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魔法使いの子ども達  作者: 時任雪緒
2 私立ワシントンプレパラトリーアカデミー 初等部1年生
39/63

2-28 学芸会 5

 いよいよ明日は学芸会の日。舞台装置もできたし、衣装も仕上がった。立ち稽古でもアビゲイルから及第点をもらって、あとは本番を待つばかり。

 その間もこの学校は容赦なくテストとかをぶち込んでくるわけで、僕らは準備や勉強に大わらわだった。


「ジョニー、テストどうだった?」


 今日返ってきた外国語のテストをピラピラさせながら、隣のアビゲイルが尋ねてきた。


「やっぱり、あんまり良くなかったよ。86点」

「うわ、負けた。私84点。早く飛び級したいのに、こんなんじゃいつまでもアンタと同級生……」

「はは、来年も一緒に2年生かな」

「悔しい……もっと勉強しておけば……もっと早くこの学校に来ていれば……いや、ていうかこの学校、明らかに勉強にシビアすぎる」

「まぁ、進学校だしね」


 この学校は進学校で、普通コースでもほとんどの学生が大学に進学するし、その半分はアイビーリーグなんかの一流大学に行く。この学校で飛び級を目指すのは、初等部でも結構難関かもしれない。進学校で特別教育指定学校でもあるから、みんな頭は良くて、とくに初等部なんてテストで100点取るのは当たり前。ウチのクラスの平均点はいつも90点台だから、80点台なんて、僕もさすがにへこむ。

 私立だから基本的に試験に合格しないと入学できないし、アビゲイルの場合は事情が事情だから特別に入学できたようなものだ。それでも、7年生からスタートしたら、絶対追いつけないから、1年生からになっちゃってるわけで。それはアビゲイルにとっては屈辱なわけで。でも頑張るしかないわけで。


「今年は途中入学だし、仕方ないって覚悟してもいたの。だけど、来年こそは!」


 少し心配だったけど、アビゲイルは持ち前の立ち直りの速さで、見事にやる気を復活した。アビゲイルのこういうところ、僕は本当に好きだし尊敬してる。



 学芸会の準備もテストも終わって、僕たちは直前の緊張感の中、少し落ち着きを取り戻していた。それで、僕たちは唐突に気づいたんだ。最近静かだって。

 いじめっ子勢力がアビゲイルのおかげで半減していたのはわかってた。だけど、最近本当に静かで、わざわざ文句を言われるようなことがなくなっていた。中にはマチルダに謝罪に来た人もいたみたい。

 一番不思議だったのは、スーザンの姿を見かけないこと。彼女は3年生だから、ロッカーのある廊下も少し離れてて、会いに行こうと思わなきゃ、そうそう会うことはない。今まではスーザンがイチャモンつけるためにこっちに来てたから見かけたわけで、それがないと中々見かけはしない。見かけないってことは、スーザンが鳴りを潜めているってこと。実際最近スーザンに文句を言われることはない。


「最近スーザン先輩、どうしたんだろうね?」

「不思議よね。他の子が大人しくなるのは想定内だけど、あの子は意地でも文句を言ってくると思ったのに。なんか調子狂っちゃうわね」



 アビゲイルも見かけてないみたいで、僕たちは首を傾げるばかりだった。だから僕はなんとなく気になって、スーザンを探していた。本格的に探してたわけじゃないけど、なんとなく彼女の姿を視線で求めてた。

 もしかしたら改心したのかもしれないし、もしかしたらもっと悪いことを企んでいるのかもしれない。そんなことを考えて休み時間の廊下に出る。


 終業のベルと共に、廊下には一斉に学生が溢れてくる。127センチの僕、170センチに達しようとする6年生の先輩。色んな身長の学生が廊下でごった返す。その中に僕はスーザンの姿を見つけた。だけど、スーザンの姿に僕は違和感を感じる。

 何故だろう、どこか元気がない。それに、彼女にあるはずのものがない。スーザンにあるはずのもの、彼女を取り囲む取り巻き達の存在。それがない。

 スーザンは一人ぼっちで教室を出て、一人ぼっちでロッカーに向かい、一人ぼっちで次の教室に向かう。その姿を、元々スーザンの取り巻きだった先輩たちが、顔を突き合わせてヒソヒソして見送っていた。


