1-6 僕とアリス先生
「ねぇねぇ、アリス先生」
「どうしたの?」
アリス先生はふわふわ天然パーマの茶髪に白髪がチラホラ混じり始めた56歳。色々あってアメリカまで院長先生についてきた。結婚もしていなければ子どももいない。だけど、子ども好きなのかとっても優しいし、ちょっと天然なところもあって、みんな大好きなおばちゃん先生だ。
そんなアリス先生は僕が話しかけると、作業を止めて僕の前までかがんでくれた。それを見届けて、僕はアリス先生に尋ねた。
「アリス先生の超能力ってなに?」
僕は前回の失敗に学び、直球で質問することにした。僕の質問を受けて、アリス先生はスンと目からハイライトが消えた。その表情は、近所の八百屋の鯖みたいな目をしていて、僕は我知らず鳥肌が立った。
「あの……」
「ジョニー、私は超能力なんか使えないわ。カートゥーンの見すぎよ」
「ち、違うよ。ジョヴァンニ先生にも聞いたんだ。ジョヴァンニ先生はロマンサーだし、他のみんなだって……」
少し恐る恐る、でも言いたいことをちゃんと言えた僕に、アリス先生は鯖の目をやめてくれた。僕はそれにほっとして、小さく溜息をつくアリス先生の返事を待つ。
「私は本当に超能力は使えないわ」
「えーっ、嘘だ」
「本当よ。私はまごうことなき、普通のおばちゃんよ。あなたみたいに、超能力に興味はあったけれどね」
「でも」
「信じられないなら、ジョヴァンニにでも聞いてごらんなさい」
そう言われて、やっぱり信じられなかった僕はジョヴァンニ先生に聞いてみた。すると、ジョヴァンニ先生も確かにアリス先生は普通の人だといった。それでガッカリして、僕は宿題でもやって憂さ晴らししようと、ジョヴァンニ先生に背を向けた。
だから、ジョヴァンニ先生がちょっとあきれて溜息をついていて、
(”普通のおばちゃん”ねぇ……俺達超能力者を作り出した張本人が、普通のわけないだろ。あんな天才がゴロゴロいてたまるか)
なんて考えていたなんて、僕は知る由もなかったんだけど。
僕はいつも勉強は部屋じゃなくてリビングでする。リビングでやっていると、誰かしら教えてくれるからだ。たまには面白半分で嘘を教えられることもあるけれど、それでも以前に比べたら成績も上がったし、みんなと勉強するのは楽しいと思える。
僕が理科の宿題を終えて、算数の宿題に着手したころに、マチルダもやってきた。マチルダと僕は同じクラスだから、出される宿題も同じで、毎日一緒に勉強しているんだ。
「ジョニー、ここの答え何になった?」
「9時30分になったよ」
「えーっ、なんでなんで?」
マリーが朝食を摂ったのは8時。それから花壇に水やりをし、その後犬のマックスを洗うと、90分経っていました。今は何時でしょう?
「わかりやすいところから埋めていくんだ。実際に時計を書いてみるとわかりやすいよ。60分は1時間だろ」
「うん。じゃぁ9時にはなってるってことだよね」
「そうだね。90-60で残りは30分」
「そっか! それで9時30分になるんだね」
満足そうに笑うマチルダに、僕も嬉しくなって笑っていたら、アリス先生が覗き込んでいた。
「まぁ、ジョニーは教えるのが上手ね。将来は学校の先生かしら」
「えーっ! アリス先生、私は? 私は?」
「そうね、マチルダはとても素敵な声をしているし、歌も上手だから歌手かしら」
「歌手……!」
そう言われて色めき立ったマチルダは、その日から一生懸命歌の練習をするようになって、学校の合唱クラブにも入った。
僕は相変わらずだったけれど、メキメキと歌が上手になっていくマチルダに、アリス先生は優しく褒めたり、明るく励ましたりしてマチルダを見守っていた。
その様子を見ていると、ボソッとジョヴァンニ先生が言った。
「やっぱりアリス先生は只者じゃない」
「えっ、どうして」
「なんでもないよ」
僕にはさっぱりわからなくて首をかしげた。そしてジョヴァンニ先生が、
(超能力研究所能力開発部主任、Drアリス・ウォーカーは健在だな。子供の能力を伸ばすことにかけちゃ、あの人はやっぱり天才だよ)
なんて思っていたことは、やっぱり僕は知る由もなかった。