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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
3 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部2年生
44/63

3-2 ママへの手紙



 僕は今月もハーレムのトレーラーハウスにやってきていた。中は僕が最後に見た日から変わっていない。ママが帰ってきた形跡もない。

 変色したチップスの袋、散らばったヌードルの欠片。ママが帰ってこなくなって2週間、僕はたった一人でここにいた。ママが帰ってくるのを、一人きりで待っていた。


 食べるものがなくて、ヌードルの作り方なんか知らなかったから、そのままポリポリかじってた。賞味期限の過ぎた牛乳を飲んで、お腹を壊してトイレに行ったら、トイレットペーパーがなくなっていた。僕は泣きながら腹痛に耐えて、Tシャツでお尻をふいた。だからランドリーには僕が汚した服が山積みになっていて、着るものがなくて最後はパパの服を着てた。


 いよいよ本格的に食べ物がなくなって、栄養失調と疲労で発熱もしてて、僕はぐったりしてた。外で近所の人が、ママが知らない男の人と一緒にいた、最近帰ってきていないみたいだと話してた。


「そういえば、子どもがいなかった?」

「連れて行ったんだろう」

「じゃぁここはほったらかし?」


 誰かがそんなことを言って、トレーラーハウスの中を覗いて、僕が発見された。このハーレムに住む人は、浮浪者とか前科者も沢山いたから、警察に届けられはしなかった。僕は近所の人の手によって、朝方に病院の前に置いて行かれた。死んでしまいそうなので、助けてあげてください。そんなメモと一緒に。


 僕をみつけて助けてくれた人には感謝してる。意識が朦朧としていて、近所の誰かも分からないけれど、お礼を言いたかった。

 僕はスケッチブックにクレヨンで描いた絵を、トレーラーに張り付けた。学校に行っている僕の絵と、「元気です。助けてくれてありがとう」そうコメントを添えた。


 栄養失調で骨の浮いていた僕の手は、もう随分とふっくらしてる。僕は元気だし、パパやママが僕を心配することなんかないよ。でも、ママに会いたいよ。一緒にパパに面会に行こうね。魔法使いの家で待ってる。


 絵の隣に手紙も張り付ける。そうして僕が張り付けた手紙は、既に10枚を超えていて、トレーラーの壁を飾っている。雨に濡れて見えなくなっていたり、はがれているものもあるけれど、僕は懲りずに張り付ける。


 そうして僕はそれなりに満足して、トレーラーの傍を離れて、ロドリゲスさんと付き合ってくれた奥さんの待つ車の所に戻った。


 んだけど。


 僕が車に戻った時、何故か車は3人の男の人に囲まれてて、銃を向けられてた。僕は立ち止まって硬直してしまったんだけど、車の中のロドリゲスさんが、両手を開いて肩をすくめる。まるで、「こいつら防弾仕様ってモンを知らねぇみてぇだ」って言ってるようだ。

 でも、僕はどうしたらいいかわからなくて、そのまま立ち尽くしていた。僕でもわかるのは、僕がこの車と関係のある子どもだと、男の人達に知られたら不味い。ハーレムでは余所者が強盗に遭うなんて日常茶飯事なので、僕は「あーらら」という顔をしながら見守るスタンスを取る。


 ロドリゲスさんが両手でハンドルを握り、不敵に笑う。後ろで奥さんが一生懸命何とか言っているけれど、ロドリゲスさんは何かを言い返すと、ブォォォンとエンジンを吹かし始めた。そして思い切りハンドルを切って、アクセルを踏んだ。 


 車がその場で急速回転して、一人は避けたけど、残りの二人はぶつかって弾き飛ばされた。車は態勢を立て直して、僕の方に急発進してくる。途中でドアが開いたと思うと、僕の直前でまたしてもターン。

 突っ立っていた僕は車のシートに膝カックンされて、そのまま車のシートに倒れこみ、回転が止まった勢いでドアが閉まって、再度急発進。そしてまんまとハーレムを抜けてしまった。


 ほとんど数秒の出来事に、僕には何が起きたのかよくわからなかったけど、とりあえず起き上がってロドリゲスさんを褒めたたえた。


「ロドリゲスさんすごいね! カッコイイ!」

「へへっ、あたぼうよ」


 ロドリゲスさんは得意げに鼻をこすっている。かたや、後部座席の奥さんはほっぺを膨らませていた。


「んもう、私がやったのにぃ」

「いけやせん。奥さんに出られちゃぁ、ハーレムごと吹っ飛んじまう」

「そこまでしないよ! 私だって普通の喧嘩くらいできるよ!」


 奥さんはプンスカしているが、ロドリゲスさんはゲラゲラ笑っている。


 うん、今日も平和だ。ママ、僕は元気です。




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