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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
41/63

2-30 ロイドとクラリスの卒業式



 3月。月初めに早速ある行事が卒業式。学校に到着すると、先生から一輪の花を渡された。僕はバラだのスイートピーだのをブレザーの胸ポケットに差して、整列して講堂に入る。

 僕らが着席してしばらくすると、校長先生が厳かな声で司会を始めた。


「卒業生、入場」


 ローズマリーの弾くショパンの別れの曲。世界一美しいと言われる曲を、ローズマリーが弾いているというだけで引き込まれる。優しく静かな、別れを惜しみ尊ぶような旋律に、僕は知らず知らず涙をこぼす。

 曲に合わせて卒業生が中央階段を下りてくる。一人の卒業生を見つけた時、僕とマチルダとジェイクとロイドは、ついに堪らなくなった。


「うあぁぁん」

「グラリズぅぅ」

「居なくなっちゃやだぁぁ」

「グラリズぜんぱいぃぃ」


 開始3分で大号泣。今日は12年生のクラリスが、この学院からも、孤児院からも卒業する日だ。


 クラリスはこの学院を卒業した後、ニューヨークの大学へ行く。スポーツ特待の招待生だ。

 短距離走、長距離走、マラソンでアメリカ1位、世界1位の実力を誇るクラリスは、すでにスポーツ界では有名人。今年の世界陸上では優勝しているし、次回の2年後のオリンピック出場は確実だと言われている。

 クラリスはアスリートコースの中でも特にスター選手で、美人だしファンも多い。ロイドだってそのうちの一人。クラリス以外のアスリートコース英才コースにも、将来を期待されているモンスター高校生はいて、卒業式終了後に取材を受ける時間までセッティングされている。


 クラリスは7歳からアメリカにやってきて、孤児院設立の頃から、ずっとこの町、この学校にいた。ちょっと喧嘩っ早い所もあったけど、しっかりしている僕たちのお姉さん。

 クラリスがニューヨークに行ってしまったら、中々会うことはできない。そう思うと、すごく寂しい。パパとママが居なくなってから、僕は誰かが居なくなるということが、すごく辛いんだ。


 でも、クラリスはこれから、大人になる。大学に行って、スポーツ選手として脚光を浴びるようになる。

 僕たちは送り出す。クラリスを華々しい未来へ。卒業生の退場と共に、僕らは胸に差していた花を取り出して、彼らの未来を祝福して花びらを振りまいた。



 卒業式が終わった後、クラリスに会いたかったけど、当然取材の集中攻撃に遭っている。

 残念だけど、諦めて帰ろう。そんな話をしていたら、ロイドが首を横に振った。


「僕はこのままじゃ帰れない。クラリス先輩に会うまでは帰れない。お願い、僕に力を貸して」


 ロイドは泣きそうな顔をしてそう言って、僕らは勿論快諾した。


 クラリスは3階の応接室で取材に答えている。まとめてインタビューに答えているようなので、多分そんなに時間はかからないのだろうけれど、ロイドはずっとドアの外でソワソワしっぱなしだ。

 

「ロイド、待てそう?」

「無理、僕もう爆発しちゃいそう!」

「へ?」


 焦れたロイドは、とうとうドアを開けてしまった。僕らは慌てたけど、ロイドは小走りでクラリスの所に走っていく。取材陣を押しのけて、カメラの間を縫って、インタビュアーの隙間から踊りだした。

 必死な様相で飛び出してきたロイドに、取材陣もクラリスも、少し驚いた様子。必死になっているロイドは、多分そんなこと気にもならなかったんだろう。ソファに座るクラリスに、カメラが取り囲む中訴え始めた。


「クラリス先輩。僕、ロイド・ニールスバーグって言います」

「うん、知ってるよ。ジョニーの友達よね」

「え、僕の事、知っててくれたんですか?」

「もちろん」


 クラリスが自分のことを知っていた、そのことにロイドは余程感動したようで、顔をゆがめてボロボロと泣き出した。突然ロイドが泣き出したので、クラリスは慌てたし取材陣は顔を見合わせる。


「クラリス先輩、僕、ニューヨークに伯母がいるんです。夏のバカンスの時は、一度は伯母の所に遊びに行くんです」

「そうなの。じゃぁその時に会えるといいわね」


 少し戸惑いながらも、やさしい言葉をかけるクラリスを見て、ロイドはブレザーの袖で涙を拭う。


「僕が、会いに行きます。夏も、冬も。もう、これでお別れなんて、僕は嫌だから。僕と会ってくれますか?」


 拭っても零れ落ちる、惜別の涙。泣きながら真っ直ぐ見つめるロイドの問いかけに、クラリスは優しく微笑んで頷く。

 ロイドはその返事を受けて、ソファに座るクラリスの前に跪いて、クラリスの手を取った。


「先輩のことが好きです。本当に大好きです。どうか、僕のことを覚えていてください」

「忘れたりしないわ」

「ありがとうございます」


 ロイドはそっとクラリスの手の甲に口づけをする。ロイド、気持ちを伝えられてよかったね。そんな風に僕らはほっこりしていたんだけど、どうでもいいけど、さっきからメッチャ写真撮られてるけど。これは記事になるぞと、獲物を見つけたハンターという名の記者が目をギラギラさせてるけど。大丈夫かな。

 一人の記者が僕らに気づいてロイドは何者なのか聞いてきた。せっかくの告白シーンに水を差す記者が気に食わなかったので、僕はこう言っておいた。


「個人情報をみだりに話す気はないよ。記者でしょ? 自分で調べたら?」


 その記者は「これだから進学校の子どもは!」と悶えていたけれど、僕らは知らんぷりした。

 その後クラリスは記者たちからロイドとのことを質問攻めにされたし、雑誌にもロイドのキスシーンが載せられてしまって、すっごく恥ずかしかったらしいけど。


「まさか10歳も年下の男の子に告白されるとはね。モテる女は罪ねー」


 なんて言っていたけれど、嬉しそうに笑っていた。

 ロイドとクラリスが今後どうなるかはわからないけれど、離ればなれになっても、僕らもクラリスが大好きだ。

 その気持ちはきっと続いていくから、クラリスがどんどん大人になっていっても、きっと僕たちは、大切な友達だ。

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