 いくら僕だって気づく。スーザンが孤立してるってことくらい。マチルダをいじめていた人が、マチルダと同じ目に遭っている。正直ザマーミロって気持ちがないわけじゃない。だけど、今までずっとハイソサイエティの子ども達の中心にいて、色んな大人の事情もあって、幅を利かせていたはず。それがいきなり孤立するなんて、明らかに不自然だ。


 何があったのか気になって、僕はスーザンの後を追いかけた。背の高い先輩達の隙間から、チラホラとスーザンの後姿が見える。僕は人波を縫ってようやく追いついて、スーザンの腕を掴んだ。


「待って」

「……なによ。離して」

「待って、スーザン先輩。なんか、変だった。なんで一人なの?」


 僕の質問に、スーザンはカッと顔を赤らめて、僕の腕を乱暴に振り払った。


「あなたには関係ない! 放っておいて!」


 そう言うとスーザン先輩は僕から走って逃げてしまった。だけど、僕は自分の疑問が全く解決されていないので、僕も走って追いかけた。


「待って!」

「ちょ! なんで追いかけてくるのよ!」

「だって先輩が逃げるから!」

「あんたは犬か! 放っておいてったら!」


 しばらく追いかけっこしていたけど、女の子で体力のなかったスーザンは徐々に減速して、ついに僕は彼女を捕まえた。


「……はぁ、捕まえた」

「はぁ、はぁ、一体、なんなのよ……」


 僕達はしばらく息を切らせていたけれど、僕らがゼーハー言っている間に、始業のベルが鳴ってしまっていた。

 しかも僕らは本館を出て、別館と本館を繋ぐ回廊まで来てしまっていた。それに気づいたスーザンが、ガックリと肩を落とす。


「あなたのせいで、私まで遅刻する羽目になったじゃない」

「じゃぁさぼっちゃおうよ」

「はぁ? 冗談やめてよ。なんであなたなんかと」

「今戻ってもどうせ怒られるだけじゃん。一コマくらい落としても僕は大丈夫だけど、スーザン先輩は単位危ないの?」

「! だ、大丈夫に決まってるでしょ!」

「じゃぁ決まり。別館覗いてみよ」


 スーザンはブツクサ言っていたけれど、僕は構わずグイグイ引っ張っていった。


 普段普通コースの本館の学生が、別館の英才コースやアスリートコースの学生を目にする機会はほとんどない。グラウンドや学食で見かけるのがせいぜい。

 僕はたまにリヴィオ達に会いに行くから、結構別館には足を運ぶんだけど、他の学生たちはそうじゃない。別館の人たちが、自分たちとは別世界の人間だってことを、薄々わかってるからだ。

 全国模試で1位とか、インターハイ優勝者なんて、普通は存在しているのは知っていても、目にすることなんかない。雲の上の人というか、ほとんどUMAみたいなもの。それがゴロゴロ存在しているのが別館なので、別館は別世界。そこの授業風景の、面白いことと言ったらない。


 僕とスーザンは、教室のドアからそーっと顔をのぞかせる。中には10人ほどの学生がいて、その中にイアンがいた。5年生のクラスだけど、イアンより年下も年上もいる。授業風景をみてスーザンは驚いたようだった。


「年齢がバラバラね」

「ピアニストとか画家とかチェス棋士とか、技術系天才の先輩たちは、順当に進級するらしいけど、英才コースの学力系天才の人は、学力で学年を振られるんだ。最初はみんな1年生からスタートするけど、学力が高ければ何年生にでも飛び級できるんだって。逆に伸び悩んだら留年しちゃう。本当は飛び級出来るけど、本人の希望で順当に進級する人もいるけどね」

「シビアね。しかもグループや個別指導なの?」

「それぞれ得意分野は違うから。総合得点でクラスは決まるけど、科学だけなら大学レベルって人もいるし。そういう人には専門の先生が教えるんだよ」

「へぇーっ。英才コースって、本当に英才教育なのね」

「英才コースに集まる人は、IQ高い天才児とかギフテッドが、アメリカ全土からも海外からも来てるからね。普通の学校じゃ、そういう人たちの才能を100%引き出せないけど、ウチならそれができるようになってる。理事長先生は自分が天才だから、自分みたいな子どもが伸び伸び才能を育てられるように、英才コースやアスリートコースを作ったんだって」

