4-11 エリス奪還作戦
土曜日の21時。孤児院の消灯時間を過ぎて、普通の会社はもうとっくに終わっている時間。僕らは院長先生のオフィスに集合していた。何故か奥さんが上下黒の学校指定ジャージを着ているのと、クリスさんがTシャツとハーフパンツなのが気になったけど、だいたいみんな黒っぽい服装で集合している。床より暗い色味の服装で目立たず、動きやすい格好で、と院長先生に指定されたからだ。ちなみにパパは院長先生に服を借りて着替えたよ。
(聞こえる?)
アンジェラさんの声が頭の中で響いた。「バッチリ」と僕らは頷く。そして僕らは院長先生の空間転移で移動した。
僕とレオさん、アンジェラさんは、向かいのビルに先に降ろされた。向かいのビルは5階建ての雑居ビルで、その屋上の貯水タンクの傍に、僕らは身を潜める。レオさんが長方形の黒いケースを床において、がぱりとケースのふたを開ける。
スコープの付いていない狙撃用ライフルは、レオさんの特注品らしい。千里眼なので、スコープはかえって邪魔になるんだって。レオさんはライフルを構えながら、周囲を警戒している。
(外は異常ないな。エリスの脳があるのは、メインコンピュータの中だな。地下最下層の最奥だ。白衣を着た男が一人いる)
(あのくそジジイだな。アイツが消えたら侵入する)
アンジェラさんの能力によって、僕にもレオさんの視界が共有された。映画を見る様に流されるその映像を見て、僕はゴクリと固唾を飲み込む。
濃い茶色の髪をした白衣の男が、ママと何か話をしている。僕らがずっとその様子を見守って、もうかれこれ30分は経過した。いい加減早く出ていってくれないかとイライラし始めた頃、院長先生の携帯電話が鳴った。
院長先生の携帯電話にはメールが届いていた。どうやらママからで、あの白衣の男と話しているから、電話が出来ない代わりにメールを送ってきたみたい。文面を見せてもらう。
オルランド博士は、部屋からでるつもりはないようです。今日、あなた方がやってくることは掴んでいた模様です。恐らく、私の通信履歴から、孤児院のパソコンなどにハッキングして、情報を得ていたものと考えられます。
オルランド博士から伝言です。
「B-168とその他失敗作を歓迎する」
読み上げた院長先生の声には、腹の底からの怒りが滲んでいた。多分、B-168っていうのは、院長先生の事なんだと思う。
院長先生のことを番号で呼んで、皆のことを失敗作呼ばわりなんて酷い。加えてママを誘拐して酷い目に合わせて、なんて奴なんだ。
僕がイライラして「うーっ」と唸っていると、イライラしていたのはみんな同じだったみたいで、各々、首や手をゴキゴキならしたり、準備運動を始めたりする。
「待たせちゃ悪いな」
「そーだな。殺るか」
「私、あの人は食べられないから、死体は捨てていいよ」
「あのさ、俺は確かに犯罪者だけど、殺人とかそういうのはちょっと」
軽犯罪者のパパはちょっと及び腰だったけど、パパ以外は殺る気満々だ。何気に僕もやる気満々だ。
「パパ、甘えないで! 勇気を出して!」
「え、これ甘えなのか? マジで?」
周りと自分の認識の齟齬に、パパはちょっと悩んでいるみたいだったけど、僕はパパの手を握った。
「ママを取り戻せるかは、パパにかかってるの。敵なんて倒せばいいの。ママの事一番に考えて」
「……わかった。そうだな、お前の言うとおりだ」
僕の気持ちは十分わかっているのか、パパはそう言ってくれた。でも、おもむろに目を閉じる。
(拝啓、故郷のジーサン。ちょっと見ない間に、アンタのひ孫はヤバイ方面に成長を遂げてます。血を感じるよネ)
代々傭兵だったらしい故郷のお爺ちゃん(後で聞いた話だと、パパの超能力はお爺ちゃんからの隔世遺伝だったみたい)に心の手紙を送るパパに、「いや聞こえてるから」と一応突っ込んだ。
そして、院長先生が合図をした。院長先生、奥さん、クリスさん、そしてパパは、ビルの屋上から姿を消した。




