1-7 僕とステファニーお姉ちゃん
「買い物に行ってくるから、みんないい子にしていてね」
「ステファニーお姉ちゃん、俺チョコ欲しい」
「だーめ。今日のおやつはプリンよ」
「ちぇーっ」
ジェイクを軽くあしらうステファニーお姉ちゃんのところに、僕は慌てて駆けていった。なぜかマチルダも追いかけてきた。
「僕も行く!」
「私も!」
揃って連れてってと追いすがる僕とマチルダに、ステファニーお姉ちゃんは苦笑しながらも快諾してくれた。そしてなぜかジョヴァンニ先生もついてきた。
「ステファニーお姉ちゃんとジョヴァンニ先生って、いつも一緒だね。ラブラブ!」
冷やかすようなマチルダの言葉に、ステファニーお姉ちゃんは少し困ったように笑って、ジョヴァンニ先生は「大人をからかうな」とマチルダの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
マチルダは鳥の巣になった頭を抱えてワーワー言っていたけれど、僕はステファニーお姉ちゃんの表情が気になっていた。
近所にあるカーペンター雑貨店に入る。カーペンター(=大工)で雑貨店なんて不思議な感じだけど、店長の名前がカーペンターさんだからしょうがないんだな、なんてどうでもいいことを考えていた。
気付くと、マチルダがジョヴァンニ先生を引っ張って行ってしまった。僕はみんなのことは、マチルダには話してない。あの事件の時マチルダは意識がなかったし、たぶんみんなのことは知らない。みんなは知られたくないかもしれないから、あんまり言いふらすみたいなことをしたくなかったんだ。
それで折よくステファニーお姉ちゃんと二人になったので、彼女に尋ねることにした。彼女に聞こうと思ったのは、彼女もまたジェズアルド一族の人間だからだ。この孤児院で育って、孤児院を手伝うために卒業後も孤児院に残り、保育士として働いているんだ。だからみんな彼女をステファニー先生じゃなくて、ステファニーお姉ちゃんと呼ぶんだ。
「ステファニーお姉ちゃんの超能力って何?」
「っ!」
僕の質問に、ステファニーお姉ちゃんは見る見る顔を青ざめさせた。ジョヴァンニ先生はガックリした感じで、アリス先生は鯖の目をした。でも真っ青になっているステファニーお姉ちゃんを見たら、なんだか悪いことを聞いてしまったような気がして、すごく申し訳ない気分になった。
「あの、ごめんね。嫌なこと聞いた?」
「ジョニー、ごめんね。誰に聞いたのか知らないけれど、私にその話をしないで」
「……うん、ごめん」
よくわからないけれど、僕はステファニーお姉ちゃんの逆鱗に触れてしまったらしい。彼女が本当に辛そうにしているので、僕はこれ以上聞くことが出来なくなった。
何故か僕までシュンとしていると、一足先に落ち着きを取り戻したステファニーお姉ちゃんが、逆に尋ねてきた。
「ジョニーはどうしてそれを聞こうと思ったの?」
「別に、意味はないんだ。ごめん」
「謝ることはないわ。興味ね?」
「うん。でも、ステファニーお姉ちゃんが話したくないって気付かなかったんだ。ごめんね」
人の心に土足で入る。きっと今回の僕がソレなんだろう。ステファニーお姉ちゃんを傷付けてしまって、そんな僕自身に、僕も失望した。
それを察したらしい彼女は、優しく微笑んで僕の前にかがんで目線を合わせた。
「そうね、私は確かにこのことを話したくないわ。人にはね、他人には言いたくないことが、一つや二つはあるものよ」
「そうだよね。僕にもある」
「だけどジョニーはそれをわかってくれて、私を気にかけてくれた。それでいいのよ」
「そう、かな」
「そうよ。他人からは、どこに地雷があるかなんて、わからないでしょう? 地雷を踏みそうだって気付いたら、そこから足をどければいい。ちょっと焦るくらいで、誰も傷つかないわ」
「もし、気付かずに踏んじゃったら?」
「その時は爆発に耐えるしかないわね。でも、ジョニーは気付ける子よ」
僕はステファニーお姉ちゃんに嫌な思いをさせたのに、ステファニーお姉ちゃんはこうして僕を励ましてくれる。それが嬉しくて申し訳なくて、僕は思い切りステファニーお姉ちゃんの首に抱き着いた。「あらあら」と言いながら、僕の背中を撫でてくれるステファニーお姉ちゃんの手が、とても暖かかった。
買い物帰りに軽い荷物をもって先行する僕とマチルダの後ろから、見守るようにステファニーお姉ちゃんとジョヴァンニ先生がついてくる。マチルダがはしゃぐから、危なっかしくて僕は後ろの二人を気にする暇もなかった。
ジョヴァンニ先生がこっそりステファニーお姉ちゃんに耳打ちする。
「君もジョニーに聞かれた?」
「あなたも?」
「最近そればっか。例の事件のせいだな」
「まったく、クラリス達のせいね」
「それはそうと、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫よ」
少しの戸惑いを振り切って、ステファニーお姉ちゃんはジョヴァンニ先生に、可憐な笑顔を向けた。
「大丈夫、あなたがいるから」
「そうか」
ステファニーお姉ちゃんの笑顔に微笑み返したジョヴァンニ先生が、また彼女に耳打ちした。
「子どもは何人欲しい?」
その言葉に、ステファニーお姉ちゃんは途端に顔を真っ赤にした。
グシャッと音がして、僕もマチルダも振り向いた。顔を真っ赤にしたステファニーお姉ちゃんの足元に、買い物袋から転げ落ちた電池が転がっている。
どうしたのかと声をかけようとしたら、「こんな往来で何を言うのよ!」と真っ赤な顔を隠したステファニーお姉ちゃんの体が、灯篭のように発光しだした。
ジョヴァンニ先生が真っ青になって、慌てて封印を発動すると、ステファニーお姉ちゃんの体からは、揺らめく光が急速に消えていった。
それにジョヴァンニ先生はほっと安堵の息を吐いて、ステファニーお姉ちゃんが取り落とした買い物袋を拾い上げた。
「ごめんごめん、そんなに恥ずかしかった?」
「もーっ、やめてよ!」
「ごめんって」
二人は何事もなかったかのように歩き出して、マチルダもステファニーお姉ちゃんの光には気付かなかったようで、僕の手を引いて歩き出す。
だけど僕は、あの光が目に焼き付いて離れない。まるでステファニーお姉ちゃんの体を食い破って出てこようとする怪獣みたいだと思った。
地雷を踏みぬいてしまったら、爆発に耐えるしかない。
僕は爆発に耐える自信がなかったから、ステファニーお姉ちゃんには何も聞かないことにした。
それに、こんなに幸せそうに笑ってるステファニーお姉ちゃんを悲しませたら、罰が当たってしまうからね。
僕はそのうち見られるであろう、ステファニーお姉ちゃんの花嫁姿を想像して、僕もいつかお嫁さんが欲しいなぁなんて思って、なんとなく隣で笑っているマチルダを見た。マチルダはやっぱり楽しそうに笑っていて、マチルダの花嫁姿も可愛いだろうな、なんて思った。