「道理でウチの学校は超人学園なんて呼ばれるわけね。理解できたわ」


 呆れとも感心ともつかない顔をして、スーザンはしばらく英才コースの授業を眺めていた。今度は室内練習場にやってきた。運よくアスリートコースが練習をしていた。

 練習していたのは10年生のクラスで、ジンジャーがフェンシングをしていた。フェンシングだけじゃなくて、バスケットやバドミントンをしている先輩もいて、トレーニングに励む先輩もいる。


「あのフェンサー、すごく綺麗だわ」

「ジンジャーでしょ。彼女凄いんだよ。アーチェリーやクレー射撃でも、何度も全国優勝してるんだ」

「……あなたの孤児院の先輩達は、すごく万能なのね」

「あはは、確かに。院長先生の養子になってる先輩たちは、みんな異常なくらい才能に恵まれてるね。でも、そうじゃない他の先輩だって、最年少でプロゴルファーになってる人もいるし、プロテニスプレイヤーになってる人もいるよ」

「……本当、別館の人たちって、どうかしてる」


 やっぱり呆れとも感心ともつかない顔をしていたけれど、スーザンは少しすると室内練習場のドアの前から離れた。そして、中庭に出てベンチの方に行ったので、僕は葉っぱを払ってハンカチを敷いた。


「どうぞ」

「……ありがと。あなた、しっかりしてるのね」

「捨て子には教養なんてないと思ってた?」

「ふふ、思ってた」


 少し苦笑しながら、スーザンは僕の敷いたハンカチの上に腰かけてくれた。2月の寒空の下、木は葉っぱがほとんど散ってしまって寒そう。だけど、すごく天気が良くて、雲一つ見当たらない。ポカポカとした陽気で、中庭だから風もなくて。冷たくて澄んだ空気を、スーザンが一つ吸い込んで、深呼吸をする。


「私、勘違いをしていたわ。家柄がいいのは私の才能じゃなくて、ただの運。私が普通の家に生まれていたら、きっと何の取り柄もなくて、普通の子どもとして埋没していたわ」


 スーザンの言うことは確かなのかもしれない。生まれる家を子どもが選ぶことはできない。運が良ければ大富豪、運が悪ければストリートチルドレン。だけど、才能は運だけじゃない。この学校には才能を引き延ばす環境が整ってる。お金がある人は、才能を伸ばす機会はもっと増える。


「私の家はお金持ちで、習い事も沢山してるわ。多分、同年代の子よりもできることは多いと思う。でも私は、今まで努力なんてしてこなかったわ。ただ当たり前にやってきただけ」


「あなたの先輩はすごい。天才ってだけで凄いのに、一生懸命勉強して、一生懸命練習して。あなただって、この進学校でさぼれるくらいには勉強してて、教養もある。努力したのね」


 スーザンはそう言って、初めて僕に微笑んでくれた。彼女の微笑みは年相応の少女の可憐さがあって、とても可愛らしかった。


「うん。頑張ってるよ。捨て子だとか親がいないとか、そういうので腐って諦めちゃうのって、きっとすごく簡単なんだ。きっとすごく楽で、僕もそっちに引っ張られそうになる時があるよ。でも、僕が腐ってたら、パパやママが迎えに来た時、僕がダメなのは自分のせいだって、自分を責めるかもしれないでしょ。頑張ってる皆にも失礼だし、院長先生にも恥をかかせたくない。バカにされるのも嫌だし、卑屈になりたくないから、卑屈にならずに済むようにしてる。ほとんど、ただの意地だけどね」

「見栄を張ってるの?」

「それもあるかも」

「ふふ、ばかみたい」

「うるさいなぁ、男はみんな見栄っ張りなの。女の子だって、スマートな男の方が好きじゃん」

「モテたいの? マセてるわね」

「別にそんなんじゃないけど! 物の例えじゃん!」

「そんなにムキにならなくてもいいじゃない。確かにガサツな人よりも、スマートな人の方が好きよ」


 僕は少し口を尖らせたけれど、スーザンは可笑しそうにクスクスと笑っていた。少し落ち着いてきたようで、スーザンは少し儚げに笑っていた。


「社長令嬢って、偉いんだと思っていたわ。だけど私から「パパの娘」って肩書を取ってしまったら、何もなくなる。兄さまも姉さまも。私はそれに気付いちゃったの」

「気付かない方が良かった?」

「いいえ、私自身は気づいてよかったと思う。お父様やお母様に甘やかされて、ワガママで傲慢な私、嫌われて当然よね。散々巻き込んで振り回していたら、友達がいなくなったわ」

