2-27 学芸会 4
昼食後の食堂。最近よくスーザンの兄姉が話しかけてくる。別に大したことじゃない。一緒にお茶をしながら談笑するだけ。
普段クラリスとかリヴィオが話しかけてきて、会話が始まることもあるけれど、そんなに長時間トークをすることはないから、この兄妹みたいに一々お茶会を開くのは、僕はあまり慣れなかった。
それに今は学芸会の準備で、昼休みも練習したりしているから、正直早く終わらないかな、というのが本音だった。
「先輩、僕達練習あるし、マチルダが居なきゃ始まらないから、もう行っていい?」
「ああ、ごめん。つい長話してしまって」
声をかけるとすぐに解散してくれるけど、言わなきゃ解散してくれない。はっきり言って、僕はこの兄妹が苦手だった。かといってスーザンみたいに文句を言われるわけでもないし、ちょっとモヤモヤしつつも日々を過ごしてた。
今日も兄妹がやってきた。僕は少しうんざりして見ていたけれど、お姉さんの方が躓いた。つんのめって転びそうになり、そのはずみで、持っていたミルクティが、マチルダにぶちまけられた。
「大丈夫かい?」
「マチルダ、大丈夫? 火傷してない?」
「うん、そんなに熱くなかったし、大丈夫」
お姉さんは転んでいたけど、そこは放置して、ミルクティでアタマからびしょ濡れになったマチルダが心配だ。
髪はベタベタになって、冬服のボルドーのセーラーワンピースは白に染まってしまった。
事故とは言えマチルダが可哀想で、ロッカーから荷物を取って、僕らはすぐにマチルダをシャワー室に連れていった。
「マチルダー、ジャージ持ってきてる?」
シャワー室の外から声をかけると、シャワーの音と共に「大丈夫」と返事が返ってきた。しばらく待っていると、髪をタオルで拭きながら、やっぱりボルドーのセーラーワンピを着たマチルダが出てきた。白いしみはついてない。僕らが「あれ?」と思っていると、マチルダが少し苦笑しながら言った。
「私が最近元気がないって、ママに聞かれたの。それで学校で陰口言われてるって話したら、パパが持っていきなさいって」
さすが、さすがだよソロモンさん。すでにマチルダのクローゼットには、制服の予備が3着あるらしい。
だけど、こんなことで予防線を張らなきゃいけない、ソロモンさん達の気持ちを考えたら、本当にやりきれない。
それに僕はあれが事故だって思えなかった。「大丈夫?」って覗き込んできた兄妹の顔が、どこか笑ってるように見えたんだ。やっぱり僕はあの兄妹が気に入らない。
僕らは鬱々とした気持ちで午後の授業に向かった。5時間目は生活の時間で、担任のカイル先生と一緒に外の花壇で花の種を植えていた。カイル先生が監督する中、僕らはせっせと種を植えていたんだけど、ふいに僕の傍でグチャッと音がした。
僕の近くにいた子達も気づいて、僕も自分の肩を見る。
「うえ、なにこれ」
「なんだこれ」
「プリン?」
空からプリンが降ってきて、僕の黒いジャージを黄色く汚してる。空からプリンなんて、そんな馬鹿な。
さっと上を見上げると、上の校舎から誰かの手がサッと引っ込められた。2階のあの教室は、確か数学の先生の教室だ。今授業を受けているのが何年生かなんて、僕は把握してない。
「うわぁ、ジョニー大丈夫?」
「着替えてきたら?」
「うん、そうする。ありがと」
僕はそう言ってロッカーから荷物を取って、やはり悶々とした気持ちで更衣室に入った。
(あれは確か8年生の……)
監督をしていたカイル先生は、プリン投下の犯人をしっかり見ていた。授業後プリン投下事件のことを院長先生に電話で報告。
「行き過ぎています。ここまでくると見過ごせません」
「そうだな。校長にも報告して、明日職員会議を開け」
「わかりました」
とうとう先生たちも静かに動き始めて、それと同時にいじめは予想外の方向に向かっていった。
飲み物をかけた、プリンをぶつけた。兄姉からそんな話を聞いて、スーザンも悶々としていた。
(確かにあの子のことは気に入らないけど、何もそんな事しなくてもいいのに。隠れて友達にまで嫌がらせをするのは、少し酷いんじゃないかしら)
スーザンは悪口を言って気分よくなりたかっただけで、マチルダに実害を与えるつもりなどなかった。だから兄姉のやっていることが恐ろしく思えたし、兄姉を見ていると、自分のやっていたことも、悪いことのような気がしてきた。
マチルダのことはやはり気に入らないし、謝ろうとか仲よくしようとは思わない。だけど、嫌いなら嫌いで放っておいてもいい気がした。
今日も取り巻き達がマチルダの悪口で盛り上がっている。練習をしている教室の前に行って、悪口を言ってやろうと相談をしている。
「ねぇ、もう、そういう子ども染みたことやめない?」
そう声をかけると、取り巻き達は怪訝そうにした。
「最初に言い出したのはスーザンじゃない」
「私たちに言えっていったのはあなたでしょ?」
「なんでスーザンが私たちを悪者みたいに言うの?」
「僕は本当はあの子の事なんかどうでもいいんだよ。でも君が言うから付き合ってあげたのに」
「前から思ってたけど、スーザンは自己中すぎる」
ちょっと待って、そう声をかけたけれど、取り巻き達はスーザンの傍から離れてしまった。
(なんなのよ……マチルダも、兄さまも姉さまも、みんなみんな嫌い!)
その日からスーザンは孤立して、学校でも家でもあまり喋らなくなった。




