童書から専門書まで、数十万冊の本がここには所蔵されている。
リヴィオをはじめとした先客もいたので、僕たちは目的の本を取った後、静かに奥の方に腰かけた。
「白鯨? アドベンチャー系の話?」
「うん、SFアドベンチャーかな。男のロマンって感じでかっこいいんだ。夢を追い求める、男のロマンが詰まってる」
「えー、かっこいい」
意外にもジョンはノリノリで、僕にお勧めの本をいくつか紹介してくれた。もちろん僕はそれを読むつもりだったけど、実は僕の本来の目的はそこじゃなかった。
「ねぇねぇ」
「なに?」
「ジョンが見た決定的な現場って、なに?」
「!」
僕の質問にジョンは、一瞬顔を真っ青にした後、すぐに顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「え、どうしたの?」
「……ない」
「え?」
聞き取れなくて尋ね返すと、ジョンは顔を真っ赤にして、フルフルと震えて立ち上がった。
「何も見てない!」
そういってジョンは図書室から走って逃げてしまった。
僕は彼の後姿を呆然と見送っていたけど、なぜ彼があんな態度で逃げてしまったのか、そう考えていたら、がぜんヤル気が出てきた。
ジョンの見てしまった決定的な現場、その秘密を知るまで、僕のターゲットはジョンにロックオンされた。
とはいえ、僕は基本的に彼に嫌われている。今日はたまたま僕の誘いについてきてくれたけど、今日逃げられてしまったので、今後も逃げられる可能性が高い。となれば、ほかの誰かに聞くのがいいかもしれない。
それに、顔を赤くしたり青くしたりっていうのは、ジョンにとっては腹立たしいことか、恥ずかしいことか、とにかくネガティブなことなんだ。本人には聞かない方がいいかもしれない。聞くなら証拠を集めてからだ。
少なくとも、ジョンが見たものは僕が来る前のことだろう。あんまり幼い子は覚えていない可能性もあるし、僕より後に来た人は論外。
僕より古株で、僕に何でも話してくれる相手。となれば、僕に思い浮かぶのは一人だ。
「決定的な現場って、なんの?」
「わかんない」
「それじゃ私もわかんないよ!」
マチルダに聞いてみたけど、情報量が少なすぎて何もわからなかった。確かに、ジョンが見た決定的な現場と言われても、何のことかわからなくて当たり前だ。
項垂れていると、僕の隣で腕組みをして考え込んでいたマチルダが、僕の顔を覗き込んだ。
「ジョンに聞いたら?」
「聞いたけど逃げられたんだ」
「じゃぁ私が聞いてみようか?」
小首をかしげて、輝く黒い瞳で僕に提案するマチルダが、僕には天使に見えた。
「お願い、聞いて!」
「うん、いいよ!」
快諾してくれたマチルダは、すぐに走っていった。僕はソワソワしながらマチルダの帰りを待っていて、10分程でマチルダが戻ってきた。僕は勢い込んでマチルダに尋ねた。
「どうだった!?」
「教えてくれなかったー。ジョンの秘密じゃないから、気軽に言っちゃダメなんだって」
プゥと頬を膨らませるマチルダの横で、その回答について僕は吟味する。ジョンの秘密じゃなくて、マチルダには言えないこと。それはきっと、ジェズアルド一族に関わる事だ。彼は一族の秘密を知っているんだ。
だとしたら、ジョンと僕って仲間じゃないか。あの一族の秘密を知る、普通の子ども。僕と彼の共通点は、名前だけじゃなかったんだ。
そこまで考えた僕は、がしっとマチルダの両手を握った。
「ありがとう、マチルダ大好き! 君は最高の友達だよ!」
僕はそう言ってすぐに走って出ていった。僕の背後でマチルダが「大好きなのに、友達なんだ」って呟いて貞腐れていたのは、僕には聞こえていなかったのだけど。
「ジョン、いる?」
部屋のドアをノックすると、僕の声だと悟ったらしいジョンが、不承不承といった様子で返事をしてドアを開けた。
「……なに? マチルダまで使って、そこまでゴシップに興味があるの?」
彼は非常に不機嫌そうな表情で、そんな意地悪なことを言ったが、ここで折れたら僕の好奇心が可哀想なので、僕は自分を奮い立たせた。
「ゴシップには興味ないよ。大事な友達のことだから興味があるんだ」
「……一緒じゃないか」
「違うよ。大好きな人たちのことをもっと知りたいと思うのを、僕は変なことだとは思わない」
「……入れば」
やっぱり不承不承といった様子だったけど、彼がドアを開いてくれて、僕はお礼を言って部屋に入った。
促されてベッドに腰かけると、ジョンは俯いたまま言った。
「見てたのは僕だけじゃないし、院長先生とか、知ってる人はたくさんいるよ。なんで僕に聞くの?」
「ジョンが僕を避けてるから」
「っ!」
素直に回答すると、彼は少し言葉に詰まったけど、戸惑いを隠すように小さく溜息をついて、続けた。
「なんの関係があるの? 当てつけ?」
「違うよ。僕はもっと仲良くしたいんだ。同じ秘密を知る仲間として」
「えっ……知ってるの?」
彼ははじかれたように顔をあげて、僕を見つめてくる。僕はにっこり笑って、彼にうなずいて見せた。それに観念したかのように、ジョンはまた俯いた。
「君が何を知っているのかを僕は知らないけど、他の……ジェズアルド一族の人間以外には言わないって、約束してくれる?」
「うん、約束するよ。僕だって、マチルダにすら話してないから」
「そっか……」
そうして、彼はポツリポツリと教えてくれた。