「……一人でいるのは、そのせい?」

「うん。正直寂しいし、なんていうか、所在がない。一人は辛い」

「仲直りしないの?」

「した方がいいのはわかってるの。私が巻き込んでおいて、自分勝手に振舞ったせいだし、私が悪いの。だけど知ってるの。あの子たちの大半が、私が「パパの娘」だから、親に言われて仲良くしてたこと」

「本当の友達は?」

「よく考えたら、いなかったのかもしれないわ。だから、今は一人でもいいかもって思ってるの。別にクラス全体から無視されているわけでもないし」

「それこそ、先輩も意地張ってない? 謝っちゃえばいいのに」

「加えて私はワガママなの。謝って仲直りした方がいいのはわかってるのに、親に言われて付き合ってくれてるだけなら、そんな友達いらないって思っちゃってる。本当の友達しかいらないって」

「うーん、そっか。大人になったらそういう付き合いも必要かもしれないけど、僕もそういう友達はいらないかも。難しいね」

「そうね」


 さわさわと冷たい風が頬を撫でて、僕らの髪を掬っていく。僕らはブルリと一つ身震いをして、校舎の中に戻った。

 そろそろ授業の終わる時間だし、次は給食だから、僕たちはそのまま食堂へ向かった。その道すがら、スーザンが小声で僕に言った。


「私はもう、あの子をいじめるつもりはないから、安心して」


 スーザンの話を聞いて、僕はそのことを素直に信じることができたから、「ありがとう」と僕は頷いた。だけどスーザンは暗い顔をして続けた。


「謝るわ」

「いいんだ。マチルダには?」

「……それは、ちょっと勇気がいるわね」

「あはは、うん、その内ね」

「ええ。でも、もう一つ謝っておくわ」


 スーザンが立ち止まり、僕も立ち止まる。スーザンは真剣な眼差しで続けた。


「兄さまと姉さまのしたことも謝るわ」

「……スーザン先輩が謝ることじゃないよ」

「驚かないのね?」

「薄々気づいてたから」

「そう。兄さまと姉さまには気をつけて」

「うん。スーザン先輩も、僕に寝返ったってバレないように気をつけて」

「生意気ね」


 スーザンは小さく笑うと、僕らが一緒にいるのはおかしいからと先に食堂に向かっていった。


 あぁ、やっぱりあれはわざとじゃなくて、プリン投下事件の犯人はあの兄妹だったか。おおむね予想通りとはいえ、スーザンと違ってコソコソしている分質が悪い。彼女の言うとおり、気をつけた方が良さそう。


 食堂でスーザンの姿を探した。同じテーブルのクラスの人達は、笑顔でおしゃべりして賑わっているのに、テーブルの端っこで一人ご飯を黙々と食べている。その姿は本当に寂しそうで、辛いだろうなと思った。僕は凄く居たたまれない気持ちになったけれど、彼女の言葉を思い出した。


 肩書がなくなれば、自分はただの女の子。自分が悪いのはわかってる。もうマチルダをいじめるつもりはない。


 自分が同じ状況になって、それを周りに訴えるでもなく粛々と耐えている。それは彼女が、自分の行いに対して責任を取ろうとしているからだ。自分への罰として。

 

(最初は嫌な人だと思ったけど、ワガママなだけのお嬢様じゃないじゃん)


 自分の過ちに気づいて、責任を負って、一応謝罪もしてくれたし、兄妹のことも教えてくれた。どうせ立ち直るなら、一人より二人の方がいい。



(私、どうしてあの子にあんな話をしてしまったのかしら。不思議な子)


 黙々と食事をしながら、スーザンもまた考えていた。7歳のくせにスマートな振る舞い、アリスの白兎みたいに導かれた別館、つい本心を話してしまいたくなるほど、居心地が良かった。それが何故かはわからない。

 つい先週は廊下で大ゲンカしたのに、その相手とこんなに穏やかな時を過ごせるなんて。まるで、本当の友達みたいに。


 中庭で過ごした秘密の時間を思い出して、スーザンは小さく微笑んだ。 




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