4-3 涙の日
院長先生が一息ついて、立ち上がってドアに向かう。ドアが開いて光がさして、僕は涙にぬれた顔をあげた。
「よく、我慢したな」
「うえぇぇん、院長先生」
「大丈夫だ。エリスは必ず助ける」
トイレから部屋に戻ろうとしていた僕の耳に、パパの声が聞こえた気がして、僕はドアの外でずっと聞き耳を立ててた。ママが僕に会いたくないと言ったことも、既に死んでるということも、全部聞いてしまった。
僕は院長先生に泣き縋って、何時間も大泣きして、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
僕が目を覚ますと、まだ薄暗かった。右には院長先生がいて、左には奥さんがいた。大きなベッドの上で、僕はそのまま向いていた奥さんにしがみついた。
奥さんは小柄だけど、やっぱり大人の女の人で、すごく柔らかかった。体温もなくて心臓の音もしないけれど、奥さんが僕をぎゅっと抱きしめてくれて、僕は切なくて涙が出た。
ママに会いたい。本当はママと、こんな風に昼寝をしたい。本当はママに抱っこしてほしい。
やっぱりグスグスと泣いてしまった僕の頭を、奥さんは優しく撫でて、ずっと抱きしめてくれていた。
二度寝してしまったようで、僕は7時前になって目を覚ました。やっぱりずっと奥さんが抱きしめてくれていて、僕の顔を見てくすっと笑った。
「目が真っ赤だよ。今日は学校休んでいいって、アンジェロが言ってたから、今日は私と一緒に過ごそうね」
「うん……ありがとう」
僕は泣き顔を見られるのが嫌で、結局ずっとベッドでグスグスしてた。みんなが学校に行った頃にようやくベッドから這い出して、僕に付き合ってくれた奥さんも一緒に起きた。
「院長先生は?」
「アンジェロは仕事もあるしね。ああ見えて忙しいの。でも、ちゃんとエリスさんのことも、考えてるからね」
「……うん」
院長先生は、奥さんにも事情を話しているみたいだった。僕は庭園の噴水の前で奥さんと話しながら、思い切って奥さんに尋ねた。
「ママがね、僕に会いたくないって。なんでだと思う?」
僕が訪ねると、奥さんは悲しそうな顔をして、僕をぎゅっと抱きしめた。
「会いたくないわけ、ないじゃない。本当は会いたくて仕方がないんだよ。でも、エリスさんは、自分ではどうすることもできないの。本当は会いたいのに、会えなくて辛いんだよ。ジョニーとおんなじ気持ちなんだよ」
僕はやっぱり涙がこみあげてきて、奥さんにしがみつくようにギュッと背中の服を握った。
「ママは、死んじゃったから会えないの?」
「違うよ。エリスさんは生きてる」
「でも、ママは死んだって言ってた」
目にいっぱい涙を貯めた僕を離して、奥さんは僕の肩をぎゅっと握って、やさしく微笑んで言った。
「ジョニーの知ってるママは、どんな人?」
「黒髪で、髪の毛が長くて、青い目をしてる。奥さんと、髪型が似てる。料理が下手で、いつもインスタントだった。でも、壊れた家電を治すのは得意で、近所で修理屋さんしてお小遣いもらってた。いつもキッチンでお酒飲んで、パパとよくわかんないことで面白おかしく笑ってた。僕のこと、可愛いって撫でてくれた。寝る前にいつも、天使が僕を守ってくれるように、祈ってくれた」
「エリスさんは、素敵な人ね」
「うん」
「じゃぁ、ジョニーはエリスさんのことを信じていて」
「え?」
「エリスさんはね、どうしようもない出来事に巻き込まれてしまったの。そのせいで、もうジョニーには会えないって絶望して悲しんでる。でも、エリスさんは必ず私たちが助ける。ジョニーもロバートさんもいる。私たちがいくらでも力を貸すわ。だからジョニーは、エリスさんがきっと帰ってくるって、信じていて。エリスさんがジョニーを大切に思う気持ちは、今でも変わらないの。たとえ、どんな姿になっても」
ママは言っていた。仮に会えても、移動も出来なければ、僕を抱きしめることもできない。だけど、ママは僕が会いたいと思っていることを嬉しいと言っていた。その気持ちは、今でも死んでない。
僕はボロボロと涙をこぼして、奥さんを見上げた。
「僕、信じてる。ママの事信じる。ママが、僕のために祈ってくれたみたいに、今度は僕が、ママが守られるように祈る。僕がママの天使になって、ママのこと守るんだ」
やっぱりボロ泣きしてしまった僕を、奥さんが優しく抱きしめて、頭を撫でながら「いい子ね」と囁いた。
僕は、一人じゃない。院長先生も、奥さんも、パパも、友達もいる。手紙と変わらない。
ママ、僕のことは心配しなくていいよ。だから、安心して助けを待っていて。ママが機械になっていても、人間の姿をしていなくても、ママはママだから、僕の傍にいて。
僕は一しきり泣いた後、少し考えて奥さんを見上げた。
「奥さん、あのね」
「うん」
「ママを取り戻せるって、僕は信じてるよ」
「うん、任せて」
「ママがどんな姿でも、ママはママだよ」
「うん」
「でもね、どうしても院長先生や奥さんにもどうしようもない時は、僕も力になりたい。ママのために、僕もできることをしたい」
奥さんは僕を一層ぎゅぅっと抱きしめて、僕の頭に頬ずりをした。
「うん。頼りにしてるね。ジョニーがいれば、きっと大丈夫だよ」
「うん」
僕のブーストがあれば、みんなの力を底上げすることができる。暴走するリスクもあるけれど、僕だってじっとしてなんかいられない。
僕は決めたんだ。天使の羽の陰で安らかな眠りを与えるのは、今度は僕の番。ママは、絶対に取り戻すと、僕は固く決意した。




